37 ダンディーとの別れ
州都ムルシア。
海に面しており、王都との交流も頻繁である。
船による交易も多く、直接海外との取引もなされている。
汽車に乗れていれば体は楽だったのだろうが、汽車は乗車するのに制限がある。
俺とダンディーは馬車で二日掛けてムルシアに到着した。
馬車では剣術の話やユダの話などであっという間に時間が過ぎて行った。
ダンディー個人の話も聞きたかったのだが、二日と言う短い期間では、そこまで踏み込む時間はなかった。
そもそも二か月も一緒に暮らしていたのだ。
その間に聞いていない話なんて聞ける訳がない。
ムルシアの町は村とは比較にならないほど大きい。
村の『通り』が百集まってもムルシアにはならない。
馬車から降りて、町の中心に進む。
ダンディーは手慣れた様子で宿を取り、荷物を置く。
「これから会場まで行くぞ」
ダンディーは旅の疲れも見せずに言った。
大会までまだ五日もあり、焦って行く必要はないものの、ずっと馬車に乗っていたので、少しは体を動かしたいと思っていた俺は二つ返事でオーケーする。
会場は、本でしか見たことのないコロシアムだ。
村の会場とは雲泥の差だ。
ダンディーは、コロシアムで職員に声を掛け、俺の出場受付をする。
出場受付をすれば、コロシアム内で練習ができるそうだ。
しかもほとんどの選手は一週間前までに着いてエントリーして練習するのが普通だとか。
そんな基本的なことも知らずに州大会に挑んでいたのが俺だ。
受付では、村からの推薦状を提出して、受付表を記載する。
氏名欄への記載を俺は少し躊躇した。
「アーロン隠すことはない。ユダと書いても大丈夫だ」
ダンディーはそう言った。
俺はダンディーのアドバイス通り、アーロン・ユダと記載する。
ユダの関係者だと言うことがすぐにバレる。
ユダの名前はあまり快く思われないので少し心配だ。
氏名だけじゃなかった。
剣術の流派、師匠の名前についても記載欄がある。
ダンディーの顔を見る。
今まできちんと話してもらったことはなかった。
俺自身、流派は何でもいいと思っている。
最弱流派? 関係ない。
何ならダンディー流でも構わない。
「流派は、近衛騎士流正派と書いてくれ。師匠は私の名前、ダンディーで」
俺は耳を疑った。
近衛騎士流?
聞き間違いかと思って再度ダンディーの顔を見たが、聞き間違いじゃなかったようだ。
もし聞き間違いなら、書いている最中でも声を掛けるだろう。
俺は言われた通り記載する。
師匠の名前についても言われた通り記載した。
なぜ調査員が近衛騎士流なんて流派を名乗れるのだろうか、という疑問が頭に浮かぶ。
実はダンディーって、近衛騎士だったのか?
あの強さから言って、近衛騎士でも通用しそうな感じはする。
しかし近衛騎士なら、ダンディーという名前じゃないだろう。
やはり、騎士から調査員に落ちたのか?
だが近衛騎士から落ちて、名前を変えると言うことが分からない。
近衛騎士になれる人が、平民になる理由が見つからない。
犯罪者とかなら別だ。
しかしダンディーは調査員。
調査員ですら、近衛騎士には当然負けるが、一流公務員だ。
平民が近衛騎士流を学び、一流公務員になる?
何か解せない。
しかも名前はダンディーなんて変な名前。
「受付が終わったら、少し体を動かしていこう。この旅で実力は三割程落ちているはずだ。それを取り戻して試合に挑む必要がある」
ダンディーが恐ろしいことを言う。
この移動中、稽古量は確かに少なかった。
それだけで実力が三割も落ちるだと?
たった二日で。
自分ではそんなに落ちているとは思っていなかった。
ダンディーの、俺を練習させようとする法螺だと思うが、もし本当なら大ピンチだ。
★★★
三割実力が落ちているって?
そんな訳ないだろ、と俺は心の中で思った。
俺の実力は五割くらい落ちている。
間違いない。
三割は良く言い過ぎだ。
俺と比べてダンディーの実力は全く落ちていない様に感じる。
なぜだ。
「まず目の前の料理を食べろ」
ダンディーには、俺が考え事をしているように見えたのだろう。
半分当たって、半分外れだ。
食欲がわかない。
さっきの稽古がきつかったからだ。
更に言えば、目の前の料理が肉だったからだ。
正直肉は飽きた。
しかし、もう少しの辛抱だ。
州大会さえ終われば、肉を無理に食べなくても済む。
ダンディーの手前、無理して肉を口に運ぶ。
不味くはない。
ダンディーが居なくなったら、食事をどうするか。
無理して肉を食べるか。
それとも肉以外の好きなものを食べるか。
どうせ四~五日。
今さら体を作るのに肉は要らないような気がする。
しかし、この二か月の苦労が、この四~五日の不摂生で泡と化したら、と思うと怖くて堪らない。
大会までダンディーに居て欲しいと思う。
「明日でアーロンともお別れだな。今まで仕事を手伝ってもらいながら訓練して大変だったと思うが、よく頑張った」
「……」
俺は何と言っていいかわからず、肉を咀嚼し続けた。
「世の中は理不尽だ。頑張ったから報われる訳じゃないが、頑張らないと報われない。自分が歩ける道は一つだが、道はたくさんあり、どの道を歩いても自分の人生だ。しかし全員が歩きたい道を歩けるとは限らない。閉ざされた道だと思ってもそこが最短ルートで、振り返ると閉じていた道が全く違う道だったということもあり得る」
ダンディーは、哲学的なことを語り始めた。
語っているうちは、返事をしなくても良いから少し楽だな。
「まあ、何を言いたいかというと、未来のことは誰も分からない、ということだ。良いと思ったことが悪い結果をもたらすこともある。逆に悪いと思ったことが結果的に最善だったということもある。いずれ何があっても浮かれず、悪いことがあっても落ち込まず、前に進むことだ」
ダンディーの哲学は思いのほか短かったらしい。
そもそもそんなこと、知識だけなら俺でも知っている。
しかし、どうしても進まなければならない道と言うものはある。
その道を進むためなら、例え大岩で塞がれていても、俺は前に進む。
もしその道が完全に閉ざされていたら……、俺はどこにも進めないだろうが。
それでも……、ダンディー、ありがとう。
咀嚼した振りしているから言葉にはできていないけど、本当に世話になった。
いつか、この恩は返させてもらう。
アイネと一緒に村で待っている。
そんな感謝と妄想が入り交じる。
俺はまだ騎士見習いにすらなっていない。
だが、ダンディーがいなければ、ここまで強くなることは出来なかった。
村の大会で優勝して、今ここにいることがどれだけ奇跡だったのか、改めてかみしめていた。
★★★
翌朝、アーロンが目を覚ますと、既にダンディーは部屋から消えていた。
もしかすると寝ている間に出発するかもしれない、ということは薄々感じていたので驚かない。
テーブルの上には、ダンディーの手紙がいくばくかのお金と共に残されていた。
お金は、村から出たダンディーに対する交通費と滞在費だった。
このお金は予想していなかった。
俺が最低限のお金しか持っていないことは知っていたんだろう。
村からもらった交通費と滞在費、家からもらったプラスアルファ。
無駄遣いなんてしないから十分足りるのに。
次の任地に急かされていたようだったが、俺の大会直前まで付き添ってくれた。
本当にありがたい。
俺一人だけなら、受付だって宿の手配だって大変だったと思う。
心細くて、試合前のメンタル自体が低下していただろう。
更に移動で実力が落ちるとは思ってもいなかった。
そんな初歩的なことすら知らずに大会に挑んでいたら、良いところを見せることなく負けていただろう、ということが容易に想像できる。
あと四日。
ダンディーが俺にしてくれたことに感謝しながら、全てを大会で出せるように決意するアーロンだった。




