表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/85

84 一撃

ラス1です。

 (まだ終わらないのか)

 場外に弾き飛ばされたアーロンは、疲労と酸素不足で朦朧としながらも、まだ試合が終わっていないことを認識した。


 正直、ここまで戦う(やる)つもりはなかった。

 戦えると思っていなかったと言った方が正しいのか。

 まだ負けていない。

 早く終わればいい。

 こんな苦しことなんて早く終わらせたい。

 早く終わらせて平凡な日常に戻りたい。


 なぜ未だにこんなことをしているんだろう。

 全てを諦めて郷里を捨ててきたんじゃなかったのか。

 アイネとの約束を果たせず、いや、果たした時には既に遅かっただけだが……。

 アイネと一生添い遂げるという人生の目的を失った俺は、これから何を目的に生きていけばいいのだろうか。

 もう少しだけ早く強くなっていれば。


 そんなことを考えながらも、体は勝手に起き上がってのろのろと開始線に向かっている。

 頭がボーっとしているにも関わらず、肺の痛みは感じる。

 肺だけじゃない。

 自分の体はいたるところから痛みを発している。

 身体を動かそうとする度に、肺が酸素を求めて活動し、そして痛みを与えてくる。

 (アイネ……)

 肺は酸素を求め、心は手に入らないものを渇望している。


 歓声がうるさい。

 対戦相手は既に待機している。

 あと一本、どっちかが取れば終わる。

 少しの間、自分の動かさなければ簡単に終わってくれる。

 しかし、なぜかその選択を身体が受け付けない。


 なんで未だにこんなことをしているのだろう。

 もう既に終わったことじゃないのか。

 強くなる目的は既に消えている。

 アイネと歩む人生の道は既に閉ざされている。

 それなのになぜ自分は、未だに剣を振っているのだろうか。


 どうでもいい試合だが、なぜか負けたくないと思う気持ちを感じる。

 相手は自分より強い。

 相手の油断で一本こそ取っているが、試合内容は押されっぱなしだ。

 負けたくないから防戦に徹しているだけだ。

 負けないために相手の技を捌き、いいところを打たれないように逃げている。

 相手がミスしてくれるのをただ待っている。

 そのミスは今までたった一回きり。

 わずかな隙を見つけて足払いが決まっただけ。

 ダンディーとの稽古ではたくさんやられた小細工だ。

 このレベルの相手に同じことはできないだろう。


 どうすれば勝てるのか?

 朦朧とした頭で考える。

 覚えている技を全て引き出し、頭の中で試しているがリカルドに通用しそうな技がない。


 審判の合図で、負けないためだけに相手の技をしのぐことをしなければならないのだろうか。




★★★




「ちょっとの差しかないと思うのだが」

 アンセルメがレオカディオに話しかける。

「その差が今は大きいんです」

「そんなものなのかね?」

「アンセルメ様には理解できないかも知れませんが」

 レオカディオは説明した。

 アンセルメがダンディー以上の素質を持っていることは知っている。

 家の事情で金を稼ぐためだけに、数年間防人(さきもり)部隊に傭兵として入隊していたことも。


「その小さな差を埋めるのが指導者なのです。そのためにはアーロンの指導をダルミロさんにお任せしたいのです」

 レオカディオはダルミロを横目で見る。


「だから私には無理だよ。アブラアンの弟子なんて私に教えられる訳がない。直系のレオカディオが教えればいい。レティシアが教えてもアブラアンの弟子ならばしっかり吸収できるだろうよ」

 ダルミロは、試合を見ながら断る。

「リカルド、丁寧に行け!」

 レオカディオと話をしたくないとばかり弟子の応援を始める。


「今、この試合の中でも埋めようと思えば埋められる程度だと思うんだがね」

 アンセルメが不思議そうに話す。

 ダルミロはアンセルメの言葉に反応しないよう、応援に熱中しているふりをしている。


「リカルドは、このまま普通に勝つより一度くらい格下相手に負けたほうが伸びるんじゃないか?」

 アンセルメが変なことを言い始めた。

 レオカディオは冷や汗を感じた。

 ダルミロの目の前で、彼一押しの弟子に負けた方が良いとは、何を言うのだろうか。

 アンセルメの考えに付いて行けない。

 そもそもリカルドがどうすれば負けるのだろうか。


「伸びについてだけ言えば、それは否定しませんが、リカルドが負けることは難しいでしょう」

 ダルミロが聞いていないふりをしているためレオカディオが答える。

 ダルミロはアンセルメの言葉を聞いて一瞬ビクッと体を震わせたが、聞いていないふりを続けた。


「差は少しだけだ。弟の弟子とリカルドの今後のために少しばかりアドバイスしてやるか」

 アンセルメが試合場に近づく。

 観客を押しのけて最前列まで進んだ。

 一体何をするのだろうか。

 レオカディオはアンセルメについて最前列まで行く。


「アーロン!」

 声を張り上げると同時に、剣を担ぐような仕草をした。

 アーロンが自分を向いたことを確認したのち、見えない剣を振り下ろした。




★★★



 名前を呼ばれたアーロンは、声のした方を見る。

 聞き覚えのあるような声。

 声の主は……。

 あれはダンディーか?

 朦朧とした頭に、ダンディーの剣の振りが焼き付いた。


 幻か?

 幻でも関係ない。


 ああ、自分の振りとは少し、しかし中身は大きく違っていた。

 あのように振れば良かったのか。


 あの振りは自分ができることなのか?

 自分の身体に聞いてみる。

 できる、と回答があった。


 そうか。

 あの振りを試してみるか。


 リカルドに通用するのか?

 脳内でシミュレーションしてみる。

 通用しそうな手ごたえを感じる。

 (あと一撃なら充分戦えるな)


 酸素不足で朦朧とした頭ではあったが、やることはシンプル。

 考えることはほとんどない。

 あの振りで、たった一撃振り下ろすだけだ。

 振り下ろせる間合いまで、この体を運ぶだけの体力と気力さえあれば多分終わる。

 少なくとも試合が終わる確信がある。



「始め!」

 試合が再開された。


 明確な意図を持ってリカルドと距離を取るアーロン。

 場外際まで下がりながら、木剣を担ぎ上げた。




「おいおい、あれって一発狙いだよな」

「せっかく粘ったのにここまでか」

「最後は自爆して終わりか」

「勝負する振りして、見せ場を作るだけか」

 観客からは、アーロンの負けを意識した声が漏れ聞こえた。

 そんな声にも負けず、オリビアとタマラは声を枯らして応援を贈る。


「あれは?」

「一応基礎は全て教わっていたようだな」

 レオカディオの疑問にアンセルメが答える。


「リカルド、丁寧に行け!」

 アーロンの構えを見て、ダルミロの警戒度が急激に上がった。

 一撃狙いの構えであることは見て分かる。

 誰でも分かる。

 そんな構えに誰がさせた?

 あの天才剣士、アンセルメだ。

 一撃狙いは、一か八かではない。

 充分勝ちを確信しての、少なくとも勝つ見込みがあっての作戦だ。

 リカルドのせっかちな性格。

 勝てれば何でもいい、という悪癖。

 その悪癖と相性が悪すぎる。

 あの構えから何が出てくるか、一度確認してから対応するべきだ。

 リカルドなら自分の技量を慢心して、相手が剣を放ってから、今の間合いで、捌く・受けるを選択するだろう。

 そしてカウンターで確実に一本を取ろうとするだろう。

 普通の相手なら、それで十分だろう。

 しかし相手は、アブラアンの弟子。

 しかも天才剣士アンセルメが何かをした。

 そしてリカルドが負けると言った。

 しかし、この大勢の観客の前で逃げろ、とは言えない。

「丁寧に行け!」



 (ただの一発狙いだろ?)

 師匠のいつもと違う声に気が付いたリカルドだったが、一撃を放ってくるだけのアーロンの構えに、一発狙い以上の脅威を感じない。


 (だからなんだって言うんだ?)

 体力も気力も残っているリカルドは、いらただしい気持ちを押さえつける。

 (俺を舐めているのか?)

 残り時間こそ少ないが、相手は体力も尽きかけており一発狙いに走っているだけだ。

 そんな相手は怖くない。

 序盤のミスを取り返して、ポイントはイーブンに戻している。

 現状を見て、どこに負ける要素があると言うのか。

 あの体から繰り出される振りは充分見えている。

 それを捌いて、カウンターを食らわせるだけだ。

 もし、自分の想像以上に鋭い振りだったら、受ければいい。

 しっかり受け切って、そして打つ。

 それだけだ。

またまた遅くなりましたが次回で完結します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ