64 噂話
今、騎士団では二つの噂話が広まっている。
一つ目は、食堂の看板娘のハートを打ち抜いた謎の騎士団員。
曰く、第八騎士団らしいのにイケメンであった。
曰く、大柄で筋肉質な剣士であった。
曰く、阿修羅剣を実戦レベルで使いこなせる技量を持っている。
曰く、十八歳以下であるらしい。
二つ目は、暴風剣姫がスカウトした剣士。
曰く、攻めの形五番だけで地方大会を制した。
曰く、暴風剣姫が初めてスカウトした、つまり初めて暴風剣姫が認めた剣士。
曰く、暴風剣姫がスカウトの段階で複数のギルドとトラブルになったが、逆に大金をせしめてきた。
曰く、何らかのアクシデントに遭い、入団できずにいる。
★★★
「あーあ、全剣の野郎。面白くない。ユダの少年はどこに行ったのだ」
「さあどこでしょうね。私も知りたいですよ」
「全剣の野郎、本当にムカつくな」
「仕方ないですよ。あれほどレティシア様が吹いたのですから」
「私は事実を述べただけだ。何も誇張なんてしていない」
「今までスカウトなんてしたことのないレティシア様が、あれほど褒めれば誰だって期待するでしょ。その期待の裏返しですよ」
丁寧に諭すティシム。
「いやあ、それでも面白くない。あの少年を見つけただけでも偉いと思わないか。あんな田舎に行かなきゃダンディーの教え子を見つけられなかったんだぞ」
「偉いですね。レティシア様は偉いですね。それでも騎士団に入れる、と言う結果を残さなければ誰も褒めてくれませんよ」
冷たく突き放す。
「だから探すのを手伝えって言ったんだよ。あいつは暇になったくせに」
「暇になったと言っても、ちょっとだけに決まっているじゃないですか。しかもその人材は全剣様自らスカウトしてきたって言っていたじゃないですか。全剣様のように掘り出し物を見つけたらそのまま騎士団に連れてくるくらいの押しの強さがないと」
「お前はどっちの味方だ。大会で見つけたからってそのまま騎士団に連れてきたら、それこそ犯罪だぞ。騎士団長が誘拐してきたって言われたらどうする」
「運が悪かったんですね。全剣様がスカウトしてきた人材は掘り出し物で、あの忙しいが口癖の全剣様が、レティシア様に嫌味を言いに来られる程度には仕事が楽になったっていうのに。レティシア様がスカウトしてきた掘り出し物は行方不明になってしまうし。それでも他の騎士団に盗られていないだけマシだと思わなければ」
慰めなのか馬鹿にしているのかティシムも訳の分からないことを言い始めてきた。
「居場所さえはっきりしていればどこに居ようと連れて来る。居場所がつかめないから困っているんだ。本当にどこに行ったのか」
「そうですね。行方不明になる理由なんて無いはずなのに」
レティシアもティシムも、アーロンの心境なんて知らない。
恋する女性に振られて故郷を飛び出したなんてことは誰も知らない。
★★★
アーロンは一つの噂にびくびくしていた。
自分が特定されるのではないかと。
昼食は職場に持参しているが、容器などは宿から借りている。
タマラが持ってくるお昼御飯の外観が少しばかりマズイ。
明らかに女性が選んだであろう弁当包みに昼食を包んで来るのだ。
これでは明らかに詮索される。
昨日今日入団したばかりの男が、女性が作ったであろう昼食を持ってくるのだ。
特定されずとも、第十騎士団のいい噂話になるのは目に見えている。
それくらいの危険性はアーロンも十分分かる。
だから宿から容器を借りて偽装しているのだ。
いずれ給料が出るまでの辛抱。
美味しい料理をツケで食べられるのはありがたい。
しかも出前で食べられる。
店に行かなくても美味しい料理が食べられる。
それでも給料が出てツケを払ったら、フクロウ亭とは徐々に距離を置こう。
失恋して王都に来たばかりなのに。タマラの距離感が苦手だ。
距離が近すぎる。
万が一、エベラルドに勘違いでもされた日には、毒を盛られてもおかしくない。
毒の前に麺棒で半殺しにされそうでもあるが。
オリビアには非常に感謝している。
オリビアに出会わなければ、食べるものに事欠いていただろう。
この間の強引なナンパを助けた程度では恩を返せていないと思っている。
給料が出たら、なにか欲しいものを買って渡したいと思う。
何が欲しいのか全く分からないが。
こっそりとバシリアにでも聞けば、教えてくれるだろうか。
バシリアには帳簿で当てにされているようだ。
大して難しいものでもないのだから、オリビアかタマラにでも仕込んでしまえば、アーロンは用無しになるだろう。
ただ、二人ともやる気はゼロだ。
故郷に残してきた妹を思い出す。
ダフネはどうしているだろうか。
ダフネも勉強を教えようとしてもやる気はなかった。
今頃は村のお姉さんたちからおやつでも貰って楽しく過ごしていることだろう。
アーロンが失踪していることはしばらくバレないだろうから。
もしアーロンの失踪がバレたら悲しむだろう。
今の生活が落ち着いたら、居場所がバレない程度に手紙を出そう。
無事なことさえ確認できれば安心するだろう。
まあ、カブロンギルドの二人をやっつけたことで、何か噂になっているようだが、自分とは程遠い人物像になっているようだ。
大柄で筋肉質?
第八騎士団?
イケメン?
全て程遠い。
やはり噂は噂だ。
真実とは程遠い。
きっとやられた奴が吹いたのだろう。
童顔の小柄な男にやられたと言えずに、相手を盛ったのだろう。
それ程までにアーロンは見た目で舐められるのだ、ということを犇々(ひしひし)と思い知らされた。
悔しい。
バレないことは嬉しいが、自分よりも弱い奴に舐められている。
自分の努力が相手には見えていない。
見た目が全てなのか。
こんな見た目の奴にやられたということが恥なのか。
悔しい。
村でもアイネが選んだのはダニエル。
アーロンよりも背が高く体格も良い。家柄も良い。
村で一番の物件だ。そんなことはアーロンも知っている。
しかし、アーロンはダニエルよりも劣るのか?
生まれた家、生まれ持った身体能力。
アーロンの努力はそれに負けるのか。
勉強は頑張った。間違いなく村で一番だろう。
剣も頑張った。
自分に剣の才能がないのは分かっていた。
それでも諦めずに頑張って村で一番のダニエルの剣を超えた。
いくら努力しても生まれ持った者には勝てないのか。
悔しい。
どれほど努力しても勝てないのだ。
勝負に勝っても相手がそれを認めない。
アーロンに負けたことを恥と思うほどに。
誰も認めないのだ。
アーロンの努力を。
これでは噂になってもアーロンを特定できないだろう。
しかし、噂を聞いたアーロンは心の傷を少し抉られていた。
芥川賞作家の高瀬隼子さんのように、きちんと会社勤めをしながら書ける人が羨ましい。
尊敬します。
仕事をしながら書く時間を確保する方法を教わりたいです。




