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7 走り込みの始まり


 翌朝ひどい筋肉痛ですぐに起き上がれなかった。

 それでも、日課の素振りをこなさないといけないと思って、強い精神力を持って動き出したアーロン。


 素振りを開始してすぐにダンディーが現れ、

「素晴らしい。身体がきつくても毎日の稽古を怠らない。良いことだ。同じ素振りをするのなら、四セットやったら終わりにすればいい」

 他人事のように淡々と言った。


「俺は毎日二千本振っているんですが、十六×四で、六十四回振れば終わりということですか」

 足法と合わせた素振りだと思ったアーロンは、イライラして言い返した。


「まさか、足法が十六方向で終わりだと思っているの? 」

「どういう意味ですか? 」

「いやいや、足法というのは相手を打つためにする移動方法なんだが、それは理解できているのかな」

「もちろんです」

「相手って、一歩動けばそれで打ち込めるのかい? 」

「時と場合によりけりじゃないですか」

「そうだよね。つまり、一歩動いただけじゃ打ち込めない場合があるってことだよね」

「もちろんそうですよ」

「じゃあ、なぜ、一歩しか動かない練習をしてるの? 」

「なぜって……」

 答えに詰まる。


 足法というのは、そういうものじゃないのか。

 相手の一撃を躱して打つための動きじゃないのか。

 違うのなら、全く分からない。

 ダンディーは、何を言いたいのだろう。


「一歩動いて打ち込めないのなら、二歩動いたら打ち込めるんじゃないのか。もし二歩でダメなら三歩。三歩だと多くなりすぎるから、ワンセット二百五十六回を四回やったらいいんじゃないかと私は言いたいのだが。ただ二千本振るより、足法を入れて千二十四本振った方が効率良くないだろうか。それでも一つの動きを四回しかできないんだが」


 ダンディーの言葉に、自分の甘さを思いっきり指摘されたアーロン。

 ただ人よりも剣を振れば強くなれると思っていた。

 何も考えずに振っていたって、体力強化以上のものにならない、ということを今、初めて教わった。

 昨年の敗北から毎日二千本振っていたことが、ただ自分を満足させることにしかつながっていなかったことに恥ずかしさを覚えるとともに、ダニエルとの距離を縮めることに繋がっていなかったという現実にショックを受けた。


 しかも、足法も知っている知識にほんの少しだけプラスアルファーしただけである。

 本当に強くなりたければ、自分で思いつくことも可能だったはずだ。



 恥ずかしくなったアーロンは、足法の二乗を振り始めた。

 できるだけ美しく、そして動く相手を追い詰めるようにシミュレーションするように一振り一振り丁寧に振り始めた。




★★★



「私も『通り』に行きたい」


 『通り』とは、村の中心部であり、店が立ち並ぶ場所である。

 ダフネは、『通り』のお姉さま方にかなり可愛がってもらっている。

 通りに行けば、情報料代わりに色々な美味しいものがもらえるのだ。


 事前にダンディーに確認していたが、通りまでは走って行くことに決まっていた。

 ダラダラ走るのなら何とかなるのだろうけど、ダンディーに突っつかれながら走るということは、ほぼ全速力だ。

 ダフネが付いてこられる速度じゃない。

 しかしダフネは、父親に通りに行くことを許可されている。

 アーロン達と一緒ならば。


「じゃあ一緒に行こうか」

 まさかの言葉を発したのはもちろんダンディー。


「走って行くんじゃないですか」

「もちろん」


 もちろんの意味が分からない。

 この時点では、走る速度をダフネに合わせれば良いか、と甘く考えていた。

 当然ダンディーはダフネに合わせるつもりなのだろう、と思っていた。



「走れ走れ!」

 ダフネを背中におぶって走ることになるとは思っていなかった。

 この状態では走るどころか、たどり着くことすら想像できない。


「いつまで背負えばいいんですか」

 息が上がりそうになりながら尋ねる。

 今聞いておかないと、声が出なくなりそうだから。


「いつでも背負うのはやめて構わないぞ。その代わり次は抱っこな」

「抱っこの方が大変じゃないですか」

「だからどっちでもいいぞ」

「ダフネ、抱っこは恥ずかしいよな」

「抱っこしたくなければ背負って走れ」

 ダンディーが鬼のような言葉を吐く。

 抱っこするよりはマシだが。


「ほら、無駄話しているから遅くなってるぞ」

 木剣で突っつかれる。


 気持ち少しだけスピードを上げる。

「もうちょっと丁寧に走って。乗り心地悪い」

 ダフネから苦情が出る。

 お前が邪魔なんだよ、と言いたい言葉を飲み込んで走る。


「(丁寧に走れ)だ、そうだ。走るときも丁寧に、そして美しく走れ」

「そんな無理なこと言わないでください」

「無駄口聞けるうちはまだ余裕があるはずだ。走れ走れ」



 ようやく通りまでたどり着いた時には、息も絶え絶えだった。

 通りにくると、ダフネは二人から離れて別行動に移った。

 『美味しい肉屋さんでお茶しているから、用事が終わったら迎えに来てね』とのことだった。


 いい気な妹と別れて、二人は訓練場に向かった。

 ダンディーが、一度しっかり訓練を見てみたいと言ったので、立ち寄ることにしたのだ。


 訓練場には、一応村長宅の門を潜る必要があるものの、特に門番がいる訳でもないし門が閉じている訳でもないので普通に入ることができる。

 今日は川東地区の訓練日だ。

 訓練場では、三十人ほどの男たちが地稽古を繰り広げている。


 ロベルトさんが休憩を指示している。

 汗をぬぐいながらそれぞれ休憩を取り始める。


 訓練を見たいと言っていたダンディーにとっては、休憩中のタイミングであり、運が悪かったと思ったが、ダンディーは気にせずに今日の訓練者たちを見ている。


「おい、今日はお前の地区の訓練日じゃないだろ」


 嫌な奴に声を掛けられたと思った。

 こいつは、ダニエルの取り巻きの一人であるウンベルトだ。


「なんで訓練日じゃないのにお前がここにいるんだよ」

 いつも、自分に関係ないことで絡んでくるのだ。

 訓練日じゃなくても来る奴は俺一人じゃないだろ、と思う。

 それでもこいつは、自分よりも『格下』を作りたくて、難癖をつけてくるのだ。


「別に訓練日じゃないからと言って、ここに来ちゃ悪い訳じゃないだろ」

 とりあえず言い返す。が、こいつはそこからも面倒くさい。


「訓練日っていうのは、各地区で指定されているんだろ。その決まりに従えないっていう奴は村から出て行った方が良いんじゃないのか」

 言うことが意地悪なのだ。


 こいつだって大会が近くなると、ダニエルと一緒に指定された訓練日以外にも練習に来ているのだ。


「別に訓練に来ている訳じゃないんだからいいだろ」

「訓練じゃないのなら、ここにいる必要がないだろ。仕事サボっていないで働けよ。ユダのぼっちゃん」

 言っていることがいちいち癇に障る。


「ユダは関係ないだろ」

 親の仕事であるユダを言われて、カッとなるが必死に冷静さを保つ努力をした。


「関係ないのかな、ユダのように裏切って、川東に入りたいって言う意味でここにいるんじゃないのか」

 頭に血が上る。


「君、私はユダの調査員なんだが、この村ではユダが裏切って川東?に入ったっていうのは君の地区に伝わる話なのか? 」

 ダンディーが口を挟むと、ウンベルトは忌々しそうに言った。


「只の冗談ですよ。子供の話に大人が入ってくるな、っていうんだよ。ユダに関わる奴らって、冗談すら通じない頭のおかしい奴ばっかりなんだな」

 捨て台詞を残して立ち去っていくウンベルト。


 ウンベルトの捨て台詞がアーロンには毒針のように刺さって抜けなかった。

 親の仕事を馬鹿にされ、ユダに関連する全てを馬鹿にされ、自分が剣を教えて貰っているダンディーを馬鹿にされ、それでも相手に言葉の一撃すら与えられない自分が不甲斐なかった。



 訓練場では、短い休憩を挟んで地稽古が再開された。

 ダンディーは、ウンベルトに馬鹿にされていたはずなのに、全く気にした様子が無く、地稽古を見学する。



「さっきの友達も大会に出るの」

「友達じゃないです」

 ウンベルトとの会話のどこを聞いたら友達になるんだ、と心の中で突っ込みを入れる。


「彼は去年の大会ではどのくらいだったの」

「準決勝でダニエルに当たった」

「内容は? 」

「あっさり二本取られて負けたけど八百長だよ。あいつ、ダニエルと同じくらい強いんだけど、小狡くて、事前にいろんな決め事をしているんだ。ダニエルとはお金で取引したようだけど」

「ふうん。アーロンは彼に勝てるの? 」

「多分。訓練では五分五分かな」


 ウンベルトとした最後の訓練を思い出す。

 ……。

 あいつが黙っていれば普通に動けるんだが、試合中もあの調子でしゃべられると、自分のペースで動けなくなる。

 厄介な奴だ。


「そうか。まあ大体分かった。雑貨屋に行って、資料を貰ってくるか」


 訓練場を後にする二人。

 見学者の中にアイネがいないことを確認してほっとしたアーロンだった。



★★★



「アーロン、ちょうどいいタイミングだよ。商人さんが今荷物を降ろしたところだよ」

 太陽のような笑顔を振りまきながらアイネが言った。


「新しい調査員の方ですか。私はここの店主をしてますカシミロと言います」

 アイネの父親はダンディーに挨拶をする。

 ダンディーも挨拶を返す。


 アーロンは、カシミロとダンディーの挨拶に加わらず、アイネに返事を返した。


「今降ろしたばかりなんだね。王都から送られてきた資料はどこなの」

 ちょっとだけぶっきらぼうに話す。

 もう少し早く来ていれば、荷下ろししている間、もう少し長くアイネと話せたな、と思いながら。

 アイネと話せるのは嬉しいが、その気持ちは誰にもバレたくない。

 そのため、つい言葉が乱暴になってしまう。


「もう、仕事の(こと)ばかりなんだから。もう少し同級生と話そうとは思わないの」

 アイネが少しすねたように言葉をつなげる。


 アーロンのハートにあっさり矢が刺さる。

 アーロンだって、もっと話したいのだ。仕事の話だけじゃなく、色々なことを。


「そう言っても、今日は調査員と一緒だからさ」

 ぶっきらぼうに発した言葉をダンディーのせいにする。


「調査員さんこんにちは。私はアーロン君の同級生で、この雑貨屋の娘のアイネです。よろしくお願いします」

 アイネが礼儀正しい挨拶をする。


「丁寧なあいさつありがとう。私はダンディーです。しばらくアーロン君の家でやっかいになります。今日は資料の配布を受けに来ました」


「今度の調査員の方はおっきい方なんですね」

 そう言って、手を上げて自分の身長と比べるアイネ。

 アイネも低くはないが、ダンディーの方が二十センチ以上も高い。


 身長を比べるしぐさが可愛い。

 ダンディーに嫉妬を覚えるアーロンだった。



 四人と商人は、資料の山を目の前にして確認を始めた。

 資料はたっぷりある。それら全てに目を通すのだ。王都からの目録と一致しているか確認するために。



「アーロン、この資料の文字が読めないわ」

「アーロン、これは君が確認してくれ」

「この資料もお願い」

 雑貨屋の父娘と商人は、読めない資料の確認をアーロンに任せる。

 資料に書かれている文字は古かったり、特殊な言語でかかれているものが多い。


「アーロンは、これら全て読めるのか」

「全部って訳じゃないけど、大体読めるよ」

 近くにアイネがいるせいで、少しぶっきらぼうに答えるアーロンだった。


「すごいな。私でさえ読めないものがあるのに」

「うちは墓守(もり)()だから、いろんな調査員が立ち寄った時に知っていることを教わっただけから。別にこのくらい何てことないよ」

 アイネの前で褒められたのが嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、ぶっきらぼうに答えるアーロン。


「アーロンは頭良いから。何でも出来ちゃうのよね」

 アイネも追撃で褒める。


「アーロンのくらい色んな文字が読めたら、商人でも調査員でも何でもできちゃうだろうね。商人になりたくなったら絶対俺のところに来いよ」

 そばにいた小柄でひげ面の商人もアーロンに能力に太鼓判を押す。


「婿に来るのならうちに就職してもいいぞ」

 アイネの父親であるカシミロもアーロンの獲得に動く。


「やだ、お父さん。誰のお婿さんを考えているのよ」

「お前でもいいし、モニカでも良いな。お前はどうなんだ」

 冗談半分でカシミロがアイネにちょっかいを出した。

「うーん、アーロン次第かな」


 アーロンの顔に少し朱が差すが、聞こえているはずの会話を無視する。


「モテモテだな。これじゃ就職先に困らなくて羨ましいな」

 笑いながらダンディーがアーロンを軽く突っつく。


「真面目に仕事してくださいよ」

 怒ったふりをして会話を逸らそうとするアーロンだった。


 アーロンの頭の中は、特殊文字よりもアイネの真意を読み解きたくて仕方なかった。

 どこまで冗談で、どこまでが本気なのか。

 アイネに釣り合う男になるためには、こんな資料確認をさっさと終わらせて、剣術の訓練しなければならない。

 アイネが結婚? の態度を保留しているのも、きっとそのためだろう。

 騎士見習いになれるほど強くならなければ。その想いが強くなるばかりだった。


読んでいただきありがとうございます。

なるべくたくさんの方々に読んで欲しいと思っています。


続きを読んでみたいと思う方は、是非押しの子になって下さい。

一番星をチェックして評価をお願いします。

面白かったという方は多めに、面白くなかったという方はそれなりに。


いいね、ブクマ、感想もよろしくです。


評価がモチベーションになりますし、反省の材料にもなります。


次の作品のためにも、どうかよろしくお願いします。

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