78 マスクマン~レティシアとマスクマン
「つまらない」
レティシアは出席の準備をしながら独り言をつぶやいた。
騎士団剣術大会、またの名を対校戦予選会。
そんな意味のない大会、一応自分も役員の一人だから出席しなければならない。
うちの団員は優勝するのだろうか?
勝って欲しいが、あまり興味はない。
先日の大会では、第一騎士団員でさえ決勝に残れなかった。
うちの団員は六位、七位?
そんな下の順位なんて覚える価値もない。
せめてジュニアの大会に、ユダの少年を送り込めれば満足したのに。
順位なんて関係なく。
(そう言えば、第十騎士団から久し振りに出場選手があると言っていたな)
少しばかり剣術大会のことを考える。
レオカディオが出場させる剣士。
少しだけ興味がある。
先日のマスクマンを出すのだろうか。
結局、マスクマンの正体を聞き出せなかった。
バンダリ三兄弟を倒した剣士。
一人で全員倒したとなると、結構強いと思われる。
少なくとも班長クラスか。
なんでそんな奴が文官をやっているんだろう。
どこかの貴族から預かってきた子弟なのだろうか。
きっとそうなのだろう。
一定期間、第十騎士団で修業して実家に戻るのだろう。
危険のない内勤。
そして経理を含めた経営を覚える。
箔を付けて仕事を覚えて実家に戻るのか。
まあそんな人生もありだろう。そんな人生を歩む貴族の方が普通だろう。
(私とは違うがな)
自分はそんな普通の貴族が歩む人生を目指したわけではない。
しかし、今はつまらないことの方が多い。
それでも、レールの上を歩くよりはマシな人生だと思っている。
なぜなら、自分が勝ち取ってものだから。
(行きたくないが、今晩の慰労会を兼ねた選抜検討会で一言も話をしないとレオカディオに文句を言われるからな)
レオカディオだけではない。
ティシムの視線が、準備の遅い自分を責めていることを自覚しながら、準備を終えたレティシアであった。
★★★
「絶対に目を離すなよ」
レオカディオは、二回戦で敗退したエレナと、このためだけに大会に連れてきたディエゴに命じた。
アーロンは逃げ出す隙を窺っている。
少なくとも自分なら、何処かのタイミングで消える。
絶対にアーロンを欠場させてはならない。
うまくダルミロを転がしたのだ。
今晩の団長会での発言権がどれだけ強くなるかは、アーロンの成績次第だ。
自分はこれからレティシアを待つ。
彼女の突飛な行動に対応できるのは自分しかいない。
彼女は自分以上にダンディーの信奉者だ。
まさに命懸けの行動になる。
彼女の型は、攻め最強だ。
その彼女が彼女自身の命を無視して攻撃してきたら、私以外なら誰でも命を落とすだろう。
当然彼女の命はないものとしてだ。
アーロン育成計画には彼女の助力は必須だ。
死んでもらっては困る。
そもそも妹弟子を殺すつもりはない。
ただでさえ、現役の弟子は少ないのだ。
そのために、オレリーを連れてきた。
無傷でレティシアを無力化するためだ。
私だけでは不可能に近い。レティシアの実力を考えれば。
★★★
「アーロン、どこに行くの?」
「ちょっと……」
「昼ごはん?」
「……、そうそう」
「オリビア、タマラ、お腹空いたって」
エレナは気持ち大きな声で告げる。
ディエゴがオリビアとタマラを連れてくる。
「パパがつくってくれたのと、私が作ったものがあるけど、どっちがいい?」
初っ端から、厳しい言葉の洗礼を受けるアーロン。
「どちらもいただきます」
オリビアとタマラの言葉を無視して答えるアーロン。
本当は、この会場から逃げるつもりだったのだ。
本選出場を決めたら、あとは出場時間を間違えたふりをして逃げるつもりだった。
絶対にレティシアに会いたくない。
今さらだが、レオカディオに全てを話して助けてもらうか。
それともレティシアに会わなければ良いだけなので逃げ切るか。
知らんぷりして負けるまで普通に闘うか。
最後の案はなしだ。
強いのだ。出場者が。
なんとか本戦には出られたが、皆強い。
ダニエルどころではない。
本当にみんな強いのだ。
「ちょっとトイレに行きたいんですが」
「俺もそう思っていた。一緒に行くか」
ディエゴが言葉をかぶせる。
「一人で行けますよ」
「丁度俺も行きたいと思っていた。荷物は任せようぜ」
逃げるための言葉を失う。
「どこへ行く?」
「ちょっと本戦のために剣を振ろうかと思って」
「じゃあ付き合う」
「一人でも大丈夫」
「なら、私がいた方がもっと良いよね。付き合うよ」
全剣に言いつけられたエレナが、アーロンを決して逃がさない。
★★★
「本戦第一試合、ピオ選手対アーロン選手」
逃げ切ることが出来ないまま、本戦に出場することになったアーロン。
ピオの剣を受けるも、圧力が強すぎる。
今までの選手とは圧力が違い過ぎる。
上手く受け止めているつもりでも、返しが少し遅れる。
「やあ!」
圧力に押されるまま、なんとか受け止めて対応するアーロン。
ダンディーやレティシアに比べるまでもない。
しかし、強い。
こんな試合するつもりじゃなかった。
予選が終了したら、あとは欠場するつもりだったのに。
受けた剣を返して攻めるも、圧力に押されたため、返しの剣に切れがない。
あっさりと躱される。
今までの相手とは全てが違うと感じた。
(なんか面白い)
つい数分前まで、試合から逃げようとしていたことは頭の中から消えてしまっていた。
今まで教わったことを総動員する。
足法を頭の中で確認する。
正確に、丁寧に。
相手の動きのどの段階で足の運びを選ぶか。
そして立ち位置で主導権を握ったら連続技で攻める。
「一本!」
審判の声が上がる。
「やったー、アーロン」
オリビアとタマラが叫ぶ。
「おい、本選でも勝ってるぜ」
「それより、もしかすると本当にあいつが阿修羅剣か?」
「まさか、話よりだいぶ小さいぜ」
「でもオリビアとタマラが応援しているし」
「普通に店の常連なんだろう」
「いや、あの二人が応援しているのはマスクマンだけだぞ」
「あの野郎、俺も常連なのに」
「どうせにわかだろ」
「それなら俺も常連だ」
試合場の周囲では、アーロンを巡っていろいろな会話がなされていた。
その中でもフクロウ亭の看板娘を巡る会話が一番多かった。
「アーロン選手の勝ち」
審判が勝ち名乗りを上げる。
汗だくになったアーロンに、エレナとディエゴが逃がさないように近づいてタオルを渡す。
そしてハーフマスクを着けさせる。
全剣から、試合以外は着けさせていろ、との指示だ。
着けさせると目立って仕方ないのに、と愚痴をこぼしたくなる二人だったが、全剣の指示には逆らえない。
何らかの目的があるのだろう。
★★★
「お久しぶりです、アンセルメ様」
「こちらこそご無沙汰していた。元気でしたか?」
「はい、アンセルメ様こそ公務でお忙しそうで」
「レティシア殿こそ、最近でも武勇伝が聞こえておりますよ」
「お恥ずかしい限りです」
会場に来たレティシアは、アンセルメに挨拶をした。
「ところでアブラアン様から連絡はありますか?」
「弟からは無事を知らせる手紙が定期的に届くくらいだな。最近ではムルシアからの手紙が届いたな」
レティシアが胸に痛みを覚える。
(やはり擦れ違っていたのか)
「元気になさっているようですね」
「まあ、あの弟だからな。面倒くさいしがらみから抜けられて清々しているんだろうな」
苦笑いするアンセルメ。
「あの方は、昔から知らない町に行ったりするのが好きな方でしたからね」
「しがらみから自由になって毎日楽しく暮らしているんだろうな」
レティシアは、他愛もない会話をしたことで、少し安心した。
この世界のどこかで元気にダンディーは暮らしているのだ。
「遅いご出勤だな」
レオカディオがレティシアに近づいてきた。
「本選はまだ始まったばかりだろ」
レティシアが通常モードで兄弟子に言葉を返す。
「アンセルメ様、今日の大会で面白い選手はいましたか」
「まあ、一番は君のところの選手だろ。どっちも良かったな」
「ありがとうございます。ダルミロ様にも目を掛けていただきまして、早速対校戦の稽古にも参加させてもらうことが決まりました」
「ダルミロも手が早いな。しかししっかり鍛えたね。近衛……」
「済みません、レティシアとの会話に途中から割り込んでしまいました」
「いやいや、そんなことはない」
「お忙しいところお時間取らせました。レティシアも、自分の席に戻ってきちんと試合を見なさい」
強引に会話を打ち切り、レティシアをアンセルメから引き離すレオカディオ。
レオカディオに主導権を握られたことは面白くないが、目的を十分達したレティシアは素直に自分の席に着く。
面倒臭い兄弟子だ、と思いながら。
今日も仕事を言いつけられました。
しかも夕方だけという変則技。
仕事しないとご飯が食べられません。
仕事を続けるためには、こんな適当な仕事もこなさないと。




