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3 対価


 ダンディーがやってきた翌朝、アーロンは庭で木刀を一生懸命振っていた。

 一生懸命。

 一生懸命。


 何本も何十本も。何百本、そしてノルマの二千本。

 毎朝の日課。


 昨年、ダニエルに負けてから、毎朝の素振りを千本から二千本に増やした。

 今年は絶対に勝つ。

 勝たなければならない。


 今年で最後なのだから。



★★★



「今までの調査員から、アーロンに手伝って貰って助かっていると聞いているよ」

「……」

 朝食中にダンディーがアーロンに話を振る。


 アーロンは、咀嚼するのに時間がかかっているふりをして、時がダンディーの発言を消してくれるのを待つ。


「今回もよろしく頼むね」

 当然のような言葉が後を継いだ。


「……」

 アーロンにはイエスと答えたくない気持ちがある。


 そんなアーロンの気持ちを察したのか、父、アントニオが命じた。

「アーロン、いつも通り調査員(ダンディさん)のお手伝いをしなさい」

 アーロンが持つスプーンと口の動きが止まる。


「アーロン、さっそく今日から手伝ってくれないか」

 ダンディーが再度声を掛ける。

 断られることを考えていない頼み方だ。

 アーロンには、朝食後早速手伝え、という言葉に聞こえる。



 アーロンは、言うべきか言わないべきか、心の中で何回も何回も考えていた言葉を漏らすように言った。

「父さん、ダンディーさん、大会が一か月後なんだ。それまでは一生懸命練習させてくれ」


 アントニオの顔が曇る。

 毎日一生懸命けいこを続けている姿をアントニオはもちろん、家族全員が見て知っている。

 ただ、墓守人の家族として、仕事を投げ捨てて訓練をするほどの熱意だとは思っていなかっただけだ。

 アーロンは将来墓守人になることを心に決めている。

 しかもそのことは、公然の秘密となっている。

 ここ最近、墓守人よりも目指したいものができただけなのだ。


「アーロン、お前が大会に力を入れているのは分かる。しかしうちは墓守人なんだ。調査員に協力するのは国からの命令であり、私たちの仕事なんだ。この立派な食事も墓守人だから食べられているんだよ」

 アントニオが優しく説く。

 立派な食事と言うけれど、多分それほど立派じゃない。

 下を見れば切りがないけど。



「アーロンは、何の大会に出るつもりなの」

 疑問符の付いた顔でダンディーが問う。


「剣術の大会に決まっているじゃないか」

 さも当然というように、アーロンは答える。

 剣術大会は、この村の一大イベントだ。みんな知っていて当然の大会だ。

 そのため、ダンディーも知っていて当たり前、という気持ちで話していた。


「大会で勝つと、何か欲しい商品が貰えるのですか」

 見当違いの推測を口に出すダンディー。

 だが、アーロンにとっては、それほど見当違いと言う訳でもない。


 アーロンはお金で買えないものが欲しいのだ。


「優勝したって大したものは出ないよ。俺は騎士見習いになりたいんだ」

 アーロンは表向きの理由を答える。


「騎士見習いになるって何ですか」

 ダンディーの疑問は続く。


「村の大会で優勝して、州大会で良いところまでいけば、騎士の練習生としてスカウトされるんだよ。州大会で優勝すれば間違いないんだろうけど」

 アーロンはダンディーに説明した。


「騎士になりたいんですか」

「できればね。でも、とりあえず候補になればそれでいいんだ。うちの村から騎士どころか候補になった奴は誰もいないんだから」

 アーロンは本音を隠して答えた。

 本音なんて、親や妹のいるところで言いたくない。

 本当のことを言えば、絶対に手伝いをさせられる。


「村の大会って、どんな人が出るんですか。昨日稽古していた人たちですか」

「もちろんそうだけど、大人は出ない。俺くらいの歳の奴だけだよ」


「ダンディーさん、この子は昨年村の大会でまぐれ勝ちして、準優勝したために夢を見てしまったようなんです。結局同い年の子が優勝したんですけどね。その大会に出られるのが、十五歳になる今年が最後なんですよ」

 アントニオが説明する。


「まぐれでも決勝まで行ったんだし。そりゃ去年はダニエルには敵わなかったけど。結局優勝したダニエルは州大会に出なかったんだから、俺を州大会に出してくれてもいいのに、この村の上の奴らは俺を推薦もしないし」

 村への批判をするアーロン。

 今年こそダニエルに勝って州大会に行く。

 それが最低限であり、一番の目標。



「昨日練習していた子供たちの中に、ダニエル君はいたのかい」

「いたよ。大人と練習していたんだ。あいつは自分の家に練習場があるから、俺と違っていつも好きな時に好きなだけ稽古しているんだよ。そんなのずるいよ。村長の息子に生まれただけで、好きな時に好きなだけ練習できるんだよ。そりゃ強くもなれるさ。俺なんか訓練場を、地域が指定された日にしか練習できないし、それだって昨日は途中で切り上げさせられたし」

 アーロンは、ちくりとダンディーに嫌味を言う。

 大切な稽古時間を減らされたのだ。

 少しくらい嫌味を言ってもばちは当たらないだろう。



 ダンディーは、少しだけ考えこんだ。

「私の調査の手伝いをきちんとしてくれるのなら、村の大会で優勝できる程度に教えてあげてもいいよ。どうする」



 アーロンは何を言っているか理解するのに数瞬を要した。

 (馬鹿かこいつ? あのダニエルに勝つ程度だと)


 アーロンは、本音を言えばダニエルに勝てる気がしないのだ。

 体の大きさ、力の強さ、そして豊富な練習量。

 (俺のどこに勝てる要素があるんだ)

 (しかし、その全てを覆して俺は勝ちたい)

 勝ちたいと思っているから、アーロンは毎朝二千本の素振りを自分に課している。


 それなのに、この素人は、あっさりと優勝させてやる、と言った。

 (こいつも言っていたじゃないか。自分には才能がないと。そして剣術ランクはないと。それなのにあれほど強いダニエルに勝たせてやるだと? )


 昨年、年上の相手に勝てたのは、親父の言うとおりまぐれだろう。

 そしてダニエルが優勝したのはダニエルの実力だろう。

 昨日だって、本当はダニエルに負けるのが怖くてダニエルと剣を交わせなかったのだ。

 手の内を明かさなければ、もしかすると勝てるかもしれない、というわずかな希望にすがって、おびえながら避けていたのだ。


 ただ、まぐれでもいい。

 一生の間に、ダニエルに一回しか勝てないのなら、大会で勝ちたい。

 幸運が重なって大会でダニエルに勝てたなら、州大会に出られる。

 たった一回、ダニエルに勝てればそれが叶うかもしれない。



「そんな、簡単な口約束なんて信じないよ。剣術のランクすら持ってない人が、どうやって俺をダニエルに勝てるようにするんだよ」

 自分の心の弱さが見えないように虚勢を張る。

 いずれにせよ、ダンディーがアーロンに何を教えようともダニエルに勝てるわけはない。

 勝ちたいけど、どうやれば勝てるのか全く持って分からない。

 ただただ昨日と同じ練習をして、いつの間にかダニエルより、少しだけ強くなっていることを願う毎日なのだ。



「今の私には、剣術ランクはないけど、剣術の稽古は何十年もしてきたから。才能が無くても強くなれる方法は知っている。もしキチンと練習して優勝できなかったら、私が口利きをしてあげようか。アーロンが希望する騎士見習いに」


 (こいつは何を言っているんだ。ダフネには、才能はなかったと言っておいて、こいつから教えて貰えれば、村の大会優勝? 勝てなければ騎士見習い? そんな都合のいい話があるか)


「そんな嘘吐いてまで俺を手伝わせたいんですか? そもそもその話が本当なら、今すぐ俺を騎士見習いにしてくださいよ」

 本当は騎士見習いに興味なんてないはずなのに、話の流れでダンディーに詰め寄るアーロン。

 昨日初めて会った人間が、騎士見習いにしてくれるだと? 

 そんな虫のいい話があるか。

 絶対に嘘だ。


「あんまりその伝手は使いたくないんだな。そもそも実力がないのに騎士になっても辛いだけだよ。それより村で優勝する方が簡単だと思うけどな」


 そんな、村で優勝する方が、二言三言伝手を使って話すよりも簡単だって?

 アーロンの大きな悩みが、ダンディーには簡単なことだって?


「ダンディーさん、いくら小さな村とは言っても、簡単に優勝することなんて出来ませんよ」

 流石にアントニオも一言言った。


「昨日訓練風景を少し見ましたけど、一週間あれば多分勝てますよ。一か月あれば間違いはないかと思いますが」

 事もなげにダンディーは言った。嘘を吐いているという口ぶりではない。

 ただダンディーの言っていることが、普通に信じられないだけだ。


「昨日の稽古の中に、E級の人がいたんだろ」

「ああ、ロベルトさんなら毎日あそこで教えているよ。もちろん昨日もいたよ」

「じゃあ多分大丈夫だよ。その代わり、私の調査を手伝ってくれよ。私はアーロンに剣術を教える。アーロンは私の調査を手伝う。それが私への対価だ」


 アーロンは納得できないまま墓守人の仕事として調査員を手伝わされることになった。


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