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54 人生の終わり


 アーロンは、濃過ぎた数日間を何度も反芻していた。

 そして州都ムルシアから馬車を乗り継ぎ、オレイロス村に戻ってきた。


 行きの馬車の中でダンディーと話したこと。

 到着してからの訓練。

 第八騎士団団長のレティシアとの出会い。

 そして特訓。

 州大会での優勝。

 レティシアの公開試合。


 忘れていけないのは騎士団にスカウトされたこと。


 一人旅の最中、何度も思い出しながらにやけていた。



 村が見えてきた。

 急いで村に帰りたい。

 走ればすぐに着くが走りたくない。

 村は逃げない。


 結果は出してきた。

 焦って帰るのは格好悪い。

 自分のしたいことが分かっている。

 アイネに報告したいだけだ。


 しかしその前に、村長へ報告しなければならない。

 少し面倒くさい。


 村長に報告したら、家に帰る前にアイネに会う。


 楽しみだ。

 アイネの反応が。



★★★



「ちょっと待っていなさい。今日は村長は用事があって忙しいのです」


 帰村した足で、村長宅兼村役場まで直行して報告に行ったところ、少し待たされることになった。


 普段は暇な村なのに、今日は何の用事なのだろう。

 村の中で何か起こったと言う訳ではないらしい。

 村はいつも通り平穏に見える。


 ゆっくり待つことにしたアーロン。

 考えていることは、アイネのことと、スカウトを受けるか否か。

 まあ、アイネが行かないで、と言ったら当然行かない。

 そう言うだろう、と思いながら。


 そもそもアーロンは騎士団に興味はないのだ。

 昔アイネがそう言ったから、騎士団を目指していただけだ。


 いつかはユダの墓守を継ぐ。

 アイネの実家も手伝う。

 そのためには村を離れることは出来ない。

 そのために勉強してきた。

 色々な言葉と計算について。


 アーロンが村に残るのは当たり前の話だ。

 アイネも村に残って欲しいと言うだろう。


 待たされている間に、騎士団に提出する戸籍書類を作ってもらう。

 一応、スカウトを受ける方向で進めている、という実績を作っておく。

 アイネに残って欲しいと頼まれたから村に残る、と最終的には言いたいのだ。

 本当はスカウトを受けて王都に行く手筈になっていたのに、アイネに頼まれて村に残った、と言う立場だったら格好いい。


 そう盛大に勘違いしたアーロンは、使うつもりのない書類を作ってもらう。


 ただ書類を作ってもらうために、州大会で優勝したことや、騎士団にスカウトされたことを、家族や村長、そしてアイネに話す前に、村の職員に話すことになるとは予想外だった。

 だが、無駄な待ち時間のうちにやってしまったほうが良い。

 これから少し忙しくなるのだろうから。

 それに、村に残ることがすぐに決まってしまえば、書類を作ってもらう必要がなくなる。

 書類を作ったが、あくまでも頼まれて村に残る、という形になる。

 今作るしかないのだ。


 無駄に格好を付けたいアーロンだった。




「アーロン、待たせたな」

 村長室に呼ばれて、入った瞬間に村長に言われた。

 村長はご機嫌のようだった。


「いえ、それほどでも」

「ところで州大会ではどうだった」

 村長が結果を尋ねる。

 村の職員は事前に話していないらしい。


「はい、優勝してきました。それと騎士団にスカウトされました」

 賞状とメダル、それにスカウトの書類を村長に手渡した。


「ほう、おめでとう。我が村始まって以来の名誉なことだ。本来ならすぐにでも祝勝会を開きたいところだが、今日はちょっと用事があってな。近いうちに祝勝会を開くから連絡する」

 村長はそう言って村長室を出た。

 残されたアーロンは、報告会があっさり終わったことを数秒経ってから気が付いた。


 (何があったのだろう)

 アーロンは村役場を立ち去ろうと出口に向かった。



「あれ、お兄ちゃん」

 モニカがアーロンを見つけた。

「大会から帰ってきたの? どうだった? 」


 モニカに見つかった。

 本当ならアイネに話すのが最初。

 そして自分の家族。

 特にもダフネに。


 しかし、モニカに質問されたら黙っている訳には行かない。


「優勝してきたよ。ところでモニカちゃんは何でここにいるの」

 小さい疑問をぶつける。


「ええ、ちょっと家の用事で……」

 モニカが言いづらそうに口を開く。


「あれ、アーロン、もう帰ってきたの? 」

 アイネがアーロンに気づく。

「アイネ! 」

 嬉しそうにアーロンが反応する。


「もう見られちゃった。仕方ないから一番最初にアーロンに教えてあげる。私ダニエルと結婚するの。さっき結納が終わったの」

 嬉しそうにアイネが話す。

 固まるアーロン。

 自分の試合結果を聞かれるのかと思って少し身構えていた。

 それが空振りしたかと思うと、予想外の一言が飛び出してきた。


「お兄ちゃんは、大会どうだったの? 」

 モニカが話を一度聞いた結果をもう一度聞こうとする。

 少しでもアーロンの気を逸らそうとするが、アーロンは固まったままだ。


「アーロンには一番最初に教えたんだから、一番最初におめでとうを言ってもらいたいな」

 アイネがアーロンに祝福を要求する。


「お姉ちゃん……」

 モニカが場の空気を読んでアイネに話しかける。

 自己中の姉と言えども、ワンクッション置いて結婚話を伝えて欲しかった。

 アーロンはアイネのことが好きだということは周知の事実。

 周囲はもちろん、好意を向けられていたアイネだって知らないはずはないだろう。

 それなのに突然、結婚するからお祝いして、と言うのはアーロンにとって心を引き裂かれるどころの話ではない。



「おめでとう」

 ただの反射現象のようにアーロンは祝福する。

 虫がフェロモンに吸い寄せられるように。

 虫が目の前に餌があるから食べるように。

 虫が火の熱さにびっくりして逃げるように。

 考える、という行為なしに、ただ動くかのように。


「ありがとう」

 満面の笑みを浮かべるアイネ。

 幸せそうな顔をするアイネ。

 世の中の幸福を独り占めしたような笑顔だった。


「ところでアーロンは何でここに来ていたの? 」

 祝福を受けて、ようやくアイネはアーロンの行動を気にした。


「州大会で優勝した。騎士団にもスカウトされた。その報告に来た」

「凄いじゃん。これでアーロンも念願の騎士になれるね」

 アイネの返答に何も言えないアーロン。


 アイネと約束していたはずなのに。

 州大会で優勝してスカウトもされたのに、アイネは別の男と結婚する。

 しかもアーロンに負けたダニエルと。


 騎士なんてなりたいと思っていない。

 昔からだ。

 アイネが言うから頑張ってきただけで、本当は興味がない。


 アーロンは幸せの絶頂から不幸のどん底に叩き落された。

 つい数分前まで、アイネと結婚することは確定事項だと思っていた。

 そのために厳しい訓練にも耐えてきた。

 そして文句ない成績を引っ提げて凱旋した。

 アイネのために。


 そのアイネは、アーロンが一か月前に一蹴した相手と結婚が決まった。

 何のために厳しい訓練をしていたのだろう。

 何のために大会に出たのだろう。

 一体アーロンは何をしていたのだろう。




 アイネと結婚できなければ人生が終わると思ってい頑張っていたのだが、何もする前に人生が終わっていたのか。

 一体俺は何をしていたのだろうか。

 村を破壊しつくしたい。

 俺の人生だけでなく全てを終わらせたい。


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