68 騎士団の大会~予選会決勝
ディエゴは愕然とした。
一度目は、負けを知った時。
二度目は、文官ではない騎士団に復帰することが叶わなくなった事実に気が付いた時。
三度目は、負けた理由がナンバーによるものだったことに気が付いた時。
勝ち名乗りを受ける新人を目の前にして、ディエゴは第十騎士団を辞めるか否かだけを考えていた。
男たるもの、華やかな騎士団で活躍したい。
同じ騎士団という名前ではあるものの、文官と現場では大きく違う。
第五騎士団を剣技の実力不足で首になったものの、いつか必ず復帰するために、コツコツと稽古を重ねてきた。
エレナが騎士団に入りたくて頑張っている姿を見ても馬鹿にしなかったのは、自分も華やかな現場に復帰したかったからにほかならない。
最もディエゴは、復帰したいという気持ちを隠しながら剣技の向上に努めていたのだ。
「あれって、ナンバーだよね?」
ノロノロと試合場を出たディエゴに質問する同僚。
「ああ、多分な」
どうでも良い。ディエゴは負けたのだ。
アレは間違いなくナンバーだ。
指示したのは第十騎士団団長。
他の団員がやったことなら、あの一本は無効だ、ということも可能だろうが、主催者自らがやったのだ。
無効になる訳がない。
しかも、無効にしたからといって、あそこから逆転できるのか?
無理だろう。
今思えば、そもそも一本目だってディエゴは動きを完全に読まれていたのだろう。
見え見えの下手くそな打ちをして、受けの形を繰り出させて、更に形の裏をかいて一本取られたのだ。
全剣が指示したナンバーだって、試合会場で反射的に出せたくらいだ。
徹底して体に染み込ませる程に訓練したのだろう。
真っ当に勝負していたら、ディエゴなんて相手にならない技量であることは間違いない。
そもそも、何故そんな奴がここにいるのだ?
何故あの若さでそこまでの技量を持っているのだ?
全剣様は、あいつが剣を使えることを知っていたのか?
知っていなければナンバーを指示することもないだろうが。
そんなこと、今さらどうでも良いことに気が付いた。
ディエゴは、自分に剣の才能がなかったことを自覚させられたことで、夢を諦めることができたのだから。
★★★
「アーロン、決勝で手を抜くことは許さないよ」
試合場を出たアーロンにレオカディオが釘を刺す。
それ以上の無駄話はしない。
「はい……」
全てを見通したようなレオカディオの言葉に、イエス以外の言葉を返すことは出来なかった。
オリビアに付き合うための休みが欲しかっただけなのに。
どこまでバレたのだろうか。
ちょっと手を抜いたことだけがバレたのなら、何とかなるだろう。
フクロウ亭のことは知られているだろうか?
団長ともあろう者が、噂話まで精通しているのか?
貴族の方がフクロウ亭のような食堂に足を運んだことはないだろう。
オリビアとタマラのことは見ても分からないだろう。
試合中の指示は、近衛流剣術正派を知っているとバレたのだろう。
だからって、なぜ試合中に指示をするのだ?
近衛流剣術正派を使えることがバレたとしても、レティシアからスカウトされていることまでは推測できないないだろう。
予選会で優勝しても本大会は欠場できるようだから、レティシアにバレることはないと思うが、一抹の不安は残る。
周囲の先輩たちはアーロンに話しかけようとしていたが、レオカディオが話し掛けたおかげで近づきづらくなり、声を掛ける者はいなかった。
★★★
「決勝戦、アーロン選手対エレナ選手」
試合場に立つ二人。
アーロンは腹を括った。
大した腹でもない。
近衛流剣術正派の技は使わない。
ポルドー流疾風剣を中心に技を組み立てる。
単なる田舎剣術に偽装する。
問い詰められても、とことんとぼけてやる、そう決めただけだ。
その代わり勝つ。
勝ってボーナスを手に入れる。
腹を括って試合会場に立つアーロン。
正対するエレナ。
「試合開始、始め」
審判の合図により、決勝戦が始まった。
エレナはアーロンの試合を見ていなかった。
そもそもアーロンのことは敵になるとは考えてもいなかった。
準決勝では、自分の試合が長引いて見ることができなかった。
後からディエゴが負けたと聞いて、少しほっとしていた。
ディエゴがまぐれにしろ負けてくれたのだ。
これで今年の優勝は決まったも同然だと思っていた。
しかし周囲の雰囲気がおかしい事にも気が付いていた。
ディエゴが落ち込んでいるのも気になっていた。
なぜそこまで落ち込んでいるのだろうか。
ボーナスが貰えなくなったから? 休みが貰えなくなったから?
他の騎士団への異動を希望していなければ、負けたからと言って、大して人生に影響はないはずだ。
ディエゴは第五騎士団から落伍して文官になっただけで、現場に未練はなかったはずだ。
エレナは、同僚とうまくやっていないこともあり、声を掛けてくれる者、つまり準決勝での出来事を教えてくれる者はいなかった。
更に言えば、エレナは誰にもアーロンの試合について質問できる同僚が存在しなかった。
(これで本大会出場はほぼ決まったようなものね)
エレナはアーロンについて何も知らないのに、すでに勝った気になっていた。
アーロンと剣を構える。
普通の相手と違い、アーロンは少し小さい。
見た目も剣技も文官だ、と勝手に思い込んだ。
若い分だけスタミナ負けしない程度に注意すればいいと思っていた。
試合場を取り囲む同僚たち。
その中にはレオカディオもいる。
(珍しい)
普段のレオカディオなら、関係者席で座って観戦しているだけなのだ。
観客席からは若い女性の応援が聞こえる。
黄色い声援がやけに耳に届く。
文官の大会なのに、見知らぬ女性が居ること自体が珍しい。
対戦相手のアーロンのことを考える。
アーロンは優秀過ぎる。
聖書を翻訳して、教えてもいない報告書をまとめる。
数字にも強い。
正直、他の団員よりも優秀さが際立つ。
(小さいころから勉強三昧だったのかな)
どんな環境で学んできたのだろうか。
通訳や翻訳を学ぶには、独学だけでは限界がある。
だから通訳や翻訳ができる人材は、引く手あまただ。
そもそも語学を学べる環境というものに制約がある。
どこの団体に属していたのか?
生まれ育った家がそうなのか?
師匠が誰なのか?
団体には所属していないと本人は言っていた。
アーロンは良家の匂いがしない。
育ちは悪くなさそうだが、明らかに貴族ではない。
師匠について尋ねると、色々な名前が出てきたが、語学関連に疎いエレナの知らない人物ばかりだった。
翻訳担当が不在なので、どういう系列で学んできたのかは分からない。
そもそもアーロンに興味がないので、細かく聞いていない。
しかしこの若さで実務に十分通用する程の能力を持っている。
教えてもいない報告書を作ってくる。
どこかで報告書に触れる機会がないと作れないだろう。
そんな人材が、職にあぶれてフラフラしていること自体有り得ないことだ。
何か訳があるのだろう。
そんなことはどうでも良い。
アーロンをスカウトしてきたのは団長。
何があっても責任は団長だ。
そもそもこの予選会、そして本大会が終われば、第十騎士団を抜けられるのだ。
いや、自力で抜けるのだ。
つまりアーロンは、どう考えてもバリバリの文系である。
これだけの能力をこの若さで身に付けられた者が、剣術まで修めていることは有り得ない。
そんなアーロンが文官の大会とはいえ、決勝まで残ったことは称賛に価すると思った。
(デイエゴさんが負けたのは、練習していなかったから? スタミナで押し切られた? それとも私と試合して負けるのが嫌で手を抜いた?)
アーロンが強いという可能性を頭から否定するエレナ。
エレナはようやくディエゴを超えたと思っていた。
アーロンに向かって剣を構えるエレナ。
呼吸を整える。
隙を探す。
アーロンに打ちかかる。
「やあ!」
エレナの打突をアーロンは受け止め、そして剣で返す。
数度の剣撃を繰り返し、一旦距離を置く。
(決勝まで来ただけはあるわね)
エレナは思った。
普通の文官なら一本取れないまでも、もう少し体勢を崩す。
この一瞬だけなら一応試合になっている、とエレナは評価した。
「こらっ、本気出せ!」
レオカディオの怒鳴り声が聞こえる。
(?)
エレナはレオカディオの言葉の意味が分からない。
レオカディオが怒っているところなんて見たことがない。
ましてや怒鳴り声なんて聞いたことがない。
この怒鳴り声が誰に向けられているのか。
(アーロン?)
自分でないことは確かだ。
エレナは本気で戦っている。
レオカディオの視線は真っ直ぐにアーロンを捉えている。
(えっ、なに?)
理解できない。
簡単に推測するとアーロンは手を抜いているってこと?
そんな訳はない。
文系だと思っていたアーロンが手を抜いているの?
レオカディオだけじゃない。
観戦者の視線は全てアーロンに注がれている。
エレナの剣が少しだけ上がった。
「一本!」
審判が声を上げる。
続いてエレナの腕に衝撃が走った。
(取られた?)
遅れて一本取られたことに気が付くエレナ。
アーロンが少しだけ間合いを詰めたかと思うと、気が付かないうちに腕を打たれていたのだ。
腕が少し上がったのは、アーロンの剣の動きを避けようと身体が勝手に動いたのだろう。
(ポルドー流疾風剣?)
技から流派を特定する。
「真面目にやれ!」
レオカディオが怒っている。
観戦者もざわついている。
どう考えてもアーロンが原因だ。
対戦相手であるエレナだけが蚊帳の外だ。
(何がどうなっているの?)
エレナは周囲の状況が分からない。
何故レオカディオが怒っているのか。
何故観戦者がざわついているのか。
その中で、若い女性だけが普通に喜んでいる。
一本取ったアーロンが何故怒られているのか。
レオカディオが応援しているのはアーロンだろう。
それなのに何故一本先取したアーロンを怒鳴っているのだろうか。
「二本目始め!」
そんなエレナの疑問を解決する間もなく、審判が試合を再開した。
一本先取されてしまった以上、勝つには二本取らなければならない。
躊躇していれば時間だけが過ぎてゆく。
攻めるしかないが、返し技を取られるのが怖い。
アーロンに剣を向け、観察する。
どう攻めれば良いのか。
アーロンはどう攻撃してくるのだろうか。
「本気出せ!」
レオカディオの怒鳴り声が聞こえる。
エレナから一本先取したアーロンのどこに手加減があるのだろうか。
文官であるアーロンに対して掛ける言葉なのだろうか。
アーロンからは攻めてくるような様子は見受けられない。
エレナの攻撃を待っているのか。
アーロンのアクションを待っている余裕はない。
文官如きの大会で躓く(つまずく)のは昨年までのことだ。
自分から攻めて勝つ。
シンプルに。
エレナは覚悟を決めると自分から攻めていった。
「やあ!」
鋭い剣撃を繰り出し攻め込む。
アーロンに剣を受け止められるが力押しで攻める。
ドン!
エレナは体当たりでアーロンを押し倒す。
剣を手放しそうな勢いでアーロンは床に倒れる。
かろうじて剣を握ったままのアーロン。
倒れたアーロンに向かってエレナは剣を振り下ろす。
(決まった!)
横に回転しながら間一髪でエレナの剣を避けたアーロンは、回転した勢いで片膝を着いた体勢になると、エレナの胴を横に薙いだ。
「一本、それまで」
審判の無慈悲な宣告がエレナの耳に届く。
取った! と思った瞬間に、一瞬の隙を突かれた。
(負けた)
自分は弱かったのだろうか。
それとも運に見放されたのだろうか。
少なくとも後者であることだけは間違いないとエレナは思った。
休日が半日潰れました。
半日だけで済みました。最高です。
半日潰れた後、昼酒しながらパソコンに向かっていたら、職場からトラブルを告げる電話がありました。
これ以上何をしろと言うのでしょうか。
好きなことだけをして生きていけたら最高だと思います。




