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「君がアーロン・ユダか」

「はい、そうですが」

 振っていた木剣を止めて返事をするアーロン。


「君の師匠は今どこにいる」

「あなたはどなた様ですか」

 問いに問いを返すアーロン。

 見知らぬ女性から声を掛けられる。

 その女性が普通の女性じゃなく、強そうなオーラを放っていればそれだけで警戒する。

 オーラだけでなく、身なりもかなりいい。

 言葉遣いにも気を付けるアーロン。


「失礼。私は近衛騎士流正派を学ぶ者で、第八騎士団団長をしているレティシアという者だ。君も近衛騎士流正派を学んでいると聞いたものでね」

 本心を隠してアーロンに近づくレティシア。

 自分が賭けの対象にされていると知れば、交渉も話もないだろう。

 

「一応、流派はそうらしいです。会場に来るまで、僕が教えて貰っていた剣術が近衛騎士流正派と知らなかったもので」

 アーロンに話し掛けようとしたティシムを手で制するレティシア。


「私はこの大会で埋もれた原石を探している。まさかこの大会で近衛騎士流正派の使い手が見つかるとは思ってもみなかった。君の師匠はどこにいるのかな」

「師匠なら、次の任地に行ってしまいました」

 がっくりするレティシア。

 ダンディーと久し振りに会えると思って期待していたのだった。


「次の任地はどこと言っていたか覚えているか」

「済みません。守秘義務があるということで教えて貰えませんでした」

 更にがっくりする。

 そういう仕事だということは知っている。


 この子供が言っていることは、自分の知っているダンディーの情報と一致する。

 こんなところでダンディーの名前を見つけたのだ。

 運命の糸が繋がっていると思っていてもおかしくはない。

 その糸があっさり途切れてしまったのだ。


「そ、そうか。ところで君の師匠はどんな人なんだい」

 話を変えるレティシア。

 一応確認する。

 ダンディーが本物か否かを。


 突然出てきて、師匠を教えろ、と言う人を警戒しながらアーロンは言葉を選ぶ。

「剣が強い師匠です。自分が教えて貰った流派はここにきて書類を書くときに教えて貰いました。なので本当にそういう流派なのかは申し訳ありませんがよく分からないんです」


「そうか。もし良かったら形を見せてくれないか。近衛騎士流剣術に分派はいくつかあるが形は別だから、形を見れば正派か別の流派か分かるから」


 レティシアの言葉に頷くアーロン。

 アーロンも自分の流派が本当にダンディーに言われた通りの流派なのか知りたかったのだ。

 身分のある人が見て間違いない、ということなら素直に流派の名前を信じてもいいだろう。


 呼吸を整え、一の形から始める。

 順序に形を見せるアーロン。

 丁寧に、そして力強く教わった形を披露する。

 一、二、三……。


「十! 」

 突然レティシアが声を上げる。


 その声に反応してアーロンは途中の形を飛ばして十の形を行う。

 突然の声に驚いたが、ダンディーに叩き込まれた形、十の形を正確に行う。


「やはり本物か」

「そうですね。ナンバーを叩きこまれているということは、師匠はあのダンディーに間違いないですね」

 レティシアとティシムはお互いに確証を得た。


「失礼した。君の師匠は私の師匠と同じ人物のようだ。これも何かの縁だ。うちの団に入らないか」


 レティシアの言葉にアーロンは声を失った。

 試合をする前に騎士見習いが決まりそうだ。

 前にダンディーが言っていた言葉を思い出す。

 ダンディーの名前だけで騎士見習いになれる、と。

 これで夢が叶うかもしれない。


「ほ、本当ですか」

 数瞬返事に時間を要した。

 突然の幸運に頭が着いて行かなかったのだ。


「ああ本当だ」

「僕はまだ一試合もしていませんが大丈夫なんですか」

 あまりの青田買いだ。

 師匠の名前だけで騎士見習いになれるのだ。

 

「一試合くらいは勝ってもらう。勝つために私が大会までの五日間、君に剣術を教えよう」


 アーロンは、レティシアの練習期間に違和感はあったが聞き間違えだろうと思って違和感を無視した。

 たった一試合勝つだけで騎士見習いになれる。

 大会に爪痕を残すこともない。

 この人たちの目の前で勝てば間違いなくスカウトされる。


「お願いします。ダンディーさんが居なくなって、大会までどうやって訓練すればいいか分からなかったんです」

「そうか。それは不安だっただろう。よし大船に乗ったつもりで私に任せろ。ところで宿は決まっているのか。私たちの宿に移れ。宿代は団が負担する。ティシム良いだろ」


「もちろんですが、彼の実力もよく分からないのにスカウトしても大丈夫なんですか」

「もちろんだろ。ダンディーがしっかり教えたんだ。ユダの少年、君はダンディーからどのくらいの期間教わったんだい」

 笑顔で尋ねるレティシア。


「丁度二か月です」

 元気よくアーロンが答えた。

 レティシアの笑顔が凍り付いた。

 ティシムの顔も凍り付いた。


「まあ、今すぐ宿を移ろう」

 時間が足りないことに気が付いたレティシアは、凍り付いた顔を少しずつ溶かしながら自分の宿にアーロンを囲い込むことを実行した。



★★★



「彼本当に勝てますかね」

「それを私に聞くのか」

「そもそもロングオッズと言われていた意味をしっかり考えるべきでしたね。(かた)はそこそこでしたが、二か月でどこまで教えられたのか、と考えると、優勝候補に勝つには少し厳しいのではないかと思うのですが」

「それは私も思っていることだ。大会直前まで稽古漬けにして、一試合だけの体力を残してあとは全て訓練に振り当てる。優勝は考えない」

「まさか二か月という短期間だったとは」

「二か月で試合に出したんだ。あのダンディーが。認めた、ということだぞ。あの小僧の実力を。それにダンディーの個人レッスンを二か月受けられるなんて、私ですらない体験だしな」

「そもそもダンディーが個人レッスンしていたのか、その他大勢を教えていた一人なのかすら分かりませんから」

「もういい。いずれ剣を交えれば彼の実力はすぐにでも分かることだろう」


 二人はアーロンが宿を移ってくるまでの数時間を複雑な気持ちで過ごすことになった。

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