29 準決勝の波乱
名前を呼ばれ、開始線に立つアーロン。
対戦相手は女子のミランダ。
ミランダへの応援がすごい。
俺にはたくさんの応援は要らない。一人からの応援があればそれでいい。
ミランダはヤーニャ地区の子だったか。
ウンベルトに勝ったということは強いんだろう。
期待もされているようだ。
だが俺には関係ない。
ここで優勝しなければ、俺の人生は終わる。
もう少し、ダンディーも気を使って欲しかった。
魔法を掛けるとか言っていたけど意味が分からない。
昼休憩で体力は回復したけど、何が魔法なのかがさっぱり分からない。
とりあえず勝ってはいるけど、何が魔法なんだろう。
多分、魔法と言っておけば気分よく試合ができると思って行っているんだと思うけど。
プラセボ効果を狙っているんだと思う。
そんなもので勝てるなら苦労はしない。
目の前のミランダに勝たないと、優勝どころかダニエルにも届かない。
★★★
「お兄ちゃん、準決勝まで来ちゃったよ」
「そんなのお昼食べる前から分かっているじゃないのよ」
「でも試合を見ると、ちょっと違うじゃない。モニカは本当の妹じゃないから緊張しないんだわ」
「こんな時にマウント取るなんて、ダフネも女のいやらしさ出ちゃってるわよ」
「そんなことより、お兄ちゃん勝っちゃったらどうしよう」
「私だったら、お祝いのチューしちゃうけどね」
「えー、お兄ちゃんにだよ」
「お兄ちゃんだからできるんじゃないのよ。恋人同士ならキスしなきゃならないでしょ」
「キスもチューも同じでしょ」
「もうダフネはお子ちゃまなんだから。キスは恋人にのみ認められた濃い奴。チューは、唇を軽く触れ合わせるだけの簡単なものよ」
「濃い奴ってどんなことするのよ」
「こんなところで、それ言わせるの? 私がお兄ちゃんにしてもいいの? 」
「モニカ変態。どんなこと考えてるのか分かったもんじゃないわ」
「そんなことよりお兄ちゃんの試合始まっちゃうよ」
「なんか胡麻化された感じ」
(モニカがお兄ちゃんにしたかったのはチューなのかキスなのかどっちなんだろ)
ダフネはモヤモヤを抱えたままアーロンの試合を見ることにした。
★★★
「試合開始、始め」
ミランダとアーロンの試合が始まった。
お互い中段に構え様子を窺う。
先に動いたのはアーロン。
「やあ! 」
前に出るアーロン。
ミランダの手の内は分からないが、とりあえず前に出て剣を振る。
アーロンの動きに合わせてミランダも動く。
剣の軌道を読み、自分の剣をその軌道に持っていきながらアーロンの剣を躱そうとした。
パ、パン!
「一本! 」
アーロンの面が決まった。
ミランダは鼻の奥から血の香りを感じた。
ミランダは崩れ落ちそうになる膝に力を込めて、直立を保つ。
鼻の下を軽くぬぐって、鼻血が出ていないことを確かめる。
(なぜ? 私は剣の軌道を読み、相手の剣に自分の剣を当てて軌道をずらしたはずじゃなかったの)
ミランダは、脳震盪を起こしている頭で結果に至る過程を思い出そうとする。
(確かにアーロンの剣は早かった。私の防御の剣が間に合わないかと思うくらい。でも何とか間に合ったはずだし手ごたえもあった。それがなぜ私の面に届いたの)
ミランダの頭に疑問だけが並ぶ。
ミランダの剣はアーロンの剣の軌道に入り防御していた。
ただ、単純に防御が弾かれて面が入ったのだ。
きつい一発を貰った。
ポイント以上にやばい一発だ。
このまま試合を続けたら、絶対に負ける。
ミランダは今日の試合で初めて負けることが頭によぎった。
今までの試合、ウンベルトとの試合も含めて一切負けるということを考えることもなかったのに。
たった一発を貰っただけで、アーロンに勝てないかもしれない、と思ってしまう。
「ミランダ選手、開始線に戻って」
審判に促される。
とっくにアーロンは開始線に戻って再開を待っている。
膝に力が入らない。
少しでも時間を稼がないとさっきの二の舞どころか、それ以上にあっさり負ける。
「済みません、さっきの面で防具がずれました。直していいですか」
許可を貰い、防具を着け直すミランダ。
呼吸を整える。
ゆっくり、しかし遅延行為にならない程度に時間を稼いで回復に努める。
アーロンの試合、今まですべてが秒殺と聞いていたけど、相手が弱かったんじゃなくて、アーロンが強すぎたのだと理解した。
貰った面の衝撃、師範と練習していても、ここまでのダメージは記憶にない。
自分が何をすべきか、どうすれば勝ちにつなげられるか。
少し時間を稼いだおかげで、多少はまともに体は動くようになった。
ただ、頭がはっきりしない。
もう少し時間を稼ぎたいが、もう時間を稼ぐことは出来ない。
試合中に回復するしかない。
自分がこれから行う行動を頭の中で反復する。
その頭にある技のデータを体に打ち込む。
審判の再開の合図で、そのデータを実行することにしよう。
その間に頭と体の回復を行う。
ミランダは開始線に立つ。
「二本目始め」
ミランダからすると無情とも思える再開の声が響く。
体は十分じゃない。
しかし、これからもこんなことはたくさんあるだろう。
そんな乗り越えられるはずの、たった一つのピンチに違いない。
(ポルドー流疾風剣! )
ミランダは自分に喝を入れた。
ミランダの体は、事前に打ち込まれたデータを正確に実行する。
今まで積み重ねてきた修練の賜物だ。
頭が多少はっきりしていなくても、体が今までの会得した技術を完璧にトレースする。
ミランダの手首を起点として連続技が起動する。
ミランダの木剣がアーロンの木剣を左に払う。
左に流れたミランダの剣は反転して右に返りながらアーロンの右手首を狙う。
そして右手首にヒットすればそれまで。もし右手首の当たりが弱かったり躱された時は、そのまま面を狙うつもりだ。
ミランダによってアーロンの剣はアーロンの右側に流された。
ミランダの剣がアーロンの右手首を襲う。
アーロンの剣先はミランダの払い技に流されて斜め下を向いている。
ミランダの払い技は、そこまで払うことを想定していない。
剣先を数十センチ動かす程度の力で払ったはずだ。
しかし、ミランダの払い技に抵抗することなく、アーロンの剣先は水平を通り越して、地面の方に近いところを指している。
アーロンの右手首を狙ったミランダの剣は、斜め下を向いているアーロンの剣に阻まれた。
「ちっ」
ミランダはアーロンの剣によって防御されたことに苛立ちを覚える。
頭がはっきりしないせいで強く払い過ぎたのか、と疑問を持ち、自分の腕の感触を確認する。
いや、払った力は適正な範囲だ。
なぜそこまでアーロンの剣が吹き飛んだ?
ミランダの剣は、予定通り次の行動に移ろうとするが、アーロンの剣の動きに阻まれて止まったままだ。
連続技だが、アーロンの剣にコントロールされているのか次の技に進むことが出来ない。
アーロンの剣はミランダの剣をなぞりながら流れるように上段に掲げられ、そのまま振り下ろされる。
パン!
「一本、それまで」
ミランダが動かない。
「両者開始線に戻って」
審判が指示する。
アーロンはすぐに開始線に戻るが、ミランダはなかなか動かない。
「ミランダ選手、戻りなさい」
審判に名指しされて、やっと動き始めるミランダ。
「アーロン選手の勝ち」
審判が勝ち名乗りを上げる。
軽く礼をして試合場を出る二人。
「ミランダ、よく頑張った」
「お疲れ、ミランダ」
「準決まで残っただけで十分だ」
ミランダを称える声が会場を包む。
ミランダは負けたことが信じられず、防具を外すことも忘れている。
「ヤーニャ地区から準決勝二人も出たんだ。立派なものだ」
「お前たちはヤーニャの誇りだ」
「今日は帰ったら祝勝会だ」
ヤーニャ地区の者たちは、ミランダを心からねぎらう。
そのねぎらいはミランダ耳に届いていなかった。
「アーロン、全試合秒殺じゃないか」
「いや、相手が全員弱かったんだよ。組み合わせじゃないか」
「さっきの剣なんかよく見えなかったよ」
「あれって狙ってやったわけじゃないだろ。たまたま面と狙おうとしたときにミランダが余計なフェイントを入れて面ががら空きになっただけだろ」
「そうだよな、たまたま決まっただけだよな」
「実力以上の成績には間違いないよな」
ミランダに対して、アーロンの評価は非常に悪かった。
試合を見ていた観客たちは、アーロンの実力を知っているだけに、アーロンの試合結果を素直に受け止めていた者はいなかった。




