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55 村を潰す


 どうやって家に戻ったのか記憶が定かではない。

 帰路はほぼ一本道。

 迷うようなところなどありはしない。

 しかし、今のアーロンには家に到着しただけで奇跡のようなものだった。


 ただいま、の挨拶もせずに家に入る。

「キャー! 」

 いきなり兄が家の中に現れてびっくりしたダフネが驚いて声を上げる。


 ダフネの声で少し自分を取り戻したアーロン。


「ただいま」

 今さらながら帰宅の挨拶をする。


「ちょっと、びっくりさせないでよ」

 ダフネが心と裏腹な言葉を口にする。


「ああ、ごめん。今帰ったよ」

 アーロンは家に来て初めて口を開く。


「……」

 ダフネは察する。

 兄は負けて帰ってきたのだと。


「お母さん、お兄ちゃん帰ってきたよ」

 母にアーロンの帰宅を伝える。

 早く知らせないと、夕飯の準備もままならないはずだし。


「ああ、母さんただいま。これ、優勝した賞状とか。夕飯まで少し練習してくる」

 アーロンはぶっきらぼうに言うことで言葉を少なくしていた。




★★★



 ダンディーに課せられていて終わっていなかった稽古をするアーロン。

 立木打ちをする。

 何かしていないとおかしくなりそうだ。


 黙々と立ち木に木剣を振るう。


 なぜアイネはダニエルと結婚するのか。

 なぜ自分と結婚しないのか。

 自分はアイネに好かれていなかったのか。

 いつから好かれていなかったのだろう。

 いつからダニエルと付き合っていたのだろう。

 政略結婚だろうか。何が利益につながるのだろう。


 考え事をしながら、それでも身体は正確に立ち木を打つ。

 とめどなく負の感情や、訳の分からない考えが溢れ出てくる。



 この世から消えてしまいたい。

 この村ごと消えてしまいたい。

 この村を潰したらこのモヤモヤは消えるのだろうか。


 何人くらいまでなら剣を振っていられるのだろうか。

 村の中で今の俺より強い人は何人くらいいるのだろう。

 何人までならまとめて相手をできるのだろう。


 剣を振る相手にアイネは入るのか?

 いや、入らない。


 剣を振ったらダフネや父母はどうなるのだろうか?

 村八分以上の扱いを受けるだろう。


 何もできる訳ないじゃないか。

 村を潰したいと思っていても、何もできない口だけの男じゃないか。


 小さいころから好きだったアイネをダニエルに奪われた。

 ダニエルが俺に勝っている所は何だ。

 家、金、家族?

 身長? 顔?

 少なくとも俺との未来よりもダニエルとの未来を選んだ。

 ダニエルとの未来の方が幸せになれると思って選んだのだろう。

 俺にはダニエルよりもアイネを幸せにする能力が劣っていると思われていたのだ。



 分からない。

 アイネが何を考えていたのか分からない。

 約束を果たしたのに。


 アーロンの体力が尽きかけ、頭も回らなくなってきたころ、ダンディー最後の課題が終わった。



★★★



 夕飯の時間が苦痛だった。

 肉ばかり出た訳じゃない。


 ダフネはもちろん、父や母までが州大会のことを聞きたがったのだ。


 アーロンは、村の大会で優勝した時の方が何倍も嬉しかった。

 アイネの事を抜きにしても。


 何がそんなに楽しいのだろう。

 こっちは全く楽しくないのに。

 しかし、その心を悟られたくない。

 アイネを好きなことは誰も知らない。


 アイネが結納したことを知っているのは、部外者の中では俺だけだろう。


 そんなことも話したくない。

 しかし、話をしていると何かの拍子に言ってしまいそうで怖い。

 噂好きのダフネなんて、俺の大会以上に興味を持って聞いてくるだろう。

 結納した、ことしか知らないのに。



「お兄ちゃん、本当に暴風(ストーム)(プリン)(セス)から直々にスカウトされたの? 凄いじゃん」

 ダフネが暴風(ストーム)(プリン)(セス)に興味津々だ。


 そもそも、俺以外の家族は全員暴風(ストーム)(プリン)(セス)のことを知っていた。

 単に俺は興味がなかっただけなんだろう。


 あの怖い女の人がそんなに有名だったとは知らなかった。

 美人だとは思っていたし、立場のある人だから多少知られた人だとは思っていたのだが、そこまでの有名人だとは思ってもいなかった。


 しかし、今となってはどうでも良い。

 もう騎士団には全く興味がない。

 アイネが他人と結婚する今、騎士団は俺にとって何の意味も持たない存在だ。


 しかし、自分が消えるには都合の良い存在でもある。


 俺は口から出まかせを言う。

 ペラペラとよくもまあ嘘がこんなに簡単に出てくるものだ。

 実の家族に対して。


「次の全国大会まで、その暴風(ストーム)(プリン)(セス)自らが稽古をつけてくれるんだって。全国大会では騎士団の名に懸けて優勝しないと駄目らしい」

「へえ、お兄ちゃんが全国大会で優勝? 信じられないけどあの暴風(ストーム)(プリン)(セス)がそう言うのならできるかもね」

「だから、少しでも早く騎士団に来て欲しいって言われてるんだよ」


 全てが嘘ではない。

 早く騎士団に来て練習に合流しろとは言われたし支度金も貰った。


「だから明日のうちに王都に出発しなくちゃならないんだ」

 俺はとっておきの嘘を繰り出した。


 この村に居たくない。

 この村を飛び出したい。

 誰も知らない土地で、一人朽ち果てたい。


 そのためには暴風(ストーム)(プリン)(セス)の名前だろうと騎士団だろうと、騎士団への支度金だろうと使えるものは使わせてもらう。


 このまま村にいたんじゃ、いつか犯罪を犯しそうだ。

 村を潰したい。

 村を潰す能力すら俺にはない。

 家族を犯罪者の家族にするだけの能力しかない。

 家族を不幸にする能力しかないのだ。

 この村に居れば。


 家族の迷惑になることだけは避けたい。

 少なくとも俺は家族を愛している。



 俺のとっておきの嘘に翻弄された家族は、素直に俺を王都に送り出してくれた。


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