23 三試合目
試合場は全部で四面ある。
その中の第四会場が妙な雰囲気に包まれている。
観客も他の試合場と比べてかなり多い。
観客のほとんどが、アーロンの試合を見るために集まっている。
「一体ここはどうしたんだ」
大会役員であるロベルトが第四会場の責任者に尋ねる。
「いや、去年の準優勝者がすごい強さで勝っているものですから」
「それだけでこんなに盛り上がっているのか」
「普通じゃないんです。シードされているので二回戦から出ているんですが、二回戦も三回戦も秒単位で勝っているんですよ」
ロベルトは首を傾げる。
秒単位で勝つなんてことは、たまにあることだ。
しかも対戦相手に恵まれれば、それが続くこともあるだろう。
「それだけで? 」
「相手とのレベル差が激しいんですよ。どちらの試合とも相手はまともに剣を振らせても貰ってないんですよ」
「レベル差と言ってもなぁ」
理解できない。
子供の試合なら多少のレベル差があって当たり前だ。
それがここまで熱気を作り出しているのか。
「ロベルトさんも見てみたらいい。次の相手はサウロだ。普通に強いと思うけどね」
第四会場の責任者は見てみろという。
サウロなら知っている。イナーク地区の子供だ。中央自警団の訓練にも普段から顔を出している。
今年は優勝するんだ、と言っており、稽古をつけて欲しいと頼まれている。
ダニエルには及ばないが、決勝に残っても不思議じゃないくらいの強さはある。
彼を基準にすれば、相手の強さが分かる。
去年の準優勝者って誰だった? アーロン?
記憶を手繰り寄せる。
去年の優勝者は村長の息子であるダニエルだった。
一つ上の子供たちにも引けを取らず優勝したのは覚えている。
準優勝者? アーロン?
記憶が定かじゃない。
弱い奴がまぐれで勝ち残ったんじゃなかったか。
どんな奴だった?
名前はアーロン?
そう言えば、ダニエルと同い年だったような気がする。
同年代対決だったという記憶はある。
中央自警団にいることは知っているのだが、子供たちだとダニエル中心に教えているため、それ以外の子供だとよく覚えていないのだ。
うちには、ダニエル以外、ダニエル以上にセンスのある子供はいない。
かなりランクが落ちてウンベルトとか。
ロベルトはアーロンのことを思い出すのをやめた。
ほとんど覚えていないことに気が付いたからだ。
まず次の試合を見てみれば分かるだろう。
去年の準優勝者だ。
頑張って練習すれば、少しは強くもなれるだろう。
しかし、自警団の練習でも、そういう奴の記憶は全くない。
普通の子供と、それほどまでにレベル差のある子供なんて全く記憶にない。
しかも稽古をつけてやった記憶がない。
まぐれ当たりのまぐれ勝ちだろう。
★★★
「それではサウロ選手、アーロン選手前へ」
呼び出しがされた。
アーロンはサウロに続いて試合場に入る。
開始線の前に立つ。
会場を取り囲んでいる観客がざわめく。
他の試合場と比べて注目度が全然違う。
「それでは、サウロ選手対アーロン選手の試合を始めます。試合開始、始め」
審判が開始を告げる。
サウロはアーロンと間合いを取る。
サウロは様子を窺うつもりだ。
アーロンは落ち着いて相手を見据え、中段に構える。
前へ進め、だ。
アーロンが前に踏み込んで剣を上から振る。
サウロは踏み込みに合わせて後ろに下がり、上段からの剣を防御しようと剣を斜めにして頭上に掲げた。
パン!
アーロンの剣はサウロの小手を捉えていた。
「一本。開始線に戻って」
審判がアーロンの有効打を認める。
サウロが剣を落としてうずくまる。
「待て。サウロ、どうした」
審判がうずくまるサウロに駆け寄る。
「腕が痛い。剣が持てません」
「救護班」
審判が救護班を呼ぶ。
「アーロンは待て」
救護班がサウロの腕を診療する。
「ただの打撲ですが、防具の上から叩かれたので怪我と呼べるほどじゃありません。続行は本人次第ですね」
救護班は何事もなかったかのように審判に告げた。
「サウロ、どうする? 棄権するか? 」
「棄権させてください。この痛さでは試合に集中できません」
「サウロの棄権により、アーロンの勝ち」
審判がアーロンの勝利を告げた。
会場がどっと沸く。
「またかよ。クラッシャーだな」
「アーロンってこんなに強かったっけ」
「防具の上からの打ちで剣を握れなくなるなんてサウロビビったな」
「いや、本気で打たれたら、防具の上からでも怪我するぞ」
「普通は怪我しない」
「思いっきり叩いたら怪我するだろ」
「そりゃそうだけど、思いっきり叩くには溜が必要だろ」
「また秒かよ。しかも病院送り」
「病院に送ってないから。痛さで棄権しただけだから」
「防具の上から打って、棄権なんて初めて見たよ」
「アーロン、マジで容赦ねえな」
「いつの間にそんな強くなった」
「ダニエルにも勝っちゃうんじゃないか」
「それはないんじゃないか」
「でもダニエルだって、あそこまで鬼畜な勝ち方できないだろ」
★★★
(まさか、ここまでとは)
ロベルトはアーロンの試合を見て寒気を覚えた。
あの年で、あれほど剣を振れる者を見たのは、昔受験した剣術ランク試験以来だ。
あの時は、騎士養成校に入学したばかりの学生を相手にさせられた。
剣術ランク試験は、受験者同士の試合の対戦のほか、騎士養成校の学生たちと模擬戦を行う。
騎士養成校の生徒達との模擬戦での勝敗は合否に影響しない。
ただ試合内容だけが合否に影響する。
今のアーロンは騎士養成校の学生に近いレベルだろう。
当時のロベルトでは騎士養成校の学生には勝てなかった。
ほとんどの受験者は学生に勝てなかったが、学生に勝った受験者は当然のように合格していた。
もっとも、剣術ランク試験の模擬戦で受験者に負けた学生は後日退学させられたと聞く。
当時の受験がトラウマになって、D級試験を受けずに今に至るのがロベルトだ。
今の強さはD級クラスにはなっているだろうが、あの試験を思い出すたびに、D級試験を受ける気になれないのだ。
(どうやって、あそこまで強くなった。それほどの強さを、なぜ俺が知らない)
ロベルトは試合会場を取り囲んでいる観客を一瞥する。
(この中に、こいつの師匠は居るのか? 独学でここまで強くなれるはずはない)
アーロンを見ている観客の中に、見知らぬ者の姿は見つけられない。
(こいつに剣を教えた奴は誰だ。どのレベルの剣士が教えればここまで強くなれるんだ)
ロベルトは、昔のトラウマを思い出しながら、第四会場の席を立った。
★★★
「ちょっと、お兄ちゃん負けそうにないんですけど」
「そーですね」
「マジで困るんですけど」
「うちのお姉ちゃん? 」
「それもだけど、うちのお兄ちゃん目立っちゃうとファンができて困る」
「どうかな。あの可愛い顔でえげつない剣を振るうんだから。逆に引いちゃうんじゃない」
「そうならなかったら困るのよ。それに何よ。えげつないって」
「ダフネだって、さっきまでは強すぎて引く、とか言っていたでしょ」
「私は良いの。妹だから」
「私だって、気持ち的には妹だけど」
「お兄ちゃんに妹は二人も要らないの」
「いいじゃん。私にお兄ちゃん居ないんだから。代わりにお姉ちゃん貸してあげるから」
「だから要らないってば」
「ひどーい。あんなお姉ちゃんでも妹には優しいのよ。美味しいもの食べさせてくれるし」
「いいもん。私にはリサもいるし、村の優しいお姉さんたちが美味しいもの食べさせてくれるから」
どうでもいい話で盛り上がるダフネとモニカ。
「そんなことより、どうやったらお兄ちゃん負けるかな」
「今までの試合見ていたら、負ける方が難しくない」
「だから困ってるのよ」
「まあ、うちのお姉ちゃんが、一言『つきあうから棄権して』って言えば負けるんじゃない」
「だから、それが一番嫌なの」
「どう見ても怪我しない限り負けそうにないよね」
「ブー。なんでここまで強くなったんだろう」
「あの調査員のおかげじゃない」
「だよね。ここまで強くしなくったっていいじゃないの」
「でもお兄ちゃん(仮)、最近体つきがワイルドになってきたわよね」
「そうなのよ。顔と体がアンバランスなのよ。それが良くて」
「妹のくせに変態」
「話振ってきたのはモニカでしょ」
「私はお姉ちゃんから聞いた話も入ってるの。それにどこでお兄ちゃんの裸なんて見てるのよ」
「えっ、普通にお風呂入る時とか、上半身脱いでるよ」
「今度泊まりに行っていい? 」
「そんな不純な動機は認めません。それにモニカやアイネをお姉ちゃんって呼ぶのも嫌だし」
ここに少なくとも二人、アーロンの優勝を望むどころか、試合や優勝がどうでも良い人間がいた。




