83 3年前~レティシアの覚醒
レティシアはアーロンの試合を見ながら、自分が覚醒するに至った事件のことを思い出していた。
★★★
「ダンディー、本当に剣なしで護衛に就くんですか?」
あまりの理不尽な要求にレティシアは団長のダンディーに文句を言う。
「仕方ないだろ。皇国側の希望だ」
「剣がなくてどうやって護衛するんですか?」
「そこは体を張るしかないだろ」
「私達に死ねってことですか?」
「それにリペレ皇国の小さなお姫様が、剣を嫌いだという話は有名だからね」
そのお姫様の誕生パーティーに、クスダム王国の三男が招かれていた。
婚約相手の候補として。
「剣が嫌いだから、皇国には徒手格闘の護衛がいる。警護のメインはそっちに任せて、私達は自分たちができることをするだけだよ」
ダンディーがレティシアを優しく諭す。
「普通の剣は無理としても、周囲にバレない程度の小さな剣を持ち込んだら良いんじゃないですか? 何もなかったらバレないままだし、剣を使う必要性が出てきたらそれはそれで言い訳が立つし」
レティシアが食い下がる。
「それは悪手だ。どっちにしても外交問題になる。少なくとも私たちが相手国の警備体制を信用していないことになるからな。ひいては今回の主賓達の将来にも悪影響が必ず出る」
そのように言われては反論することもできない。
レティシアは不承不承ダンディーの指示に従うことにした。
アレッサンドラ皇女は剣だけでなく武器一般が嫌いだ。
周囲がそれを理解すると、護衛には徒手格闘に秀でた者が充てられた。
当然、皇女の目に触れないところでは剣を持った者が警備に当たる。
今まではそれで問題なかった。
「我々はこの国を憂いる者。大人しくしていれば危害を加えないことを約束する」
抜き身の剣を持った集団が皇女のパーティーに乱入した。
会場からは悲鳴が上がる。
会場内の護衛が、護衛対象を守るべく敵と味方の間に入り込む。
その時レティシアは、王妃と皇后の側にいた。
周囲を見回すレティシア。
ダンディーと王子の位置は感覚的に掴んでいたが、はっきりと居場所を確認しておきたかったのだ。
ダンディーは当然だが王子の側にいて、王子は皇女とセットでいることが確認できたレティシアは少し安心した。
レティシアは事前の知識から、襲撃者が皇帝の弟に繋がる者達であることを推測していた。
そうなるとこの者達の目的は、自分の後ろにいる皇妃とダンディーの後ろにいる皇女であることは明白だ。
そんなことを考えていたレティシアは、自虐の笑みを浮かべた。
この者達は、『この国を憂いる』と言っていたではないか。
誰が後ろで操ろうが、目的は皇妃と皇女であることは間違いない。
下手すると外交問題にするため、ターゲットは出席者全員かもしれない。
レティシアの前にリペレ皇国の護衛が出る。
襲撃者たちは目当てのターゲットを見つけるとそれぞれの行動に移る。
出席者が逃げられないように出入口を固める者。
その出席者を威嚇する者。
ターゲットに直接向かう者。
その者達をサポートする者。
部隊訓練のように統制が取れている動きである。
レティシアはテーブルの上の燭台を手に取る。
長くはないし邪魔な枝もついている。
しかしそれ以上の剣に対抗できる物は、周囲を見回しても見つからなかった。
当然のように襲撃者は皇后と王妃へ向かってくる。
リペレ皇国の護衛は立ちはだかるが、襲撃者の剣を避けることが精一杯で、皇后と王妃への襲撃を完全に止められない。
レティシアも応戦するが、燭台を壊さずに相手の剣を捌くだけで精一杯だ。
皮鎧を装着した襲撃者は、護衛の突きや蹴りを、そして燭台で叩かれたり突かれたりしても平然としていた。
短くても何でもいい、剣があれば。
ダンディーの注意を無視してでも、隠し持っていれば良かった。
そうしていれば、目の前の襲撃者を何回倒していることか。
隙なんていくらでも見つけている。
頭の中では既に襲撃者を倒しきるほどシミュレーションしている。
剣さえあれば。
あの時、何でダンディーに聞いたのだろう。
聞かなければ、後で怒られて終わったのに。
外交問題? なにそれ?
目の前の襲撃者に倒されてしまったら全て終わってしまうのに。
持っている得物が剣でさえあれば、襲撃者を何度も倒しているのに。
恨めしく思いながらダンディーを少しだけ見る。
目の前にいた護衛は斬られてしまった。
ダンディーは、テーブルの上にあったナイフを手に取る。
目の前の襲撃者の剣と比較すると長さ、切れ味、そして耐久性も劣っている。
そもそも比較していいものなのか。
「無駄な抵抗はやめて後ろのアレッサンドラを引き渡せ」
徒手の護衛を易々と切り伏せた襲撃者は、ダンディに向かって言った。
ダンディーの後ろには皇女と王子がいる。
それだけではない。
ほかの参列者もいるのだ。
護衛はすでに倒されている。
最後の砦は無手、いやカトラリーを手にした剣士。
「私は王国の近衛。守るべきものは王国に関するもの全て。剣がなくても王国の未来は私が守ります」
ダンディーは背後にいる護衛対象を安心させるかのように襲撃者に答えた。
「そんな食器を手に言われても響かん。どけろ」
襲撃者が言い終わらないうちに、ダンディーはカトラリーを振った。
シュッ!
ナイフは皮鎧を引き裂き、襲撃者の皮膚まで届いた。
襲撃者は一瞬遅れて後退し間合いを取る。
「驚いたな。よっぽどの剣士とお見受けした。しかし、もうその食器は使えまい」
カトラリーは皮鎧を切り裂くことはできたが、一撃しか持たなかった。
ダンディーは刃の部分がなくなったナイフを捨てた。
襲撃者は無手のダンディーを警戒し、間合いをじりじりと詰めていく。
襲撃者が確実な間合いまで近づいた時、ダンディー目がけて剣を振るった。
紙一重で躱すダンディー。
そして斬った皮鎧の隙間に貫手を叩き込む。
血が周囲に飛び散った。
襲撃者の剣を手に入れたダンディーは、近くにいた別の襲撃者をいとも容易く斬り伏せた。
「レティシア!」
剣を放り投げた。
(なんて自分は馬鹿なんだろう)
レティシアはダンディーから投げられた剣を手にして恥ずかしさに、一瞬だけ震えた。
剣を手にしたレティシアを警戒して間合いを取る襲撃者。
片手に剣、片手に燭台を持ったレティシアは燭台で襲撃者の顔を殴った。
襲撃者は大きくよろめいた。
折れ曲がった燭台を捨て、レティシアは頭の中で思い描いていたシミュレーションを実行した。
一瞬にして覚醒したレティシアは、思い描いていた数よりも少ない手数で襲撃者を排除した。
★★★
事件後、ダンディーは褒章をもらった。
褒章は家族が必要としていた十二使徒の治療薬。
そのため、治療薬の費用を傭兵として稼いでいた長兄アンセルメが皇国に帰還することができた。
しかしアレッサンドラ王女の前で血生臭い護衛をしたことにより、外交問題を重視した官僚から軽い処分が下った。
処分は退団。
ダンディーの後任には長兄のアンセルメ。
退団の代わりに、再就職は希望のところへ。
貴族の家としては全く問題ない処分であった。
そもそも長兄が出稼ぎに行かなければその地位は長兄が担ってしかるべきものだったから。
レティシアはダンディーだけでなく言える限りの上層部に文句を言いまくったが、当の本人が処分を受け入れているため、何も変わらなかった。
レティシアは反対活動をしていたところ、ダンディーに小さいころから文官になるのが夢だったことを聞かされた。
あれほど剣を使える人が、剣以外の道に進みたいと思っていたなんて衝撃だった。
それが本心であることを確認した後は反対活動をきっぱりと辞めた。
事件後、レティシアにとって二つ大きく変わったことがあった。
一つ目はダンディーの二つ名が変わった。
全ての剣技を使える全剣から、零剣へと。
それは剣なしで護衛任務を遂行したことで付いたものだったが、文官への移動も含まれているという説もあった。
二つ目はレティシアが二刀持つようになった。
レティシアは、目の前の物を何でも効率的に使うことをあの事件で学んだが、それ以上に剣の強さを目の当たりにした。
二刀差すことはレティシアにとって、自分が団長になったことよりも大きな意味を持つことだった。
そして事件は処分も含めて全て終わり、今に至る。
1~2話で終わらせると言っていましたが、もう数話おつきあいください。
忙しくても年内には終わらせますので。




