73 マスクマン~その2
あけましておめでとうございます。
オリビアと待ち合わせのカフェに向かうアーロン。
(やばい、今更どきどきしてきた)
アーロンがドキドキしているのは、オリビアを考えてではない。
そしてさっきまでの戦いのためでもない。
剣を振るった時でさえ、剣を振り下ろされた時でさえここまで緊張していなかった。
今緊張しているのは、第八騎士団の名前を聞いたからだ。
第八騎士団団長レティシア。
彼女の耳に自分の名前が届いてしまわないだろうか。
せっかく見つけた就職先、寮にも入居したばかりなのに。
ここから逃げ出すことにならないだろうか。
どうすればいいだろうか。
とりあえずハーフマスクを着けていたため顔はバレていないだろう。
話だけで顔の形まではレティシアにまで届かないだろうし。
しかし名前はどうだろう?
さっきは聞かれなかったことを良い事に、どさくさに紛れて名前を名乗らなかった。
団長に名前を問い合わせられたらどうなるのだろうか。
団長は普通に教えるだろうか。
今から名前を変えてもらうか?
アードンとかに。
いや、現実的じゃない。
黙ったままレティシアが気が付かないことを祈っておくか?
もしかすると偉い人なら、決裁はメクラ判じゃないのか?
第十騎士団にもそういう人が居る。
書類を見ずに決裁を済ませ、いつも団長に怒られている。
決裁が多いと全部中身まで精査できない。
バレた時のことを考えて、奥の手を今から用意しておくか。
しかし奥の手が思いつかない。
まず昼の部開始時間まで、隠れて時間を潰さなければならない。
他の騎士団員の前では顔を晒していないから、見つからないように行動しなければ。
つまり現場の処理が終わるまでは、広場にも行けない。
それどころか、この格好で迂闊に歩いていれば、他の騎士団員に見られる可能性が高くなる。
見られるということは、それだけ自分の顔を知るものが増え、他の騎士団員との接点がその数だけ増えるということだ。
しかも連れているのがフクロウ亭の看板娘。
看板娘と騎士団員の組み合わせ。
騎士団員なら普通に記憶に残る組み合わせだろう。
場合によっては歩みを止められて根掘り葉掘り質問を受けるかも知れない。
それだけは避けなければならない。
「オリビアこの間の大会でボーナスが出たんだ。オリビアに似合う服を買いに行こう。プレゼントするよ」
女性なら洋服店で時間をかなり潰せるだろう。
仕事をしている騎士団員も服屋の中まで入ってくることはないだろうし。
自分が暇なことを除けば、最高に安全な時間つぶしだ。
「本当? 嬉しい!」
アーロンの本音を知らないオリビアは素直に喜ぶ。
オリビアの反応を見てほっとするアーロン。
(ついでに全剣に預けられた小遣いを全部使ってやろう)
面倒ごとを一気に片付けられる良案を思いついたアーロンだった。
★★★
「アーロン、事件に関与したのならきちんと報告してくれよ」
全剣に文句を言われた。
「お前の報告よりも先に第八騎士団から連絡があった」
オリビアとの義務を果たした後、寮に戻ると全剣に呼び出されたアーロンだった。
「済みませんでした」
謝ることしかできない。
さっき寮に帰ったばかりなのだ。
報告なんて今したばかりだ。
今日は休暇なのだ。
「まさか本当にマスクを使う羽目になっていたとは思わなかったよ」
苦笑いしながら全剣が言葉をつなぐ。
「済みません」
重ねて謝る。
「いや、謝ってもらうために言ったんじゃない。これからは同じことがあったらすぐに報告してくれよ」
「あ、はい」
「報告が早ければ、こっちの対応も楽だった」
「済みません」
「第八騎士団への応援は良かったぞ。こっちが恩を売れた」
「はい」
よく分からずに適当な相槌を打つ。
「お前の名前は出させなかったが、それで良いだろ」
「あ、はい」
「相手はバンダリだ。第十騎士団に矛先が向くのも少し面倒だからな」
ほっとしたアーロンだった。
自分の名前が出ないのが一番だ。
レティシアに気付かれずに済む。
「それで私は何をすればいいのですか?」
呼ばれた理由を尋ねる。
文句を言うためだけに呼んだ訳ではないだろう。
「稽古だ」
休日は稽古がないものだと思っていたアーロンは、不意を突かれた思いだった。
「今日は休日では?」
「剣に休日はない。どうせやることもないんだろ。今から行くぞ」
全剣の訓練はいつも通りだった。
型を徹底的に体に染み込ませる。
その後は型を重視した地稽古。
型で返せるような攻撃を仕掛ける全剣。
少しずつ攻撃の形を変え、型での返しが難しくなるように丁寧に丁寧に剣を振るう全剣。
過保護のようであるが、教わるアーロンは命懸けだ。
少しでも受け間違えれば大怪我しそうな程の勢いで振るわれる剣。
防具を着けてでさえだ。
丁寧に過保護に、そして厳しく。
最後の仕上げ、エレナとの勝負。
エレナとの勝負を残したところで、副官が慌てて訓練場に現れた。
「団長、レティシア様がいらっしゃいます!」
「レティシアが?」
「はい。控室で待ってもらうように伝えたのですが、ここに来ると言って話を聞いてくれません。今何とか食い止めていますが時間の問題かと」
渋い顔をするレオカディオ。
(まだアーロンが居ることを知られたくない)
「アーロン、面倒臭い奴が来るから、お前は寮に帰って自主練だ」
レオカディオが帰宅を命じる。
アーロンも慌てて帰り支度を始める。
汗を拭く間も惜しく、訓練場から立ち去る。
アーロンが居なくなるとほぼ同時にレティシアが現れた。
「エレナ、お前は極力しゃべるな」
レオカディオがエレナに言った。
レオカディオの迫力に頭を縦に動かすエレナ。
「どうした? お茶を飲んで少し待っていてくれたら良かったのに」
作り笑顔でレティシアを迎えるレオカディオ。
「私も忙しい身だから。それよりハーフマスクの子は誰?」
短兵急に尋ねる。
「うちの団員だが? 何かしたか?」
「どこの文官があんなことできるのよ」
「お前はここに礼を言いに来たのか、それとも喧嘩をしに来たのか?」
レオカディオが詰め寄る。
「いや、礼を言いに来たんだが、その子が気になってね」
「その子なら今日は休みだ。女と会っているようだが」
「どんな子なんだ?」
「普通の子だよ。普通よりは優秀だがね」
「剣がか?」
「いいや、剣よりも事務方が得意だ。何でもできる」
「そうか。剣はどうなんだ?」
「まあまあかな。せっかく来たんだ。うちへのお礼方々、この子に稽古をつけてやってはくれないか? 今度の大会にうちの代表で出るんだ。お前のファンなんだよ」
うまく話を誤魔化すレオカディオ。
「仕方ないな。少しだけだぞ」
レオカディオから木剣を受け取るレティシア。
憧れのレティシアから直接指導を受けられて舞い上がるエレナ。
今日ばかりは、アーロンに感謝するエレナだった。
★★★
「バンダリの件だけど、相手が短剣中心と言っても三十人やれるか?」
「技量によるな。そして生死は問わないという条件であれば可能かも。本当に一人でやったのか?」
「第八騎士団のネバがそう言っているらしい」
「うーん、直接聞いたなら信用できるけどな」
「更にバンダリ三兄弟も、そいつが一人でやったらしい」
「みんな『らしい』ばかりじゃないかよ」
「第三騎士団の奴から聞いたんだよ。あの時の現場の応援に行った奴だけど。広場はかなりの修羅場だったと言っていたよ。血が出ていないだけで、ほとんどの奴らがのたうち回っていたって言うよ」
「仮に一人でやったとすれば、どこの団の奴だ?」
「それを知りたいんじゃないか。ただ、一人でやったことがバレたら、バンダリに狙われるだろうね」
「間違いないな。バンダリが一番手を出しにくい団はやはり第八騎士団だろうな」
「あそこは団の中でも特別だよね」
「脳筋揃いだから、バンダリでも報復が怖くて手を出せないだろうな」
「騎士団の中で一番の武闘派だからね。団長が特にも」
「でも俺も聞いたんだけど、やった奴ってマスク着けていたっていうじゃないか」
「俺も聞いた。最初っから報復対象にならないように準備していたのかね」
「それって不可能に近いよな。ただ誰も素顔を見ていないってことだよな」
こうしてマスクマンの噂話が広まっていくのだった。
今年はスイスイ更新できる一年にしたいです。




