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虹灯す  作者: かすり
1/40

第一幕/第一話・①《鬼》

Next EP:1/7

BGM: https://on.soundcloud.com/CsJZJc99Dqo1JcQx8


一話・鬼出電入(きしゅつでんにゅう)…目にも止まらない速さで現れたり、消えたりすること。

二話・夜郎自大(やろうじだい) …自分の力量も知らずに、偉そうに振舞うこと。

三話・雨笠煙蓑(うりゅうえんさ)…雨の中で働いている漁師の容姿を言い表す言葉。

四話・斗南一人(となんのいちにん)…この世で最もすぐれている人のこと。

(引用元・四字熟語辞典 https://yoji.jitenon.jp/)


『오빤 강남스타일♪』ズンズン……

「ん〜……」

『Eh Sexy Ladyッ♪』ズンズンズン……

「ん〜〜……!」

『강남스타일……♪』ズンズンズンズン……

「うっさいわ!!!」

 耳元で爆音をかますソイツを左手に掴んで“ストップ”の表示を叩きつけるように押す。バコンッ。

途端に部屋の中の音は無くなった。新しい朝には丁度良い静けさだ。開けっぱなしのカーテンから差す陽射しは

ぼんやりとしていて浮かない表情、嫌な天気。

それから徐々に春先の寒けさを思い出し、勢いで捲った掛け布団を引き戻す。

改めてスマホの画面を付けると“4月9日金曜日 7:03”の白い文字列。

あぁ、起きなきゃ。大きく伸びをした後、ついでに欠伸も付け足してベッドから脚を下ろす。

部屋の隅で佇む木製の、渋い焦げ茶色クローゼットは扉が開いたままで、そこから中学校の制服を探したのだが。

「……って違うやん。ウチ二日前からJKやし」

 この前卒業式を終えたばかりなのに……認知症? そんな事は置いといてさっさと支度を始めなければ。

ハンガーに整然と並べられた長袖のセーラー服をシャツの上から羽織ってボタンを内側で留める。まだ二回しか着たことないからちゃんとボタンは全部付ける。脇下のファスナーを締めてスカーフを首に通す。入学式当日はスカーフの結び方が分からないから困ってたけど、首裏でカチッと付けるタイプだったから助かった。それからスカートも

棚から取り出して、足元から腰へと引き上げていく。丈は膝がしっかり隠れるくらいの長さ。ファスナーを締めた

あと、調子に乗って右へ左へ揺らしてみる。ヒラヒラ〜。少し重たい感じがして、それが“大人になった”って

ことなんだと勝手に解釈しておく。  

 さて、今度は顔面を整えなければ。自室を出て階段を降りる。ギシギシうるさい。

一階に降りてすぐ左手に洗面所があるので、そこであれこれ支度をする。そういえば靴下履くの忘れてた。

当たり前だけど、洗面所には大きめの鏡がある。私の頭から上半身まですっぽり映せるくらいの。

ふと思い出して、私は着たばかりのセーラー服を少しズラして右肩を覗かせる。

白い肌に赤い痕跡。この前巻き髪の練習してたら、へアアイロンを肩に落として死んだ。クソ熱かったし、体育の

着替えの時に見られるのが超恥ずい。取り敢えずはどうすることもできないので、ズラしたセーラー服をそっと

戻して、今度は自分の顔を鏡に映した。

「う〜ん……大人っぽく、なったかなぁ」

黒く長い髪は腰の辺りまで伸びていて、電球の白光が天使の輪を飾る。母親譲りのパッチリとした目に二重瞼が

腰掛けていて、鼻は特別高かったりしない。肌は皆によく「白いね、雛人形みたい」って言われる。

鏡の横に刺さったヘアブラシで髪全体をサッと解かした後、前髪は適当にスプレーで固定する。今日はいつもより

念入りに。それから引き出しを開けて化粧ポーチを引っ張り出す。紫の花柄ポーチは勿論ママのものだ。

マスカラだけ、ちょいと拝借。

 洗面所を出て廊下を真っ直ぐ行くと玄関、左に行くとキッチン兼リビング、右に行くと倉庫がある。

どこからか漂う美味しそうな匂いを辿って、私の体は勝手に左側の通路へと引き寄せられる。

「おはようニコちゃん」

部屋へ入ったすぐの所にキッチンはあって、母はいつも通り弁当の具材を調理している。

母は私の方へ振り返って娘の顔を覗くと

「最近三つ編みせんなったなぁ。あれ可愛かったのに」

「小学校の話やんソレ。今頃恥ずかしいわぁ」

動くたびに靡く髪を押さえて私は言う。

 それから台所に置いてある、揚げたての唐揚げを一個摘んで部屋奥にあるテーブルについた。

二つある椅子の片方へ腰掛けテレビへと視線を投げる。

『本日の天気は晴れ、一日中過ごしやすい気温となるでしょう……ところで、本日が何の日かご存知でしょうか?』

 きょう? 今日って何か特別なことあったっけ。てかそれなら学校休みにしてや。

『YMHワクチンが完成してちょうど4年が経ちました。政府は感染症の警戒レベルを引き下げ、それに伴いマスクの着用義務や国内外での移動など、様々な制限を緩和しました』

そういやそんな事もあったなぁ。

ワクチンのお陰で新型感染症は風邪となんら変わらない扱いになった。

『しかし、未だ国内の観光業は以前のような盛り上がりを見せず、低迷が続いています』

観光かぁ……ウチも旅行したいなぁ。韓国行きたーい。でもお金無いからバイトしないとなぁ。

 そんなあれこれを思案しながら朝ご飯を突っつく。食卓に並ぶのはいつものパンとジャム、ヨーグルト。

最近はバナナジャムにハマってる。

それから母もやって来て椅子に腰掛けた。いつものように二人で朝ご飯を食べる。

「アンタ、先に制服着たら汚れるやろ」

「大丈夫やて。ウチ器用やから」調子の良いことを言う私。

「今日体力テストやろ。ちゃんと体操服持っていきや」

「分かってまーす」

たまに「お父さんって何してはる人なん」って聞かれるけれど、私は本当に何も知らない。物心着く頃には

もう既に遺影と化していて、降霊でもしない限り真相は掴めない。というのもママァはそのことについて

何回訊ねても「海に沈めた」としか教えてくれないからだ。それが本当だったらアナタ今頃服役中でしょ。

 朝食をササッと済まして食器をシンクへ運び、スポンジに洗剤をかけて洗う。それから目前にある窓辺に立て掛けてある写真へと視線を移した。たぶん六歳くらいの私と一緒に写っているのは

「おはよぅシーシャ」

ペチャッとした鼻に垂れ目、常に口角の上がった口元、そしてなにより特徴的のは小型犬なのに矢鱈と犬歯が発達

しているところ。犬種は“ペキニーズ”ってのに似てるけど正確には違うらしい。あまり詳しくない。

 “シーシャ”は私が付けた名だ。意味は特にないけど、響きがしっくり来たのでそう名付けた。時々、公園を散歩

している時にその名を呼ぶとビックリした顔で見られることがあったが理由はわからないままだ。

軽く食器を洗い終えて濡れた手をスカートに擦りつける。

テレビ左端には07:52の白い文字列。そろそろ出発の準備をしなくては。

そうして私はリビングを後にした。

 荷物を鞄に詰めて母に「行って来ます」を伝えた後、向かったのは玄関……ではなく階段から見て右側の通路。

その奥は確かに倉庫なのだが、ただの倉庫ではない。スリッパを履いて木製の床を一段降りたら、コンクリートの

地面が広がる。部屋は真っ暗で少しひんやりしている。

左手を壁に沿わせて電気をパチっと付けたら、すぐに光が溢れて部屋の内部を照らし出す。埃が光を乱反射して

視界はぼんやりと輝く。

 まず目に入るのは、おそらく当時のままだろう、商品棚にそのまま並べられた武具達。剣道防具や弓道具、柔道着や薙刀具など武道に関する用具が様々。部屋の隅には竹刀や弓、薙刀も立て掛けてある。未開封の、恐らく未来永劫開かれることのないダンボールも点々と並ぶ。

“獅舞武道具”ふりがなで“しま ぶどうぐ”と書かれた看板がシャッターの足元で眠っていた。

それらを横目に私は右手にある部屋へ向かう。また一段高くなっているので、スリッパを脱いで裸足で廊下を渡る。襖をガラッと開けると、二名ほどが快適に過ごせる程度のこぢんまりとした和室がそこにあった。随分年季の入った空間は、飾られた先祖の写真がそうさせるのか、どこか厳かな雰囲気を醸し出していた。裏庭へ続く障子からは

微かに陽光が差し込み床の畳をやんわりと照らす。

その陽が僅かに届かない部屋の隅に、自室のクローゼットと同じくらいのサイズをした仏壇が鎮座している。

仏壇に並ぶ写真には、会ったことのない父と祖父、幼少期に亡くした祖母の姿が写っていた。

私は仏壇前の座布団に腰を下ろすと静かに手を合わせ、双眸を閉じる。

『辞めるなんて言わんやろな? あかんで、辛くても、逃げたらあきまへん』

 暗闇の中、聞き馴染みのある声が反芻した。

「ばあちゃん……」

その声と共に蘇るのは幼少期の記憶の断片。そのどれもが私を厳しく叱る婆ちゃんの姿ばかりであった。

婆ちゃんは私の“師”だ。礼儀を、強さを叩き込まれた。立派で逞しい女を育てる為に。

「ごめん、ばあちゃん」

心の声に留まったのか否か、自分では分からないが、そんな言葉が漏れた。

「ウチもう薙刀は……やらんから」

閉じた目を一層固く閉ざして。

 私はそう呟いた後、逃げるようにしてその場を立ち去った。


⭐︎


「おはよ〜ツユヒ」

 交差点が点滅し、赤信号に変わる寸前のタイミングで、彼女は現れた。シルバーの自転車をキュッと鳴らして私の横にピタリと並ぶ。右足の爪先で地面をトントンと叩いて、少女はホッと胸を撫で下ろす。

「ぎりぎりぃ〜」

少しグレーがかった黒髪を両耳の後ろでツインテールに結い、乱れた前髪を指で軽く整える。右目元のホクロが

髪型に反して色っぽさを醸し出す。その少女の名は那須谷ナスヤ 露妃ツユヒ

同じく愛武(アイブ)高校に進学した唯一無二の親友である。

「ん??」切れ長の大きな目をくるりと回して、私の顔を覗き込む。

「な、なに?」動揺を隠せない。

「……なんか今日、マスカラつけ過ぎやない?」

「ぅえ!?」たじろぐ。

「はぁ〜。だからいっつも言うてるやろ。元からまつ毛バッチバチなんやから、マスカラなんか塗ったら大変な

ことなるよって」

「やけどさ〜ぁ」モジモジする私に淡々と告げる彼女。

別に張り切ったわけでも、色気付いた訳でもないのだけど。これくらい最低限じゃん?

とりあえず自転車を漕ぎ始める。

 交差点を進んだ先にある大学を通り過ぎて真っ直ぐ。

「にしても高校ってどんな感じなんやろ」ツユヒが呟く。

「大人の仲間入りってことよん……はっくしょん!」私は自転車に乗りながらピョンっと背筋を張ってみる。

「いつの間にか身長伸びたなぁ」隣の少女は羨ましそうにこちらを見上げた。

勉強は難しいのか。学校行事は楽しいのだろうか。先生は優しいのか。

あれこれ一抹の不安と期待を話し合った後、おっとりとした口調で親友は言った。

「ツユな、高校慣れてきたらやりたいことあんねん」

「なん?」反対方向へと歩いて行く大学生達を横目に、私は聞き返した。

「彼氏欲しい……!」ムニっと口元を和らげてツインテール娘は言う。

「はぁ〜ぁ彼氏?」眉を顰めて聞き返す。

「彼氏なんか作ったらウチと遊べんやん!」

駄々を捏ねる子供のような言い訳。

「いや遊べるし……ツユそんなベッタリするタイプ違うから」

訝しげな視線を親友に投げかける。丁度その頃、橋に差し掛かった。

加茂大橋(かもおおはし)

朝の忙しない車道を沢山の車が行き来する。相対するように、柵の向こうには穏やかに流れる川があって、その縁を桜の木々が春色に染める。まだ花びらが散るまでには時間がかかりそうだ。

足元は鼠色ときどき墨色の石道が続いていて、その次にコンクリートの交差点を右に渡る。

それから目的地に辿り着くまで時間はかからなかった。

「おはようございやし」

自転車から腰を下ろし、歩道の傍に立つ先生方と挨拶をして校門をくぐる。

 まだ慣れない、新たな一日の始まりだ。


【構成】

全四幕ー各四話ずつ



【基準】

A


【ジャンル】

バトル・恋愛・スポーツ


【注意点】

・『』は過去の台詞や引用、通話など通常時会話と区別する際に使用する。

・“”は作中の重要なキーワードや特定の単語に使用する。

・ふりがなについて→カタカナで記したふりがなは登場人物や特別な読みに使用する。

・本作のほとんどはWikipediaを基に筋書きを作成しています。そのため情報の正確性が曖昧です。

あくまで今作はフィクションとしてお楽しみ下さい。

・一話を投稿した日から一年間を改訂期間とします。誤字脱字、誤情報など、皆様から寄せられた情報を基に修正していきますので、お気づきの方はお知らせしていただけると幸いです。

・⭐︎マーク→視点変更

・二次創作等うぇるかむーーーよー


【年齢基準】

 以下の区分を参考にして下さい。

・A(全年齢向け)

・B(青年向け=R15以上)

・C(成人向け=R18以上)

・J(幼年向け)


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