58 聖書
アーロンは約束通り、昼休みに水を奢った。
情報料だ。
村に来る商人からは、情報が一番重要だと教わっている。
逆にタダより高い物はないとも。
明日は受付嬢にきちんと仕事をしてもらおう。
アーロンは明日のことを考えながら瓦礫を運んでいた。
「おーい、誰か手伝ってくれ」
近くで作業をしていたおじさんに声を掛けられる。
「どうしたんですか」
「金庫があった。責任者を呼んでくれ」
責任者と手配師が揃ってから金庫が開けられた。
金庫は、大人なら一人でも運べそうなくらいの大きさだ。
「そのつるはしでこいつを開けろ」
責任者がアーロンに指示をした。
アーロンは丁寧につるはしを振るう。
コツコツコツコツ。
開けた金庫を開くと、本が数冊入っていた。
「なんだこの本は? 」
中から出てきた本を手に取る責任者と手配師。
「俺は読めねえぞ」
二人とも文字が読めないようだ。
「これ、聖書のようですよ」
アーロンが脇から本を見て言った。
アーロンにしてみれば、いつも見ていた資料だ。
ただ、ユダのものではないが。
「お前読めるのか? 」
責任者はアーロンに聖書を渡す。
「はい。これはヨハネのものですね」
パラパラと中を見てアーロンは言った。
「ランクとしてはC級くらいでしょうか」
「面倒臭いけど、仕方ないから届けるか」
責任者は本当に面倒臭そうに言った。
「知らない振りして捨てておけば良かったんだよ」
責任者は小さい声で毒づいた。
★★★
「当斡旋所では、登録する方を吟味しているだけです」
「いや、本当はすぐに登録しなければ違反じゃないんですか」
「誰でも登録させる訳にはいきません。委託先に迷惑を掛けるような方を登録して派遣する訳にはいきませんので」
アーロンは朝から受付嬢と口論していた。
「登録していない人を派遣して、派遣先から受け取った仲介料はどういう扱いで収支決算しているんですか」
「こちらの収支決算は外部、しかも個人には公開しておりません。知ったかぶりで話をそらさないでください」
「公開していないっていうことは、懐に入れても外部には分からないってことですよね」
「言いがかりはやめてください。こちらは適正に管理しているだけですので」
「適正かどうか、俺が分からないじゃないですか」
「別にあなたが知る必要のないことですし、公開してもあなたには理解できないものじゃないですか。そんな言いがかりをつける人はこちらで仕事を斡旋することができなくなりますが、それでも良いのですか」
(ぐぬぬ)
アーロンは勢いで受付嬢と喧嘩したことを後悔していた。
このまま頭を下げるのは面白くない。
しかしこのままだと仕事を斡旋して貰えなくなる。
絶対にピンハネしている、この女。
このまま頭を下げて仕事を貰うか、別の斡旋所を探すか、自力で仕事を見つけるか。
「もし仕事を紹介して欲しいのであれば、こちらの用紙に必要事項を記載して下さい。昨日までは何もトラブルがなかったようですので。今日は別ですが」
受付嬢が俺の目の前で用紙をひらひらと振る。
悔しい。
しかし背に腹は代えられない。
家を出たのだ。
全て捨てて生きていこうと思っているのだ。
半分死んでいるような状態だが。
この屈辱を甘んじて受け入れるか。
アーロンが現実に負けて用紙を受け取ろうとしたその時、男が一人入ってきた。
「いらっしゃいませー」
受付嬢たちが声を揃えて迎える。
当然、アーロンと話していた受付嬢はアーロンを放置した。
「ああ、至急頼みたいことがあって来た。昨日瓦礫運びの仕事をしていたアーロンという男を派遣して欲しい」
男が突然アーロンを指名してきた。
「えっ、アーロン、ですか? 」
受付嬢が戸惑う。
そんな男を派遣していた記憶もなければ記録もない。
「そうだ。彼に至急翻訳を頼みたい」
男が会話を続ける。
アーロンと言う男は、今まで登録はない。
派遣している者たちはきちんと管理している。
目の前の気に喰わない男を除いては。
アーロンの対応をしていた受付嬢がアーロンに尋ねる。
「あなたがアーロンなの? 」
「アーロンは私ですが」
アーロンは腹立だしくと思いながら答える。
「これにちゃっちゃと書いちゃってよ」
受付嬢が用紙に記載を求める。
「でも俺って派遣先とトラブル起こしそうな奴なんですよね」
アーロンは今まで上から目線で搾取していたであろう受付嬢に嫌味を言う。
「そんなこと言ってないでしょ。用紙だって渡していたでしょ」
受付嬢が反論する。
「とりあえず、トラブル起こす前に帰りますよ」
アーロンは最大限の嫌味を言った。
今のやり取りを見て、この斡旋所が信用できないことを感じたのだ。
「んっ? 君か? アレを読んだのは」
男がアーロンと受付嬢の会話に気が付いた男に声を掛けられるアーロン。
「ヨハネの聖書ですか? 」
「そうそう、君だったか。早速うちに来てアレを翻訳してくれ。急いでいるんだ」
「済みませんが、私はこの職業斡旋所に登録されておりませんので、残念ですが派遣されることは出来ませんね」
受付嬢をチラ見しながらアーロンは答える。
「今ちょうど登録するところだったんですよ。この用紙に早く記載して下さい。お客様」
「私のことをトラブルメーカー扱いするような事務所には登録できかねます」
丁重に断りを入れて辞去しようとするアーロン。
「ちょっと待ってよ」
慌てる受付嬢。
「何が起こっているか分からないが、君が翻訳できるのなら、うちで雇おう」
「私はこことは私は関係ありませんので、この職業斡旋所を通さずに雇用して下さるのなら、雇われることに文句はありませんが」
アーロンは言ってやった。
本音を言えば、喉から手が出るほど仕事が欲しい。
しかし、この受付嬢に負けるのは癪に障る。
「いいのか? 直接雇用しても? 」
男が受付嬢に尋ねる。
受付嬢が返事に困って同僚に目で助けを求める。
「人柄は信用できませんし、当然当事務所でも保証はできません。それでも宜しければ、ここを挟まずに雇っても結構です」
別の受付嬢が、アーロンをディスりながら答える。
「この際、人柄とかは関係ない。君は本当にうちに来て翻訳する気があるか? 」
「きちんと給料を貰えるなら」
アーロンは一番大切なことを要求する。
「分かった。人柄とかどうでも良い。きちんと翻訳できるのならうちで雇おう。それで君はOKだな」
「はい」
やってやった、という顔で受付嬢を見るアーロン。
受付嬢は無表情を貫く。
「早速、翻訳してくれ。今、うちの翻訳できる奴が出張中で喉から手が出るほど翻訳できる奴が必要なんだ」
男はそう言って、アーロンの腕をつかんだ。




