71 夢への一歩
全剣の指導は実戦的だった。
近衛流剣術正派がベースと聞いていたが、教わったことを考えると実戦派に近い。
とにかくアーロンに勝てばいい、という教えだ。
その教えには同意したい。
アーロンを叩き潰せるのなら、悪魔に魂を売り渡しても良いと思う。
初日は三十分だけと言われた訓練参加であったが、翌日から一時間に増えた。
勤務中に訓練できるという謎の安心感。
いつも仕事が終わってから剣の練習をしていた。
仕事がなければどれだけ剣の練習に時間をさけるのだろうか。
どれだけ強くなれるのだろうか、と思いながら。
それが今叶っている。
たった一時間とは言え、直接全剣から教えて貰う濃密な時間。
ほぼマンツーマンで。
こんな幸運は望んでも叶わないことだ。
しかも教えて貰えることは、気に喰わない新人を叩きのめす技。
絶対に叩きのめす。
秒殺の辱めをそっくりそのまま返してやる。
これから大会までは毎日そのチャンスがあるということだ。
しかも、教えてもらうレベルがいつもの道場とは段違いだ。
いつも訓練している道場では、なあなあでやっているところはあると思う。
全剣様ほどのレベルになると、全てが厳しい。
しかし、こういう訓練・指導を受けたかったのだ。
何かを教わる度に、自分の能力が底上げされていくのが実感できる。
毎日、何年も訓練を続けていて、薄紙が積み重なる程度にしか実力の向上を感じられなかったのに、全剣の指導は数分で数年を凌ぐ。
悔しい。
この指導を今まで受けられなかったことが。
指導を受けている最中に死んでも構わない。
全剣の期待に応えられないほど自分に才能がないのであれば、才能のなさに気が付かないうちに死んでしまいたい。
しかし、自分には絶対に才能がある。
あの暴風剣姫様の下で仕事をすることができる程度の才能が。
絶対に本大会までに自分の実力を上げて、第八騎士団に移籍する。
★★★
訓練二日目。
「それまで」
やる気なく勝負の判定を下すレオカディオ。
今度はアーロンの体力を奪い過ぎた。
微妙な力加減が難しい。
アーロンの動きに精彩がなさすぎた。
アーロンが手を抜いている訳じゃないことは十分理解できている。
勝ったエレナも拍子抜けしているようだ。
ただ、全く無駄と言う訳でもなかった。
アーロンは、疲れた体を無理に動かそうとしている様子が見えた。
今日はこの程度にしてやろう。
罰符だけはしっかりこなしてもらうが。
★★★
訓練三日目。
「それまで」
満足気な声でアーロンの勝ちを伝えるレオカディオ。
一本目、力づくでアーロンを叩き潰したエレナ。
全剣に襤褸切れにされたアーロンを、力尽くで押しに押しまくって一本取った。
一本取られたアーロンは、罰符であるダッシュ&地稽古を回避するため、異常なほどの集中力を発揮したアーロン。
再度力尽くで押してきたエレナの剣を技術で躱し二本奪い取ったのだ。
この底力。
これを見たかった。
ここまで本気を出させたかった。
悔しそうな表情を浮かべるエレナはどうでも良い。
問題は、アーロンが底力を出せるか否かだ。
全力を出して、地面にあおむけに倒れこんでいるアーロン。
立ってはいるものの、悔しそうな表情をしているエレナ。
立ち上がれないほどの全力を出し切ったアーロン。
それを引き出したエレナ。
(それだよ、それだ!)
レオカディオは嬉しかった。
今日はアーロンの力を、丁度良く削ぐことに成功した。
アーロンが命懸けでエレナに勝った。
体力が同じであればエレナに負けることはないだろう。
それが一本取られてから、倒れこむほどの本気を出したのだ。
顔がにやつく。
今日は祝杯を挙げてもいいだろう。
★★★
「なんでお前が酒持ってくるんだよ」
「今日はお前が相手でも良いと思ってな。一杯飲んだら帰る」
「そうしてくれ」
「お前も一杯飲めよ」
「一杯だけなら付き合っても良い」
「俺もここで呑むのは一杯だけだ」
「それじゃあ、月に向かって乾杯だ」
「「乾杯!」」
レオカディオとレティシアは酒を酌み交わした。
「お前、何か隠し事しているだろ」
レティシアが短兵急に質問する。
「もちろん」
隠しもしないレオカディオ。
「何だ? あの金を溶かしたのか?」
「いや、別に。金は普通に回している。そんなことどうでも良いだろ。今日はお前と酒を呑みに来ただけだ」
「それが怪しいんだよ。何の目的があってお前が来るんだよ」
一口飲んだレティシアが追及する。
「ただ呑みたくなっただけさ。同じ門下なんだから、兄弟子が飲みたいと言ったら付き合えよ」
そう言って杯を呷るレオカディオ。
「全く都合の良い時だけ兄弟子になる」
「当たり前だろ。お前だって都合の良い時だけ俺を頼るだろ。あの金の処理とか」
「私に金を扱う器量なんてある訳ないだろう。私にできることは剣を振るうことだけだってことはお前が一番知っているだろうに」
「知ってる。文句を言うなら全額返そうか?」
「要らない。溶かしても全然構わない」
「良い使い道を思いついたらすぐに言えよ。俺だって面倒な金はいつまでも預かりたくないし」
「使い道を思いついたらね」
レティシアが杯を空ける。
「ところでどんな良いことがあったんだ?」
レティシアが聞く。
「さあな」
「じゃあ飲み終わったのなら帰れ」
「兄弟子に何てこと言うんだ」
言葉とは裏腹に、笑顔で言葉を返すレオカディオ。
「まあ明日も仕事があるから帰るよ。じゃあな」
「残った酒を持って帰れよ」
「お前にやる。高い酒だから預かっている金から差し引いておく」
「勝手にしろ」
冗談を言ってレティシアの部屋を出るレオカディオ。
妹弟子の顔を見ながら酒を舐め、今後の方針を考えていた。
普通に教えていれば大丈夫だと、なぜか思った。
レティシアが教師になれば、偏りのある剣士になりそうだ。
レオカディオは、そんなことはさせない。
自分の技術をきちんと教え継ぐ。
レオカディオは馬車に乗り帰路に就いた。
月を見ながら。
(ユダの少年を見つけたと言ったら、あいつどんな顔するのかな)
レティシアが見失った少年を、今自分が確保して育てていることをレティシアが知ったらどう思うのだろうか。
少なくとも彼女が見失った少年を見つけて確保していることだけは、まだ黙っているつもりである。
(ダンディー、あなたの最後の教え子、きちんと面倒見ます)
心の中で誓うレオカディオ。




