72 マスクマン~その1
「かぁーっこいい!」
アーロンはオリビアに褒めちぎられていた。
アーロンはその言葉が、自分が妹のダフネに『可愛い』と言っているのと同じ意味だとすぐに分かった。
今日のアーロンはおめかしをさせられている。
おめかしと言っても、団服を着ているだけなのだが。
「きちんと夕方の仕事までには戻って来いよ」
面白くなさそうに、ぶっきらぼうに、エベラルドはオリビアに言った。
(もちろんです)
「いいから、ゆっくり楽しんできなさい。なんなら遅くなっても構わないわよ」
にこにこしながらバシリアは言う。
(いいえ、時間通りに帰ってきます)
「いいなあ、今度は私に予定が入っていない時誘ってね」
タマラがアーロンに約束を迫る。
(絶対に誘いません)
愛想笑いでごまかす。
「早く帰ってきます」
何を追加で言われるか分からないアーロンは、そう言って早々とフクロウ亭をオリビアと出て行った。
★★★
有給休暇の日。
「アーロンはその格好で行くわけじゃないよね?」
レオカディオは朝食時、あまりにもラフな格好をしているアーロンに声を掛けた。
「あんまり服持っていないので、これで行くつもりなんですが」
「ならちょっと待て」
レオカディオは召使いに服を取りに行かせる。
「せっかく女性と演劇を見に行くんだろう? その格好じゃ女性に恥をかかせるだけだよ。最低限の格好をしなきゃ、ただの田舎者になってしまう」
少しだけ嫌味が入った言葉でアーロンをたしなめる。
間もなく召使いは、アーロンの団服を持ってきた。
団服の採寸をしたことは覚えているが、出来たとは聞いていなかった。
「これを着て行けば、女性も少しは喜ぶから」
「休みなのに制服で行くんですか?」
レオカディオが用意させたのは団服と剣。
普段の仕事でも、第十騎士団では団服はほとんど着ない。
普段から団服を着用するのは、街中を巡回する現場の騎士団員だ。
「休みでも着用してはいけない規則はない。普段から団服を着て騎士団員であることをオープンにしている者たちも多いからな」
レオカディオが説明する。
確かに騎士団員であることは一つのブランドだ。
第十騎士団でも仕事中は着用しない団服を、プライベートで着用してナンパに励む者もいると聞いている。
オリビアもラフな格好よりは団服の方が喜びそうだ。
しかし子供が制服を着せられて、背伸びして頑張っているようで恥ずかしい。
「この剣は最初から刃が付いていないから、本気で打たない限り切れないよ」
帯剣までするのか。
本当に格好つけの騎士団員みたいだ、とアーロンは思った。
「あとこれ」
使わなくても良いであろう小物も渡された。
全く意味が分からない。
一緒に渡された小遣いも迷惑だった。
全額使い切ってこいと言われたから余計に。
十万ギニー、どうやって使ったら使い切れるのだろうか。
団服を着て、演劇を見て、十万ギニーを女性と使ってくる。
仕事よりもはるかに難しいミッションが課せられたことをアーロンは感じていた。
★★★
「だから、俺たちだってきちんと営業して貰いたい訳よ。ただ地元には地元の規則ってものがあるんだよ。それを破られると、地元が困るわけ」
厳つい男たちが顔を突き出しながら要求している。
「こちらとしては、みかじめ料は指導によりお支払いしないと決めております」
弱々しい声で対応する劇団の団長。
「困ったなあ。こっちは大人しく話しているだけなんだけどなあ。うちらが居れば、どんなトラブルも一発で解決できるんだけどなあ。ここの看板女優、評判悪いらしいじゃないか。彼女に嫌がらせする奴が現れたらどうするんだろうなあ」
一人の男が受付にあるテーブルを蹴飛ばす。
「こんなことをされても誰も助けられないんだろうなあ」
椅子も蹴飛ばす。
「奥行って、騎士団の方を連れてこい」
脅されている団長は脇の女性に指示した。
「騎士団を呼んでくるのか。その騎士団で解決できるのかな」
「こっちから行ってやるか」
「まあゆっくり待ってやろうぜ」
男たちが余裕の言葉を吐く。
「騎士団の方、お願いします。バンダリ三兄弟が来て、すぐにでも暴れそうです」
「何だって? 今来たのか?」
第八騎士団のネバは予想が外れたことを知った。
マフィアグループのバンダリがみかじめ料を狙っていることは聞いていた。
しかし押しかけるのは、まだまだ先の話だと思っていたのだ。
今いるのは、看板女優ノエリアの護衛である自分ともう一人の女性団員のみ。
しかも相手はマフィアのバンダリ。
来たのはドンの息子たちであるバンダリ三兄弟。
まずい。非常にまずい。
バンダリグループはマフィアのくせして剣術が得意だ。
バンダリは、元々ドンが弱小剣術道場を開いていたのが始まりだ。
道場経営で食えなくなってアンダーな仕事をするようになり、今の組織にまで大きくした。
ドンの息子たちは小さいころから剣術を仕込まれていただけあり、それなりに強い。
特にも長男は、騎士団で言えば班長クラスの実力があると言われている。
「ノエリアさん、護衛少し離れます」
「ちょっと、私がどうなっても良いの? あなた達は私の護衛に来てるんでしょ」
看板女優のノエリアが抗議する。
「そう言っている場合じゃないようなんで」
「あなたもあなたよ。私の護衛に助けを求めるなんていい度胸してるじゃないの」
ノエリアは騎士団を呼びにきた女に罵声を浴びせる。
「ノエリアさんのことは必ず守ります。少しだけ待っていてください」
ネバはそう言ってもう一人の団員を連れて部屋を出て行った。
★★★
「早過ぎたかなあ」
演劇会場の手前まで来たオリビア。
開園時間よりも早いことは十分承知している。
「そのようですね。まだ出店も準備しているようですし」
他人行儀に答えるアーロン。
物販程度はやっているかも知れないと思っていたが、出店の準備をしている段階のようだ。
会場前の広場では、架設の売り場を拵えている最中だった。
「そうね。少しガラの悪い人たちもいるから、このあたりを少し回ってからまた来ましょう」
会場前の広場には、売り場を作っている人たちに交じって、ガラの悪い連中が見受けられる。
興行関連はマフィアなんかの輩連中が取り仕切っていると村で聞いたことを思い出すアーロン。
出店も開いていない中、ガラの悪い連中がうろつく広場を歩く意味もない。
そんなことを思っていると、突然警笛の音が鳴り響いた。
「ピ・ピ・ピーーーー」
音の発生源は明らかに会場の建物内。
広場にいるガラの悪い連中も警笛に反応する。
「ピーーーーー」
追加で更に鳴り響く。
「これってもしかして?」
「非常信号と集合信号です。ちょっと行って来ます。オリビアさんは、あそこのカフェで待っていて下さい」
そう言ってアーロンは演劇会場に向かった。
オリビアの相手を少しの間しなくても良いという安堵感と初めての現場を体験するかもしれないという緊張感を持って。
アーロンが広場に入ると、すぐにガラの悪い連中に呼び止められた。
「騎士団の兄ちゃん、なんか聞き間違いしたんじゃないのかい。一人で来たってことは今日は非番だろ。怪我しないうちに帰った方が身のためじゃないか」
アーロンを呼び止めるガラの悪い男たち二人。
二人とも腰に短剣を差している。
少し離れた仲間たちは見ているだけだ。
「こんな格好していると、さっきの音を無視できないんだよ。邪魔するなよ」
「よく見りゃ坊やじゃないか。そんな借り物の服着てうちらの仕事に口出すなよ」
「お前たちが原因か」
「おいおい、やめてくれよ。ここは俺たちのシマだぜ。シマでやることにいちいち口を出されると困るんだよ」
「こんなガキ、話するよりやった方が手っ取り早いっすね」
ガラの悪い男たちが短剣を抜く。
あーっ、やっぱり見た目か。
全剣に持たせられた意味が分かった。
あの人は全部分かっちゃうんだな。
俺の良いところも駄目なところも。
全剣が持たせた小物を着けるアーロン。
「おい、この兄ちゃんマスクなんか着けたぜ。しかもハーフマスクだよ」
「おお、もう一回かっこいい顔を見せろよ」
一人が近づいてマスクに手を掛けようとした。
強いって何だろう。
実力って何だろう。
どうしたら舐められなくなるんだろう。
結局見た目なのか。
「ピーーーーー」
再度集合信号が聞こえた。
ズン!
低く鈍い音がする。
アーロンのマスクに手を掛けようとした男が崩れ落ちる。
「野郎!」
仲間をアーロンに攻撃されたことを知った男が短剣を構える。
アーロンは男が足を踏み出す前に一撃喰らわせた。
喰らった男は倒れる。
「おい、騎士団の応援が来てるぞ」
「行かせるな」
当初、面白そうに見ていたガラの悪い奴らがアーロン目指して集まってくる。
★★★
「そんな笛吹いたところで状況が変わる訳ないだろ」
「……」
「騎士団の方々はお帰りになったほうが良いんじゃないですかね」
「そんな訳ないだろ。私たちは第八騎士団だ」
「ほう、怖い怖い。暴風剣姫様が出てきたら大変だ」
「さすがに暴風剣姫様は現実味がないな。あんたらも仕事に忠実過ぎて周りが見えないと嫁にも行けなくなるぜ」
「マフィアに説教しても意味がないことに気が付けよ。俺たちはそもそも昔からの商売してるだけだ」
腰の剣に手を掛ける仲間を押し留めるネバ。
「お前たち、これは犯罪だぞ」
ネバはバンダリ三兄弟に警告する。
「俺たち何にもしていないけどな。俺たちが何をしたって言うんだ?」
「みかじめ料を集っているだろう」
ネバが答える。
「おい親父、俺は金を要求したか?」
「この方は要求していませんが、ほかの方が」
怯えた男が弱々しくしゃべる。
「誰だ? 俺じゃなきゃ誰だ? 俺が何かしたか?」
「それとも俺が何かしたか?」
「それとも俺?」
ニヤつきながら声を上げるバンダリ三兄弟。
「取り敢えずお前たちここから出て行け。みかじめ料要求していないのなら貰うものもないだろう、さっさと帰れ」
ネバは退去を命ずる。
「姉ちゃん、俺たちはバンダリだ。このシマを取り仕切っている。お前たちこそここを出て行け。俺たちに指図するんじゃない」
「バンダリだろうが何だろうが、邪魔な奴は帰れ。帰らなきゃ不退去罪で拘束する」
ネバが最後通告を発する。
「できるのか、お前たちだけで。俺たちはバンダリ三兄弟だぞ。外にはうちらの部下が三十人はいるぞ」
鼻で笑い飛ばし、脅し返す。
ネバは部下に目で合図をする。
「おおっと。話し合いが終わっていないのに、一人だけで、ここから出ちゃ駄目だろうが」
部下が部屋を出ようとするが、三兄弟が通せんぼする。
「俺たちには帰れって言うくせして、自分一人だけ帰っちゃ駄目だろう」
応援を呼びに行かせようとしたが、不発に終わった。
「警笛を鳴らせ」
ネバの指示で部下が笛を吹く。
「何回鳴らしても同じさ」
「建物の中で鳴らしたところで広場程度までしか届かないぜ。広場には俺たちの部下が三十人もいる。誰も笛を聞いたところで動けやしないさ」
「二人そ揃って出て行きたくないのなら、俺と楽しいことするか」
下卑た笑いを浮かべる。
悪名高きバンダリ三兄弟。
第八騎士団の名前を出しても女二人だとこんなものか。
「第八騎士団の私たちにそんな侮辱は許さんぞ」
「おお怖い怖い」
「勝負して負けたら帰ろうか。勝ったら好きにさせて貰おうか」
「いいねえ、女騎士二人と看板女優で丁度三人か」
「それって一人勝ちじゃん」
「俺はノエリアがいい」
「俺もだ」
「俺もだ。って、誰も女騎士様を選ばねえし」
「「「ハハハ」」」
悔しさで唇をかみしめるネバ。
相手が悪すぎる。
長男だけなら、一対一でなら何とか勝てるだろう。
こっちは二人しかいない。
もう一人が次男三男を一緒に相手できるか、と言えば無理だ。
時間稼ぎですら無理だろう。
誰か一人、応援がいれば何とかなるのだが。
その一人が、自分が長男を倒すまでの時間稼ぎをしてくれれば、こいつら三兄弟は何とかなる。
「負ける勝負だが、するのかい?」
「ここで第八騎士団が負ければ、こいつだって消されるかもしれないな」
震えている劇団長に視線を送るバンダリ三兄弟。
「ちょっと、たかがマフィア如き、うちの劇団に因縁を付けるんじゃないよ」
奥の部屋からノエリアが出てきた。
「ほう、やっぱり噂通りの美人だね。その性格の悪さも噂通りみたいだがね」
「ちょっとノエリアさん、隠れていて下さい」
ネバが慌てる。
今でさえ状況が悪いのに、更に悪化させてどうする。
「ふん、あんたらゴミはどうせこのまま帰るつもりはないんだろ。班長さん、第八騎士団を名乗るなら、勝とうが負けようが一人くらいはしっかり潰してくれよ。この劇団を食い物にしようとする奴らに、私は屈するつもりはないからね」
ノエリアが啖呵を切る。
「おお怖いねえ。これで第八騎士団の班長さんも引けなくなったね。ここにいる皆、劇団の花と一緒に心中するか?」
「やるつもりならこっちも準備しておかないとね」
バンダリ三兄弟が剣を抜く。
緊張が走る。
「ここですか?」
ドアを開けてアーロンが緊張感走る部屋に入った。
「お前は誰だ?」
バンダリ三兄弟が尋ねる。
ネバは制服を着た者、つまり応援が入ってきたことを信じられない目で見ている。
「非常信号が聞こえたので来ましたが。ここですよね?」
「外の奴らは何してるんだ!」
「外のガラ悪そうな人たちは全員倒してきましたけど」
アーロンが答える。
「よくやった」
ネバは形勢が逆転したことを知った。
「何だお前、その顔は?」
「制服着ているのにマスクなんて頭おかしいんじゃないか? それとも顔がおかしいのか」
「外には三十人配置していたはずだが」
バンダリ三兄弟が言葉を漏らす。
「そのくらいいましたね。邪魔するのでみんなやっつけてきましたけど」
「お前たち、一気に形勢逆転したな。大人しくしろ」
ネバが剣を抜く。
「女二人とガキ一人の騎士団に俺たち三人が負ける訳がないだろう」
「あんたら三人だけなら私だけでも負けないだろうね」
ネバがハッタリを噛ます。
さっきまで良いように言われていた。
少しでも言い返したかったのだ。
「このクソガキ!」
そう言ってバンダリ三兄弟の長男がアーロンに剣を振ってきた。
外の仲間を三十人切り伏せた?
嘘だろう。
警笛が鳴ってから来るまでの時間が短すぎる。
息も上がっていない。
嘘だろう。
全て嘘に決まっている。
笛が鳴る前から会場内に居たんだろう。
ただのハッタリ野郎だ。
バンダリ兄弟長兄の剣は鋭かった。
しかし鋭いだけだった。
無造作に、無警戒に、注意することなく振られた剣。
思いきりがよく、ただ力任せの剣。
普通に鋭いだけの剣。
アーロンはその剣を擦り上げて、刃引きされた剣を叩きつける。
「ぐっ」
まともにアーロンの剣を胴に喰らって倒れる長兄。
「こいつ斬りやがった!」
残った二人が叫ぶ。
「刃引きしてるんで生きてます」
一応、斬っていないことを伝える。
倒れた長男は腹を抑えてのたうち回っている。
残った二人に剣を向けるアーロン。
「許さねえ!」
「斬ってやる」
残された男たちもアーロンに飛び掛かる。
(単純な攻撃? 三兄弟が雑な攻め?)
ネバがバンダリ兄弟の雑な攻めに驚く。
剣は多少鋭いが、それだけだ。
あの強いと評判のバンダリ兄弟がこの程度の攻めとは。
雑な攻めに対して、正確無比な型を披露するアーロン。
冷静さを欠いている剣はアーロンに触れることなく、弟たちの身体にアーロンの剣が吸い込まれるように入っていった。
「いや、助かった。ところで君はどこの団だ?」
「第十騎士団です」
「第十? 文官か?」
「そうです」
「そ、そうか。とりあえず助かった。私は第八騎士団でネバと言う。班長をしている」
ネバは、助けに入った団員が文官であることに驚きながらも、冷静に対応しようとする。
「第八騎士団?」
「そうだ。ここの女優の護衛任務をしていたら、マフィアと劇団の美香じめ料のトラブルに巻き込まれてしまってな」
ネバは簡単に説明する。
アーロンは第八騎士団と聞いて、すぐにでもその場を離れたくなった。
「ところでそのハーフマスクは何なんだ?」
ネバは疑問を口にする。
助けて貰った手前、あからさまな不審者扱いはしないが、顔を隠していることの理由くらいは聞いておかないといけない。
「これ、団長に剣を振るう時は着けろ、と言われたので」
アーロンは説明する。
第八騎士団と聞いたからには、絶対に外せない。
「全剣様が?」
「ああ、はい」
ネバは助けに入ってくれた文官をよく見た。
ハーフマスクのせいで少し分かりづらいが、かなり若そうだ。
特にマスクが掛かっていない口元を見ると、明らかに若い。
(この若さでは普通に舐められそうだな)
騎士団員が見た目で舐められるのは悪いことだ。
王都の治安機関である騎士団員が舐められれば、それだけで犯罪の抑止力低下につながる。
文官として勤務するなら問題はないだろうが、現場で仕事をするのであれば少々問題だ。
(だからマスクか)
合点がいった。
どうせ現場で剣を振るう機会が少ないのであれば、一時的にマスクを付けても問題はない。
騎士団員が常にマスクを付けて活動するのなら問題だが、一時的、しかもほとんど現場で活動しないのであれば話題にも上らないだろう。
「今日は非番か?」
「はい」
「デート?」
ネバは少し突っ込んで尋ねる。
特に用事がなければ事後処理にも付き合ってもらう。
「デートじゃないんですが、お世話になった女性と街を回る予定があります」
(絶対にここから離れる)
「それをデートと言うんじゃないかな?」
それ以上ネバは深くは突っ込まなかった。
更新できなくて済みません。
先週の金曜夜、久しぶりに土日休めると思いレモンハイを飲み始めて三口目、職場から緊急の電話が。
土日どころか年末まで犠牲に。
あと一日、どこかで仕事する時間を作らないと。




