8 情報屋ダフネ
「ダフネちゃん、今度の調査員はどうなの」
『美味しい肉屋さん』の裏側にあるイートインコーナーに村の女性が集まっている。
ダフネの前にはケーキやお菓子、紅茶が並んでいる。
みんなの視線はダフネに注がれている。
「何が知りたいんですか。知っていることなら、きちんと答えますよ」
丁寧な言葉だが、完全に上からの態度を取るダフネ。
そんな態度にも関わらず、女性たちはダフネのご機嫌を取ろうとする。
「今日のケーキは私が作ったの。美味しいから食べてみて」
「紅茶は今日届いたものよ。ディンブラの紅茶なの」
「ダフネちゃんの好きなクッキーを今日も作って来たわよ」
「わーい、ありがとう」
上辺だけの感謝を口にして、ケーキを口にする。
ほかの女性たちの前にもケーキや紅茶はあるものの、女性たちはお茶やお菓子に手を付けず、ダフネに注視したままである。
「今度の調査員は歳いくつなの」
ダフネがケーキを咀嚼するのを待たずに質問が入る。
「三十二歳」
一言で済ますと、もう一口ケーキをほおばるダフネ。
「ちょっとおじさんかな」
「そのくらい方が好み」
「やだ、おじさん好き?」
「頼りがいありそう」
(「そのくらいじゃないと自分の歳と釣り合わなくなっているわよ」心の声)
「年上の方が優しくしてくれそう」
「何を優しくしてくれるの」
「ちょっと、そういう話は子供がいないところでして」
「独身?」
「独身です」
一言話して、紅茶をすするダフネ。
「「「キャー」」」
「歳よりも、話はそこからよね」
「お金持っているのなら現地妻でもいいかな」
「えー、本命じゃないと」
「やっぱり一度は王都とか都会で暮らしてみたいわ」
「そうよね。いくらマーサのお菓子が美味しいからと言っても、一生作ってくれる訳じゃないしね」
「そりゃそうよ。私だって未来の旦那様のために料理の腕を磨いているだけだから」
「そんな努力しても、胃袋掴むハードルが高すぎるのよ。この村は」
「こんな辺境の田舎村じゃ、胃袋どころか何の袋さえつかめないわよ」
「ちょっと、そういう話は子供がいないところでしてよ」
「ごめんごめん」
「? 」(ダフネ)
「ところで故郷に残してきた彼女はいるの」
「いないって言ってた」
一言話して、クッキーに手を出すダフネ。
「「「キャーキャー」」」
「そうじゃないと盛り上がらないわよね」
「もう、ゲットした気分になってちゃダメよ」
「三十二歳で彼女なしなんて男、どう思うよ」
「えー、良いんじゃない」
「彼女いない歴イコール年齢だったら」
「別に気にならない」
「ちょっと気になる」
「男の方が好きな人なら困るかな」
「専業主婦にしてくれて、王都に住めるなら男が好きでも全然オッケー」
「それはないでしょ」
「男同士を見るのも良いかなって」
「ちょっと、さっきから。その手の話はダメ」
「ごめん、ちょっと興奮しちゃった」
「調査員の好みのタイプは」
「ちょっと分かんない」
(さすがにロリコンの疑いがあると言えないし。言ったらお菓子も終わっちゃうし)
「「「ブーブー」」」
「そこ一番大切なとこなのにー」
「あー、でも細マッチョかも」
「「「見たの」」」
「お風呂入る時とか普通に」
「胸毛とか毛は多いの少ないの」
「ちょっと、子供に何聞いてるよ」
「普通かな」
平然と答えるダフネ。
「やっぱり子供はいいわね」
「子ども扱いするなら以上で終わりまーす」
ダフネが食べかけのケーキやクッキーを残したまま席を立とうとする。
「ちょっと、冗談よ。みんなからも言ってよ」
「さっきから、イナッセも興奮しすぎだから、罰として五分間黙っていること」
「えー」
「そうよね、せっかくダフネちゃんが情報持ち込んでくれているのに、その言い方は失礼よね」
「よってイナッセは十分間黙っていてね」
「そんな、せめて五分にして」
「はいはい。五分は黙っていてね」
「(ムフムフ)」(イナッセ)
「じゃあ、イナッセが静かになったところで、胸毛はどうなの」
「ちょっと、そっちから離れようよ」
「だって、大切なことじゃないの。私、多い人苦手なの」
「(ムフムフ)」
「イナッセは、黙ってて。どうせあなたのことだから、多いほうが男らしくて好き、ってところでしょ」
何回も頷くイナッセ。
「まあ、お兄ちゃん以上、お父さん以下ってところかな」
「どっち寄りなの」
「だから、その話は終わり」
「せめて、どっちかだけでも。アーロン君寄りなら、年上でもギリオッケーかも知れないの」
ダフネの目が冷たく光る。
「お兄ちゃん狙いなんですか」
「ちょっと、そんな訳ないじゃないの。とっくにこの子二十超えているのよ。アーロン君は今度十五歳でしょ。おばちゃんと言われるような歳の子と付き合おうなんて勇気はないでしょ」
会を仕切っているグロリアが慌てて弁護するとともに、強い視線をデボラに向ける。
デボラの性癖なんて、分かり切っているが、そんなことをダフネに知られるわけにはいかない。付け加えれば、ここの娘のリサにも知られる訳にはいかない。
デボラはアーロンが好きなのではなく、アーロンのようなタイプでその年頃の男が好きなのだから。
「ふーん、そうですか。お兄ちゃん少しばかり可愛い顔しているから年上の人にも持てるのかな、ってちょっと思っちゃった」
ダフネが冷たい目をしながら女性陣をけん制した。
「アーロン君可愛いよね。弟になら欲しいけど、ここのみんなは、ちょっと年が離れすぎているから残念よね。やっぱりアーロン君ならダフネちゃんと同じくらいの娘が良いんじゃないかな」
グロリアは必死に巻き戻しをする。この子がかなりのブラコンだと言うことはすでに知っている。
自分が認めた女以外、兄の恋路であっても邪魔するであろう。
いたずらで手を出そうとする女がいたら、全力で排除にかかる。当然その仲間も。
ダフネを敵に回したら、今村に来ている調査員の情報どころか、今後調査員としてくる男の情報は一切もらえなくなるのは目に見えている。
アーロンは可愛いが、結婚相手としてみるには少々年が離れている。
それでもアーロンが、グイグイ来ているのなら、こっそり付き合ってもいいかな、とも思うのだが、アーロンがアイネに熱を上げているのは公然の秘密。当然他の女に目を向ける状況ではないことを知っている。
更に、ダフネがアイネを面白く思っていないことも公然の秘密。
そんな状況で、情報源を失うような馬鹿な真似はできない。
グロリアは冷や汗を流しながらダフネの怒りを鎮めようと頑張った。
「アーロン君、今度の大会出るんでしょ。去年は惜しかったわよね」
「そうなんですよ。今年は去年以上に頑張るって言って、お兄ちゃん本当に頑張っているんですよ。でも、あの調査員に剣術教わり始めてて、最近お疲れ気味なんです。調査員、本当は強いみたいなんですけど、剣術ランクはないし、素質もないと言ってるんです。何か隠してて変な奴なんです。剣も小っちゃい変なものしか持っていないし。多少強くても、そんな変な奴に教わって大丈夫なのかすごく心配なんです」
ダフネがダンディーへの不満を口にすると、女性陣の目の色が変わった。調査員の新しい情報が出てきたのだ。
「へえ、ダフネちゃんとしてはお兄ちゃんが心配なんだね。その調査員がどんな人か、もう少し調べないと、お兄ちゃん騙されていたら大変だよね」
「そうよね。大怪我とかしたら大変だよね」
優しく心配する女性たち。
心配しているのは自分の未来だけなのだが。
「結構スパルタらしくて、お兄ちゃんは、さっきも私を抱っこしながら走らせられて、遅くなると木剣でお尻を突っつかれて無理やり走らされてました」
「それって美味しそ……」
スパン!
グロリアの平手がイナッセの後頭部を襲った。
「でも、お兄ちゃんが本当に強くなれるのなら、お兄ちゃんを応援したいよね」
「お兄ちゃんが成長するところを間近で見られるのなら、最高だよね」
女性陣がダフネを羨ましがる素振りをする。
「そうなんですけど、まだ来たばっかりであの調査員信用しきれないんですよね」
「そうよね。良い人かそうでない人か、見極めないと。私たちも応援するから、しっかり調べてね」
「分かりました。あと聞きたいことないですか」
「実家はどこなの」「貴族様なの」「家族構成は」「収入は」……
「もうみんな、がっつき過ぎ」
グロリアが興奮している女子を止める。
我先に質問するものだから、ダフネが口を開く隙間がない。
「ダフネちゃんが話せないじゃないの。もう少しダフネちゃんに美味しいもの食べてもらってからゆっくり聞こうよ」
グロリアの言葉で落ち着きを取り戻す女子たち。
みんな条件のいい男が欲しいのだ。だからみんなライバル。
ライバルと言っても、男一人につき誰か一人しか選ばれない。そもそも選ばれるかどうかも分からないのだ。
それでも、結婚したい、いい男と付き合いたい、都会で暮らしたい、等という夢を見ている。
だから少しでも情報が欲しい。自分が選ばれる可能性のある情報が知りたい。
自分以外は全てライバル、そして全員同じ目的を有する仲間。
ダフネは、どう手持ちの情報を出すのが一番おいしいか考えながら、ゆっくりとケーキと紅茶、お菓子を味わう。
まあ、お兄ちゃんを狙う女がいないだけマシか、と思いながら適齢期女子たちに情報を小出しにするのであった。
次の話が気になる方は一番★キラリ願います。