51 奥の手
観客は、アーロンの勝利が決まった一瞬、静まり返った後、大歓声で勝利を祝った。
敗北したクストディオのことは一切考えずに、アーロン、そして暴風剣姫の勝利を喜んだのだ。
暴風剣姫の人気は高い。
その弟子、身体で対戦相手に劣る選手が、豪快に師匠譲りの技で優勝したのだ。
更にアーロンの勝利に賭けていた者たちには投資以上に得るものがある。
選手を見る目、これを自慢できるのだ。
オッズの高い(人気のない)選手に賭けて大金が入ってきたのだ。
今晩の飲み屋では、自慢しながら美味しい酒が飲める。
美味しい酒を飲めるのは、レティシアも一緒だ。
ティシムはもちろん、スカウトに積極的でなかったことから、上から責められていたがこれで逆転できる。
ダンディー最後の弟子を見つけ、大会で優勝させたのだ。
全て自分の得意技で。
これ以上の手土産はあるか! という態度で帰都する姿を思い浮かべるレティシア。
使い切れない金については、面倒なので考えないようにした。
正直金なんかどうでも良い。
ハビエルのことも、どうでも良くなっていた。
一刻も早くこの少年を王都に連れて行き、団で稽古をつけてやる。
そんなことだけを考えていた。
★★★
「それでは、ユダの少年の優勝と第八騎士団、そしてダンディーに乾杯」
レティシアが音頭を取って乾杯する。
「ユダの少年、お前が優勝してくれて嬉しいよ」
レティシアが喜びを隠しもせずアーロンを褒める。
「ありがとうございます」
アーロンは他人行儀にしか接することができない。
自分やレティシアがダンディーの弟子だと言われても正直実感がない。
ダンディーには、言葉にできないほど世話になった。
しかしレティシアとティシムに世話になったのは、この五日間だけである。
同じ流派を練習しているものとは言え、流派すら最近まで知らなかったアーロンにとって、姉弟子や兄弟子と言われても実感がまるでない。
「ほら、若いんだから肉食べて」
ティシムが肉料理を進める。
ここの宿の肉料理は美味しい方だと思うが、元々肉が好きではないアーロンは別の料理を食べたい。
しかし、どう見てもおごりの食事を断ることができない。
「はい、いただきます」
「ユダの少年、お前の勝ち方のように豪快に食え」
余計なことを言って肉を勧めるレティシア。
肉を少し食べてから、肉以外の料理を目立たないように食べる。
それでも、今後は肉から解放される。
肉が体を作る、と言われたので無理をしてでも肉を食べてきた。
明日以降は無理する必要がないだろう。
明日は州都を発つ。
アイネのいる村に帰る。
父も母も今度はびっくりするだろう。
州大会で優勝したんだ。
目標通りスカウトもされた。
団に見習いとして行くかどうかは未定、と言うかアイネ次第だが、スカウトをされたのだ。
目の前の貴族たちに緊張しながらも、目標を達成した満足感から、少し笑みがこぼれる。
目の前の貴族達も嬉しそうにワインを飲んでいる。
「うるせえな。他の客に迷惑だろ」
突然大男がアーロンのいるテーブルの脚を蹴りながら因縁を付けてきた。
そもそも五月蠅いと言われる程声を出していない。
会話も少ないこのテーブルを蹴ってきたのだ。
店の中が緊張する。
「どうかしましたか。それほど五月蠅くしていないつもりでしたが」
ティシムが立ち上がって大男に返事をする。
「五月蠅いかどうかなんて周りの奴しか分からないんだよ。どうだみんな、このテーブルが目障りじゃなかったか」
大男が周囲に声を掛ける。
「五月蠅いし目障りだったな。あんた良い事言ってくれたよ」
「そうだよな。俺らはお姫様だからって遠慮してたわ」
二つのテーブルから声が上がる。
他のテーブルの客は視線を上げない。
「だとさ。五月蠅くするなよ」
大男が勝ち誇ったように言い放つ。
「お前らはハビエルの手下か。賭けの件は許してやろうかと思っていたが、祝勝会に水を差されてはそういう気持ちもなくなる。一体どうしたいんだ」
レティシアが怒りを抑えながら大男に尋ねる。
「俺様はただ非常識な客に注意しただけだが、何を言っているのかな」
「おい、茶番はもういい。剣の勝負をするなら受けてやる。お前の条件でな。ハビエルとギャンジーを呼べ。もう許さん」
「姫様は剣の勝負をしたいとおっしゃってるんですか。しかも俺の条件でいい、と。流石は十剣。そんな高貴な方から勝負を挑まれたら、剣士としては受けるしかないですね」
うまく事が運びそうで、ニヤニヤしながら大男が勝負を受ける。
「いいからハビエルとガンバンシャギルドのギャンジーを呼べ。今度こそハビエルの息の根を止めてやる。お前も息の根を止めるリストに入ったがな」
「おう、それは恐ろしいですな。おい、ハビエル様に伝えろ。勝負は受けて貰えるそうだ」
テーブルに座っていた一団が走って店を出る。
「全く、せっかくダンディーの弟子同士で飲んでいたのに。しっかり潰しておかなかったのが失敗だったな」
レティシアは、グラスのワインを飲み干しながら、甘い対応になっていたことを後悔した。




