4 初めての訓練
家からユダの墓所までは歩いて三十分程度。
訓練をするにもユダの墓所が一番いい場所だ。
墓所と言っても陵墓と表現してもいいくらいの規模だ。
一般的には廟と言われるレベルのものだ。
敷地の石畳だけで村長のところの訓練場くらいある。
これが人気がなくても調査員が派遣されるユダの墓所だ。
そこなら、特訓も捗るだろうと思っていたアーロンは、数十分後、考えが甘かったことを知る。
「訓練と調査について、私たちのルールを決めようか」
そんな言葉から訓練は始まった。
ルールは難しいものではなかった。
・ 訓練と言われたら全て訓練として従うこと
・ 十秒以上起き上がれなくなったら訓練は中止し、二時間は休むこと
・ 休んでいる間はきちんと調査に協力すること
この三つだけだった。
たったこの三つを守って練習するだけで優勝できるなら、誰だってするさ、と思っていた。
それは、『本当の訓練』というものを、アーロンが人生の中で体験していなかっただけだ、ということを思い知らされることになった。
「ところで、訓練前に聞いておきたいんだけど、ユダの手記はどこにあるんだい」
そんな仕事の話なんて、訓練の小休止の時にすればいいのに、と思いながら、書庫の中にある手記の位置を教えた。
「こんなにたくさんあるんだ。へえ、これは仲間のタダイとのものか。流石にユダの墓には貴重な物が揃っているな」
「早く訓練させて下さい。ダニエルに勝って州の大会に行くためには時間が惜しいんです」
のんびりしているダンディーに腹が立つ。
優勝させてくれると言う話が本当かどうか、早急に見極めたい。
もし嘘なら、大会までダンディーは無視して練習に明け暮れる。
「分かったよ。ところで、なんで騎士見習いになりたいんだ? 騎士になりたい、というのなら意味は分かる。騎士見習いで終わっているのか、が不思議なんだよ」
「そんなことどうでもいいじゃないですか。それより早く教えてくださいよ」
核心に触れられそうになってアーロンは焦った。
「いや、どうでも良いことかどうか、訓練中のモチベーションにつながることだから知っておきたいんだ」
ダンディーは疑問を解消しようとする。
どうでも良い話かもしれないが、できることなら本心を話したくない。
「うちの村から騎士見習いになった人はいないんですよ。だから騎士になりたいって言っても信憑性がないんで騎士見習いなんですよ」
表向きの理由を答える。
「それって騎士になりたいってことかな? 」
「そうですよ」
「解せないな。君から騎士になりたいという気持ちが一切伝わってこない」
「だって、いつかは俺も墓守人にならなきゃいけないんでしょ。だったら夢を見るだけしかできないじゃないですか」
「君も知っているだろうけど、墓守人は世襲しかなれない訳じゃない。私のような調査員が継ぐことも可能だからね」
「……」
「まあ、今の話で、アーロンが強くなりたい、という気持ちだけは本物そうだ、ということが、なんとなく伝わって来たよ。君の目的は教えなくてもいい。君を強くしてあげる。それ以上のことは君がすることであって、私は君を強くした分の見返りを貰うだけだ」
アーロンは、絶対に知られないはずの目的を見透かされているような気持ちになった。
(俺を強くできるのなら強くしてみろ。俺を強くしてくれるのなら、俺は俺のできること全てをあんたのためにしてやる)
「じゃあ、とりあえずアーロンの実力を確認してみようか」
納得しないながらも、ダンディーは訓練を始めた。
少なくともこの時までは、ダンディーの実力を信じていなかった。
それどころか、俺よりも実力が劣っている可能性すら考えていた。
もし劣っていたならば、すぐにでも自主練をするつもりだったのだ。
「ヤーッッ! 」
気合を入れて、ダンディー相手に思いっきり突っ込んで木剣を振ったところまでは覚えているような気がする。
★★★
気が付いたら、書庫の長椅子に寝かせられていた。
頭の下にはタオルが敷かれていた。
「今日の地稽古は中止だな」
目が覚めたアーロンに気が付いたダンディーが言った。
『十秒以上起き上がれなくなったら二時間の休憩』だったはずだが。
後頭部がズキズキ痛む。
なぜここで寝ているかよく分からない。
「強くするのはちょっと難しいかも知れない」
ぽつりとダンディーがつぶやく。
アーロンは胸の奥が締めつけられるような気持ちになる。
強くなれないのなら、この人生に意味はない。
後頭部の痛みに耐え、気を失う前のことを思い出してみようとする。
ダンディーに突っ込んでいった→目測を誤ってダンディーにぶつかる→跳ね返される→真後ろに転ぶ→後頭部を石畳にぶつける→今ここ。
(あれ、俺ってこんなに弱かったのか)
こんな無様な負け方じゃ、訓練中止も言い訳できない。
訓練初日でリタイアか。
やはり頑張っても才能がなければ剣士としては強くなれないんだ。
あとは剣士見習いになる以外の道で、『目的』を達成できるように頑張るしかないか。
心の奥底では、ダニエルに勝てるとは思っていなかったのだ。
豊富な練習量、大きい身体。強くなるのに必要なものをダニエルは持っていて、アーロンは持っていない。
同じ土俵で勝負するなんて、最初から間違いだったのだ。
アーロンは強くなることを諦めようとした。
「手伝いの対価、と約束したからな。アーロンには私以上に剣士としての適性はあるようだから、頑張ればアーロンの希望には沿えると思う」
さっき俺にダメ出ししたはずのダンディーは、諦めてなかったらしい。
それどころか、こんな俺に剣士としての適性があるだって?
何を見たら適性があると思えるんだ?
何もできずに転んで頭を打って気を失うような奴に。
全く意味が分からない。
仕事を手伝わせるためのリップサービスか。
そうに違いない。
だがこれはラストチャンスかもしれない。
こんなにも弱い俺が、個人レッスンを受けられるチャンスだ。
「アーロンにはまず基礎を覚えてもらうか。足法は知っているか? 」
「はい」
今さら何を言っているのだろう。
そんなもの誰でも知っているだろうに。
「具体的には? 」
「前後左右に斜めを加えた八方向への移動です」
アーロンは初心者向けの質問に、疑問を覚えながら答える。
「ああそうだ。普通はね。そもそも君たちの稽古で、足法を意識しながら練習している人はいたかい」
足法は剣術を習う一番最初に教えられる。
しかし練習が進むにつれ、足さばきでモタついていると『考えるな、身体で感じろ』と言われ無意識に動くことを指示されてきた。
「分かりません」
「そうだね。ちなみに君の踏み込みに私がどう動いたかわかるかい? 」
アーロンは思い出す。
一撃で決めようと踏み込んだ、それしか覚えていない。
ダンディーは動いていなかったと思うのだが、全く自信はない。
「……いえ、分かりません」
「私は半歩前に踏み込んで君の間合いを潰しただけだよ。タイミングを計りながらね。ただ、先程の君の剣を避けるのに、どう動くのが正解だろう」
ダンディーが難しい質問をする。
普通に考えれば、正解はダンディーがやった、前方への足法だろう。
しかし他の足法でも可能ではあっただろう。
何が正解なのだろう。
「分かりません」
「そうだね。きちんと避けられるのなら、どのように動いても正解の一つだよ。更に言えば、動かない、ということも正解の一つではある」
「動かない? 」
「そうだ。君の剣を捌いて、君を打てば良いだけだからね。たくさんの選択肢の中から自分に合った動きをすれば良いだけだ」
簡単に言ってくれる。
一体こいつは何なんだ?
剣術の才能とクラスは無いと言っていたのに、今ここで話していることは達人級しか言えないことじゃないのか。
俺より強いことは分かったけど、俺ではダンディーの強さが測れない。
もっとも俺ではE級の強さも測れないんだけど。
「と言うことで、アーロンの今日の訓練は、書庫内で足法十六方向のみ」
ダンディーが訓練内容を変更する。
「二時間の休憩だったはずでは? その後に訓練を再開するんじゃないの?」
ダメもとで言ってみた。
「今日は頭をぶつけたから駄目だ。明日からは受け身も練習する。この村が田舎だからかも知れないけど、あまりにも基本ができなさすぎる」
ダンディーに従おうとして、ふと気が付く。
「ところで、足法は八方向ではないんですか」
「八方向に百八十度の動きを追加して十六方向だ」
そう言ってダンディーは足法を見せる。
滑らかな動きで、反転を加えた十六方向の足法を行う。
(美しい)
アーロンの体に冷たい電流が流れた。
こんな動き見たことない。
こいつ、村の誰よりも強い。
この動きだけで、ダンディーの剣術が、村の人間とは異次元の高さにあることが分かる。
動きが滑らかで、寸分の隙も無い。
いつ動くか、いつ動いたのか自然過ぎて分からない。
動いている時に動いている、としか言えない足さばきだった。
「これを私が質問するまでずっと続けること」
そう言ってダンディーは資料の読み込みを始めた。
なんでこれほどできる人が、剣術の才能はない、なんて言っているのだろう。
そしてアーロンには剣士としての適性があると言っている。
剣を一振りもできず、気を失ったアーロンに剣士としての適性がある?
俺をおだてて何をしようとしているんだ。
俺が求めているのは強くなるための練習だけなのに、おだてる意味はあるのか。
それとも本当に、俺には才能があるんだろうか。
全く意味が分からないが、ダニエルに勝つためには、ダンディーの言うとおりの訓練をするしかないことだけは分かった。
読んでいただきありがとうございます。
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