82 剣を振るう理由
いくつかある訓練場の一つに連れ込まれたアーロン一行。
訓練場には誰もいない。
次戦は決勝なのだ。試合の準備を行う者は、アーロンと対戦相手であるリカルドの二人しかいない。
この場にはレティシアを止める者も口を出す者もいない。
「おい、どの程度上達したか見てやる。剣を構えろ」
レティシアが木剣を構える。
アーロンは予想していた展開になり、仕方なく木剣を構える。
「来い」
レティシアが稽古開始の合図を告げる。
アーロンはレティシアの構えの隙を窺う。
「来ないのか?」
この言葉は、攻めろ、と言っている意味だ。
言葉に釣られて攻める気になったアーロンは、攻める直前に一呼吸待った。
(今攻めたらカウンターで返される。上達したかどうか見てやるなんて言葉は半分もないのだろう。絶対に不義理のお返しがメインだ)
深呼吸をする。
すぐに打ってくると思ったレティシアは肩透かしを食らう。
「待っているのか?」
レティシアがもう一度誘いの言葉を掛けてきた。
アーロンの準備は一呼吸と少しで終わった。
木剣を呼吸に合わせて右肩の上に掲げる。
「やあ!」
思いっきり木剣を振る。
当たろうが当たるまいがどっちでも良い。
剣は振るものだ。
躱される? 受け流される?
どうでも良い。
勝つとか負けるとか、どうでも良い。
上達したか? 下手になったか?
知りたいのは自分じゃない。
目の前のレティシアが知りたがっているだけだ。
アーロンはただ打てば良い。
レティシアが勝手に判断するだろう。
次の試合?
もっとどうでも良い。
★★★
「ほう」
ダルミロが感嘆の声を上げる。
「リカルドが相手でも、しっかりと受けられている。基礎がきちんと出来ている証拠だ」
ダルミロがアーロンを褒める。
「ありがとうございます。しかしいつ見てもリカルドはモノが違いますね」
「アイツは別格だ。誰が教えてもある程度までは勝手に育っていくタイプだ。だから余計に育て方を間違えないようにするのが難しいし気を遣うところだな」
「それが出来るのもダルミロさんです。だからこそうちのアーロンをダルミロさんに預けたいのですよ」
「それほど期待されると私も困ってしまうな。前途有望な若者を導くのも潰すのも指導者次第だからな」
「その通りですね。ダルミロさんならできると思ってお願いするんですよ」
心からの賛辞を贈るレオカディオ。
発した言葉と心で思っていることに多少の差異はあるが、賛辞は本物だ。
「ただ彼は、なんか動きに精彩を欠いている気もしないではないのだが」
ダルミロがアーロンの異変に気づいた。
「純粋にリカルドが強いのでしょう。リカルドの前では自分の動きをさせてもらえないだけですよ」
冷や汗をかきそうになりながら、平静を装ってアーロンの疲労に気が付かない振りをするレオカディオ。
まさか妹弟子が決勝戦の直前に激しい稽古をつけました、とは言えない。
リカルドが攻め、アーロンが攻めを凌ぐ構図で試合が進む。
アーロンの疲労も一部の観戦者には気付かれていた。
それでもリカルドはアーロンを攻略しきれない、もどかしい状況であった。
「やあ!」
リカルドが状況を打破するべく、場外際で体当たりを仕掛ける。
上段からの剣を受けるべく、アーロンが一瞬止まった隙に身体をぶちかました。
ドン!
観客がいるところまで思いっきり吹っ飛ばされるアーロン。
「待て」
審判が試合を止める。
ノロノロと起き上がるアーロンが開始線につくのを待ち、場外反則をアーロンに与える。
「始め」
試合を再開する審判。
「あそこがリカルドの悪いところだな」
体当たりで攻略しようとしたリカルドの行動に苦言を呈するダルミロ。
「よくある攻略法だと思いますが?」
レオカディオがダルミロに疑問を呈する。
「リカルドはせっかちなんだよ。目の前に勝てる道筋があれば、迷わずその道を通る」
「それは決して間違いじゃないのでは?」
「確かにそうだ。勝てる道筋があるのなら、その道を通るのはある意味正しい。しかし今の技は練習した技なのか? なまじ実力差があると思っているから簡単な方を選んでいるのだろう。せっかく練習した技はいつ出すんだ」
レオカディオは黙った。
アーロンがあっさり負けてくれた方が今は一番いい。
そしてダルミロの下で修業することが、最速で強くなれる方法だ。
リカルドとアーロンは木剣を間に挟んで対峙する。
リカルドとアーロンでは呼吸音が違う。
レティシアの激しい稽古を受けたアーロンは、疲労のピークを迎えていた。
先程の体当たりでかなり体力が減った。
もう一度体当たりを受けたくない。
勝つにしろ負けるにしろ。
「やあ!」
リカルドは、再度体当たりを試みるが、アーロンが捌いて逃げる。
捌くだけでも疲れるが、体当たりを受けるよりはましだ。
リカルドは執拗に体当たりを見せるそぶりをする。
躱そうとするほどアーロンの疲労が目に見えて溜まっていく。
しかし、それがリカルドの仇になった。
体当たりを躱させるべく体当たりの素振りをしていただけのリカルドは、右足をアーロンの足に軽く拾われて転倒したのだ。
バン!
「一本!」
試合が動いた。
転倒したリカルドの胴にアーロンが木剣を振り下ろしたのだ。
観客が湧く。
リカルド優勢から一転、アーロンが先取したのだ。
「面白いことになりましたね」
ダンディの兄で財務大臣政務官のアンセルメが、教え子の試合を観戦しているダルミロとレオカディオに声を掛けた。
「さっきもレオカディオに言っていたんですよ。短兵急な戦法を取るのがリカルドの欠点だと。この一本はいい薬になったでしょう」
ダルミロがアンセルメに返事をする。
まだ一本ある。
リカルドが負けるとは全く思っていない。
「ところでレオカディオ、あれは誰だ?」
アンセルメがレオカディオに尋ねる。
「あれと言いますと?」
「リカルドの相手だよ。誰が剣を教えているのだ?」
「リカルドの相手は第十騎士団のアーロンと言います。教えているのは私ですが」
「君の前は誰だ? 誰が教えていたのだ? もしかして弟じゃないのか?」
アンセルメが鋭いところを突く。
「レオカディオ、もしかしてあの子はアブラアンの教え子なのか?」
リカルドが驚いた様子で声を発する。
「少しの間教えていただけにすぎませんが。そうですね、アブラアン師匠が少しだけ彼を指導していたようです」
レオカディオが秘密を吐く。
もう少し秘密にしておきたかった。
だが嘘は吐けない。
知らぬ存ぜぬも通用しない。
「ほう、それは面白い。さっきの騒ぎはそのせいだったのか」
「誠にお恥ずかしい姿を見せてしまいました。アブラアン師匠が教えた後、偶然にも彼女が一時的に指導していたようでして」
レオカディオはすべて白状する。
「レオカディオそれが本当なら、アレは私が教えてもいいのか?」
ダルミロが聞きたくない言葉を放つ。
「私では彼を教えきることはできないと思います。ですのでダルミロさんに対校戦までは教えていただきたいと思っています」
「アブラアンの弟子となると私では荷が重いかな」
恐れてた言葉が出る。
なんとしてでもダンディ最後の弟子を強くしなければならない。
少し強くするだけでは足りない。
圧倒的に強くしなければならない。
その理由は、レオカディオがダンディの弟子である、ただそれだけ。
しかしそれで十分。
レティシアも同じ理由だろう。
★★★
リカルドは時間配分を考えながらも、丁寧にアーロンの体力を削っていく。
もしアーロンが少しでも隙を見せたらしっかりと一本取るつもりで。
小さなほころびを作り出して、そのほころびを小さな隙間に変えて、自分の技をその小さな隙間に打ち込む。
体力は十分ある。
相手の体力は残り少ない。
技術は自分以下。
それでもポイントは先行されている。
「やあ!」
木剣を振るリカルド。
躱しきれなくなり、しっかりと受け止めてしまうアーロン。
アーロンの動きが止まった隙を狙う。
ドン!
リカルドの体当たりが決まる。
アーロンは場外に弾き飛ばされた。
会場が沸いた。




