6 受け身
前話まではどうでしたか?
次も読みたい、と思うような内容でしたでしょうか。
切りの良いところまでは書いておりますが、なるべく面白くしたいと思っておりますので、アドバイス等あれば教えてください。
「じゃあ、今日は受け身からやって貰おうか」
ダンディーは廟に到着すると、疲れも見せずに指示をした。
家からユダの墓まで走ってきたのだ。しかも、ほぼ全速力で。
当然の如くアーロンは汗だくで、息が上がっている。
「受け身? 」
はぁはぁしながらダンディーの指示に疑問を返すアーロン。
「そうだ。受け身だ。もしかして受け身を知らないとか」
ダンディーが不安で疑問形になっている。
「受け身は知っていますが、特に練習したことはありません」
「そこからか」
落胆するダンディー。
「まずしゃがんでみろ。後ろに転ぶときに頭を打たないように気を付けろよ」
ダンディーがしゃがんだアーロンを後ろに押す。
「痛っ! 」
後頭部を押さえるアーロン。
昨日作ったこぶが石畳に触れたのだった。
「だから、頭を打つなよ、と言ったんだ。ほら、もう一回」
しゃがみ直したアーロンを再度押す。
今度は頭をぶつけることなく済んだアーロン。
「体が硬いな。頭を打たないことに気持ちが行き過ぎている。ほらもう一回」
何度も何度も石畳の上を転がされるアーロン。
「じゃあ今度は後ろから前に倒すから。手はハの字にして顔面をぶつけないように」
いわれた通りにするアーロン。
ダンディーに押されるがまま前方に倒れる。
手のひらを石畳に当てて、体を守る。
「そうじゃない。手のひらだけを使うと手首を怪我する。指の先から肘までを地面につけるんだ。そして肘と肩のクッションを使って衝撃を吸収するんだ」
言っていることは理解できるが、前に倒されると咄嗟に手のひらを突いてしまう。
何度もダメ出しを食らいながら何とか形にする。
アーロンは、こんなことの何が剣術に役立つのだろう、と疑問に思う。
「はい、すぐに起き上がる。はい、きちんと顎を引く。はい、手のひらだけで受け身を取らない」
次々と指示が出る。
起き上がると、前後左右、ランダムに倒される。
手が痛い、息が苦しい。
剣を握っていないのに疲れてくる。これも訓練のうちだろうか。
こんなことでダニエルに勝てるのだろうか。
一週間で勝てる、と言ったが、そんなにダニエルは弱いのだろうか。
アーロンに適性があると言っていたが、本当だろうか。
適正っていったい何なんだろう。
ダニエルに勝てるのなら、このくらい何てことないのだが。
明日はアイネの雑貨屋に行くのだ。
アイネの雑貨屋に行ったら何を話そう。
優勝宣言?
それはない。
もしダンディーを信じて、優勝宣言しても、負けたら,赤っ恥だ。
一生立ち直れない。
「はいっ、集中力が切れてるぞ」
そんな言葉と一緒にフェイントを掛けられ、前に倒されると予想していたアーロンは真後ろに倒された。
「痛っ」
「気を抜くとまだ受け身が取れなくなるようだな。受け身は無意識に取れるようにならないとダメだ。とりあえず今日の受け身は終了だ」
後頭部の痛みを抱えながらアーロンはノロノロと立ち上がる。
「次は足法をしながらの素振りだ。注意点は一つ。美しく打て」
非常に抽象的な指示で素振りが始まる。
「同じリズムで打つ。歩幅を一定に保つ」
「剣先はいつも同じところにする」
(何が注意点は一つなんだよ。)
心の中で悪態を吐く。
「それじゃ、私は書庫で調査しているから、声を掛けるまではしっかり足法を固めておくように」
ダンディーはそう言って、書庫に入っていった。
芋虫のように転がされるよりはマシだが、こんな放置プレイのような指導法ってあるのだろうか。
村の週に一回の訓練だって、時間を無駄にしないように、すぐ地稽古が始まる。
途中少しの休憩を挟んで、しっかりと最後まで地稽古を行う。
クタクタになるし、打たれたところは痛いが、しっかりと訓練になっているし、上達している感じがある。
足法なんて初心者の練習を丁寧にやっても、短期的に上達する訳がない。
ましてや受け身なんて、素手の格闘術以外では使わないだろう。
こんなことをやらされて、本当に優勝できるのだろうか。
ダニエルだけじゃない。
強い奴は他にもいる。
そいつらにすら勝てる気がしなくなったアーロン。
ダンディーは強いだろうが、指導者としてはどうなんだろう。
どういう練習をして強くなってきたんだろう。
足法を行いながら素振りをする。
頭の中は、ダンディーへの疑問と不信が渦巻いている。
一歩前へ進んでは木刀を振る。
一歩後ろに下がっては木剣を振る。
一歩右に移動しては木剣を振る。
一振り一振り、言われた通り真面目に振る。
美しく見えるように、何度も何度も木剣の振りと足法を微調整しながら。
汗が流れる。
ダンディーの足法を頭に思い描きながら動く。木剣を振る。
日差しが髪の毛を焼く。髪の毛の匂いがする。
汗が流れる。
「アーロン、ちょっと来てくれ。皇歴前ムルシアにいた時に残した資料はどこにある」
ようやく思い通りに滑らかに動けるようになったころ、ダンディーから声が掛かった。
アーロンは、足法を使いながら書庫に進む。
さっきまで滑らかだと思っていたが、今はぎこちなく動いている感じになる。
その資料なら、書庫じゃなく倉庫の方にあるはずだ、と思いながら、ぎこちない動きで進むアーロンだった。
★★★
「午後の稽古は、地稽古をするけど、地稽古の中できちんと受け身を取れるかだけを考えてくれ」
ダンディーはそう言って、地稽古を始めた。
地稽古なのに、することは受け身?
意味が分からない。
(とりあえず、普通に打ち込んでいい、ということなんだな)
打ち込みに行って、いきなり弾き飛ばされて気を失ったことが頭をよぎった。
アーロンは、昨日の失敗を繰り返さないように注意した。
手に持った地稽古用の木剣、正確にはゴムの樹液で加工した剣だ。
思いっきり叩かない限り、防具を着けていなくても大きな怪我はしない。
更にアーロンだけは防具を着ける。
これで多少打たれても大丈夫なはずだ。
「ヤーッ!」
ダンディーを襲ったアーロンの木剣は軽くかわされ、アーロンの目には雲一つない青空が映った。
「痛っ!」
アーロンは後頭部に痛みを感じた。
ただ、後頭部は、石畳に叩きつけられることはなかった。
頭と石畳の間に、ダンディーの足が差し込まれていた。
「受け身を取れ。次は助けないぞ」
ダンディーが青空を遮りながら言った。
「そして、倒れたらすぐに立て」
そう言って、倒されたまま寝ころんでいるアーロンの腹を軽く打つ。
防具の上から叩かれているので、実際に痛みはないのだが、敗北感が大きい。
転んだのは、打ち込んだ際に足払いを喰らったのだろう。
倒れてから、足払いされたことに気が付くなんて。
更に『受け身』と言われていたにも関わらず、受け身を取り損ねた。
立ち上がったアーロンは、ダンディーに向かって木剣を構えようとするが、構える前に体当たりを食らう。
「遅い。立ったらすぐ構える。相手から目を離さない」
体当たりを食らったアーロンは、今度こそ受け身を取りながらダンディーの言葉を聞く。
そしてダンディーを見ながら、木剣で打たれないように、用心して立つ。
肺が苦しい。
体当たりの衝撃と石畳に叩きつけられた衝撃がダブルで肺を攻撃したのだ。
(強い。この強さは何だ。村で一番のロベルトさんだって、こんなに強いとは思えない。何でこんな人が調査員をやって、しかも剣術ランクを持っていないんだ)
「そうそう、きちんと相手を見ながら立つ。試合では待てが掛かるかもしれないけど、実戦じゃそうはいかない」
(いや、こっちは試合で勝ちたいだけで、実戦は必要ないんだが)
突っ込みを入れたいが、そんな余裕はない。
「相手から目を離さないのは観察の基本だ。相手をきちんと観察して、自分の実力を知っていれば負けることはない」
当たり前のことを偉そうに言う。
相手のことを知るためにはきちんと観察しなければならないことなんて、誰でも知っている。
相手を知ったうえで、自分の長所を出して短所を見せないように戦えば勝てるに決まっているだろう。
そんな誰でも知っていることを講釈垂れて偉そうに言っている嫌な奴。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
ダンディーの動きが見えない。
簡単に防具を着けているところを打たれる。
逃げようとしたところに、足払いが来る。
青空が一瞬見える。しかし受け身を取ってすぐに立ちダンディーの攻撃に備える。
呼吸が安定しない。
汗が目に入る。
木剣をダンディーにぶん投げたくなる。
投げたとしても、軽くかわされる未来しか見えない。
ダンディーは、あえて足法を見えるような動きをし始めた。
動きが単調で、簡単そうに動いているように見える。
(これで少しは着いて行けるか)
そう思ったのもつかの間、ダンディーの足法に着いていけない。
軽くダンディーの打ち込みが防具に入る。軽いはずの打撃がなぜか重く感じる。
連打を避けようとすると足払いが来る。
時間にすると、たった十分くらいだろうか。
アーロンは立てなくなってしまった。
防具が重い。
防具を外せばもう少し長く立てるかもしれない。
しかし、今は立てない。
「今はこんなものですか。じゃあ二時間は休憩ですね。午後はあと一回しかできませんね」
ダンディーの言葉にアーロンははっとした。
(地稽古がたった十分。二時間後も十分だけなら、今日の稽古は実質に二十分だけか。これじゃ強くなれない。明日はアイネの雑貨屋に行く日だ。一日訓練できない。それじゃダニエルどころか他の奴らにも勝てない)
「ダンディーさん、もう少し訓練続けて貰えませんか」
「約束は約束だ。その気持ちがあるのなら、十秒以内に立つことだ。最も戦場じゃ、十秒も寝ていたら十回は殺されているだろうけど」
(だから試合に勝ちたいんだってば)
突っ込みたい気持ちはやまやまだが、ロベルトさんより強い人から教えて貰えるチャンスを棒に振りたくない。
二時間休憩したら死んでも喰らい付くことを心に決めて、ダンディーの調査に付き合うことにした。
★★★
「母さん、夕飯要らない」
アーロンは家に帰るなり、なんとか母のベリダに伝えた。
稽古がきつすぎて、何も食べたくないのだ。
激しい地稽古は、午後に二回、合わせてたった二十分しかしていないのに。
「あら、どうしたの」
ベリダが心配して尋ねるが、答える気力もない。
「ちょっと寝る」
そう言って、寝室に向かおうとしたところ、妹のダフネが
「お兄ちゃん、におう。臭いと女の子に嫌われるよ」
と嫌味を言われたことから、仕方なく風呂に入ることにした。
カラスの行水で汗を流したアーロンは、寝室に向かおうとしたところで、ダンディーに捕まり、無理やり夕飯を食べさせられた。
ダフネが面白そうに見ていることにも気が付かないほど、夕飯を詰め込むことに一生懸命なアーロンだった。
読んでいただきありがとうございます。
なるべくたくさんの方々に読んで欲しいと思っています。
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