52 賭け、再び
「それでは、この勝負の賭け金は二十億ギニーで宜しいですね」
ガンバンシャギルドのギャンジーが契約書を作成した。
「ああ、そこの男が呑むならな」
「レティシア様がそれで宜しいのであれば私に異存はありません」
無論勝負する他なく、自分からこの勝負を仕掛けたハビエルは簡単に了承した。
「良いのか、お前はこれで生きることも死ぬこともできなくなったんだぞ」
レティシアがハビエルに覚悟を尋ねる。
「そもそも二十億の負けの時点で私の未来はありませんでしたから。それを受けてもらえるだけでもこちらはありがたい訳でして。何ならもう少し金額を上げますか」
ハビエルがレティシアに申し出る。
「馬鹿かお前。どうやって払うんだ。お前にはもう払うだけのモノは残ってないだろ」
怒りが再燃するレティシア。
この期に及んでハビエルは自分の貞操を奪い取ろうと虎視眈々と狙っている。
(私も舐められたものだ)
「私は人生を賭けていますが、お姫様は今回の賭けで人生を賭けてはおりませんよね。私はすでに人生を失っている身。ここに居るギャンジーの人生では如何でしょうか」
「そこの地方の商業ギルドごときが私の人生の破滅を二度も望んでいる訳か。一度目はお前の後ろに隠れ、今度はお前の手駒となり。ほう、良いだろう。娼館でも何でも勝負を受けてやる」
レティシアは勝負を受けることを約束する。
「レティシア様、負けない勝負からどうしてご自分が不利になる勝負まで受けるんですか」
ティシムが押し留めようとする。
ギャンジーとの勝負をしなければ、例え負けたとしても貰うはずだった二十億ギニーを諦めれば良い話。
「私の剣に対する矜持だ。しかもこいつらは徹底的に潰しておかないといつまでも舐め腐る」
レティシアが、目の前の男二人への嫌悪感を隠そうともしない。
「そこまで言われましては、私としても商人として、そしてブックメーカーとしての矜持があります。その賭けに乗りましょう。私の人生も賭けてみましょうか」
ギャンジーも勝負に出る。
「それでは、明日の敗者復活戦前のイベントとしてこの勝負を組みます。ルールはハビエル様の提案通り、大剣での戦闘不能か降参による決着で宜しいですね」
ギャンジーがルールの取り決めを確認する。
「ちょっとレティシア様、あんまりじゃないですか」
「お前は良いから黙ってろ。もちろんOKだ。」
「このルール、レティシア様にとって、非常に不利じゃないですか」
「ティシム、本当に不利な状況でも戦場では戦って生き延びなければならない。逃げる選択肢は騎士団には存在しない。それにこの勝負はあくまでも試合だ。お互いに同じ得物で勝負する、非常に公平な勝負だ」
レティシアはティシムに自分の中の騎士道を説く。
当然ティシムには理解できない。
理解できるのは、そうあの戦場に居た者のみ。
不利な状況でも逃げることが叶わず、まともに戦う術を持たず。
あの時に比べたら、笑えるほど公平だ。
公平と言うか、むしろ自分が有利なのではないかと思うくらい。
たまには全力を出せるほどの相手と真剣勝負をしなければ、剣の腕が錆びる。
いい機会だ。
勝っても負けても剣の腕を磨く機会になる。
「ユダの少年、私の試合を見てから村に帰れよ。見ずに帰るなよ」
レティシアはアーロンに自分の試合を絶対に見ろと命令した。
★★★
観客が興奮している。
王都から遠く離れたムルシアで、暴風剣姫の試合が見られるのだ。
しかも賭けることができる。
相手はレガネスギルド新進気鋭のビセンタ。
デスペルタル昇級試験において、歴代最高点で合格した剣士。
そう、テーブルを蹴飛ばして因縁をつけた男である。
★★★
「いやあ、本当に脳筋姫で良かったよ」
「そうですねハビエル様。まさかこんな勝負を簡単に呑んでいただけるとは思ってもいませんでしたよ」
「全くだ。黒狼のビセンタを呼んでおいて大正解だったよ」
ハビエルが満足そうな顔をしてギャンジーと話している。
「まさか対戦相手が同じデスペルタル級になるとは思ってもいなかっただろう。しかもこっちのビセンタは、歴代最高点で昇級してるんだ。更に剣にも細工しているとは夢にも思わないだろう」
「ハビエル様、細工なんてしておりませんよ。試合用に特別な木剣を用意しただけですから。少しばかり重いだけよ。両方とも」
「そうだったな。王都で使われる大剣と僻地で使われる大剣では、少しばかりサイズが違うだけだからな」
「そうでございます」
「本人は、私たちが暴風剣姫様の強さを理解していないとでも思っているのかね。分かっているからこそ手を尽くす、勝つために相手を丸裸にする。これがアドルフォ流迅狼剣の強さだよ。暴風剣姫の強さの秘密はあの剣速。一撃の重さばかり注目されているが、あの重さは弱点を正確無比に素早い速度で打つから生まれるものだということを解き明かし、対策をしている我らに敗北はない」
「全くそのとおりでございます」
ハビエルは術中に陥ったレティシアが負ける姿を来賓席で思い描いていた。
★★★
闘技場ではレティシアとビセンタが対峙している。
「暴風剣姫様、ギブアップするなら試合前の方がいいですよ。試合が始まってしまうといつ怪我をして、ギブアップできなくなるか分かりませんから」
ビセンタがレティシアを煽る。
勝利を疑わない態度だ。
レティシアは、そんなビセンタの問いかけを無視する。
「まさかデスペルタル級になって初めて戦う相手があの暴風剣姫なんて、本当についているな」
嬉しそうに語るビセンタ。
「審判、この木剣だが、お互いに同じものか確認させて貰ってもいいだろうか」
レティシアが審判に剣の確認を求める。
「何か問題でもありましたか」
ビセンタがニヤリとする。
「いや、普段の大剣よりも結構重い気がしてね。試合が終わってから私に有利だったと難癖をつけられても困るからね」
審判が両者の剣を交換して確認させた。
「どっちも同じ重さでいいね? 」
レティシアがビセンタに確認する。
「何か不都合でもありましたか? 私もこの剣は同じものだと思いますが。もしかして重すぎて使いこなせないとか、そういうことを言いたかったわけですか? 」
ニヤニヤしながらビセンタは言葉を返す。
「いや、お互い納得ならそれでいい」
「いやあ、剣が少しばかり重くて申し訳ないですねえ。片手で扱えるくらいの軽い剣がお好みでしたか? お姫様の二刀流は有名ですからね。二刀流でも構いませんよ、このタイプの剣であれば」
「いや、一刀で十分だ」
「それは残念ですね。お姫様の二刀流はいつか拝見したいと思っていましたから」
ビセンタの口が滑らかに動く。
「お前がここを戦場だと理解しているのであれば、いつかその機会はあるだろう。しかしその調子だとその機会は永遠にないだろう」
レティシアは、未来を予言した。




