2 ダフネの調査(チェツク)
「今日もダフネちゃんは可愛いね。特別にドーナツあげちゃう」
いつも元気なリサが、妹のダフネにドーナツをサービスする。
「わーい、ありがと。リサお姉ちゃん」
ダフネが、リサに抱き着いて喜びを表す。
この『美味しい肉屋さん』の看板娘リサは、昔からアーロンの妹であるダフネを特別扱いして甘やかしている。
『美味しい肉屋さん』は肉屋、と言っても惣菜などの食料品も扱う。
更にイートインコーナーもあり、村の女性が集う場にもなっている。
もちろんダフネがもらったドーナツは、リサの作った売り物だ。
美味しいおやつを貰ってダフネはご機嫌だが、いつも特別扱いしてもらうのは気が引ける。アーロンが。
「いつも悪いなリサ」
「良いってことよ。ダフネちゃんは私の妹みたいなものだから」
白い歯を見せて笑うリサ。
「今日は王都からお客様が来たから、なにか適当なお肉見繕ってくれ」
「うちに適当なお肉はありませんよー。美味しいお肉しかありませんから。今日のおすすめは、さっき入荷したばかりのホロホロ鳥でーす」
そう言って、重そうな包みを渡すリサ。
二・三日は食べられそうな分量の肉を渡される。
「そしてサービスに、ビッグベアのジャーキーも付けまーす」
追加で小さな包みを渡される。
これは親父とお客のつまみになりそうだ。
「最後にダフネちゃんには、お母さんとお兄ちゃんと一緒に食べる用のクッキーをあげまーす。お家に帰ってからみんなで食べてね」
ダフネにも小さな包みを渡すリサ。
リサに追加でおやつが渡された。
「リサお姉ちゃん、いつもありがとう。大好き」
再度リサに抱き着くダフネ。
「お姉ちゃんもダフネちゃんのことが大好きだよ」
ハグを返すリサ。
「さあ、ホロホロ取鳥の鮮度が落ちるから、寄り道しないで帰るんだよ。じゃあね」
お土産攻撃の後は自宅に帰るだけだ。
『美味しい肉屋さん』の帰りは、寄り道するところが限られてくる。
肉の油が付着した荷物を持っていると、間違ってもアイネの家である雑貨屋には立ち寄れない。
アイネの雑貨屋では、本を取り扱っているからだ。
商売道具の本に油を付ける訳にはいかない。
本当は訓練後にアイネの雑貨屋へ寄るつもりだったのだが、村長の呼び出しにより予定が狂ってしまった。
『美味しい肉屋さん』に寄る前に雑貨屋へ寄ればよかったのかも知れないけど。
ただ、先にアイネの雑貨屋に寄ると、お肉を買うには道を少し戻ることになる。
村の中心部から自宅までは遠いので、道を戻るのはダフネが嫌がるのだ。
そもそも、今の時間だとアイネは店にいないことを、一瞬忘れていたアーロンだった。
(仕方ないか)
妹の笑顔を守るのも兄の務め。
(次来た時に寄ればいいか)
「リサ、ありがとな。また来週来るよ」
そう言って店を離れる。
ダフネは大きく手を振って別れを告げた。
★★
「ところで、宿まではどのくらい掛かるんだ」
「宿? 宿は村の中心部にしかありませんよ。ユダの墓所まで村の中心部から遠いので、ユダの調査員は、ほとんど全員うちに泊まります。家までは歩いて一時間くらいですね」
ダンディーの質問に、スタスタ歩きながら答える。
「へえ、そうなのか。てっきり宿に泊まって、調査の時だけ墓守人の家に行くものだとばかり思っていたよ」
「お母さんの料理は、とっても美味しいんだから。『カリブの王様亭』よりも美味しいんだから。前の調査員がそう言っていたわ」
お肉を持っているせいか、ダフネの頭には夕飯のことしかないようだ。
「カリブの王様亭って何? 」
「この村一番の居酒屋兼宿屋です。この村で集会するときに、よく使われるところです」
アーロンは答えた。
「私には関係なさそうなところだな」
「そんなことありませんよ。村長が調査員の方が来るたびに、王都の様子を聞きたがるので、時々呼ばれますよ」
「そうか。そういう面倒なことを早く聞いてよかったよ。私は時間を無駄にしたくないから、そんな呼び出しがあっても適当な理由を作って断ることにするよ」
そんなこと無理なくせに、とアーロンは思った。
時間を無駄にしたくないのは俺も同じだ、と思う。
今の歳でC級調査員というだけで、この男の言葉に信用がないんだ。
時間がもったいないなんて、その歳でC級の調査員の言う言葉じゃない。
ここにはたくさんの調査員が来ているんだ。
C級であなたよりも歳を喰った人はいなかったよ、と心の中でディスリスペクトを吐く。
ダンディーの、格好をつけた言い回しに気分を害したアーロンは、自分の心のモヤモヤを心の中で整理した。
ちょっとイラついてしまった。調査員はお客様。
こういった調査員が来るため、うちには定期的にお金が入ってくる。
しばらくの間接待してやれば、調査員は王都に戻ってから良い評価を付けてくれる。
その評価がお金につながる。例えユダだとしても。
少し反省しよう、アーロン、と。
「お兄さん格好良いね。独身なの? 」
ダフネがダンディーに既婚か未婚かを尋ね始めた。
十二歳のくせして、ませたガキだ。
村の独身女性達は、調査員が来ると既婚か未婚か知りたがる。
あわよくば、結婚したい、と言うことだろう。
調査員がうちに泊まる度に、適齢期の女性から聞かれるから、こいつは無垢な子供の振りして尋ねているのだ。
「独身だよ。そうじゃなきゃ好きな仕事続けられないからね」
無警戒に答えるダンディー。
独身という情報を得て、ダフネが心の中でニヤリとしていそうだ。
「どんな女の人がタイプなの」
これまたストレートに聞くな。
このC級調査員が簡単に個人情報を漏らす、チョロい男と思っているのだろうか。
「お嬢ちゃんのような可愛い子が好みだよ」
笑顔のまま答えるダンディー。
どこまで本気なのか、表情だけでは分からない。
本当にロリコンだったらどうするつもりなんだ、わが妹よ。
「嬉しい。じゃあ、さっき肉屋さんにいた女の人はどう」
わが妹ながら末恐ろしい。
一回はぐらかされても、途切れずに情報収集を続ける。
これから家に着くまでの一時間を掛けて、C級調査員は丸裸にされるのか。
「さっきの子よりもお嬢ちゃんの方が可愛いよ。そうだな、あえて言えば、あまり噂話をしないような大人しい女性が好みかな」
軽くジャブを喰らうダフネ。
バレてるじゃん
心の中で笑う。
心の声が伝わったようで、ダフネに一瞬睨まれる。
この調査員、結構良い性格してる。
ダフネに一撃喰らわせた調査員を初めて見たよ。
「ふ~ん、家庭的な女の人が好みなんだ」
妹の一言に、本気で吹き出しそうになる。
この変換能力の素晴らしさ。
相手がこのまま否定しなければ、この会話も村の女性達に情報として提供するつもりなのだろうか。
「お兄さんは剣術強そうに見えるけど、ランクはどれくらいなの」
したたかな妹だ。
心の中を覗けないことが判明すると、その男の資産価値を丸裸にしようとする。
本当、女って怖い生き物だ。
「残念ながら、ランクは一切ないよ」
悲しそうに笑いながらダンディーが答える。
先程までの笑顔とは少し違う反応をした。
その反応の意味するところは、弱い自分が恥ずかしいのだろう、とアーロンは勝手に推測した。
その時は、師匠のことなんて、単なるC級調査員の文官としか認識していなかったから。
「そうなんだ。身体が大きいから剣術強いかと思ったのに。腰の剣、なんか小さくて見たことのない形していて可愛いですね」
「ああ、これは護身用だよ。異国の剣でね。剣が長いと旅に不便だから、このくらい短い方が丁度いいんだよ」
そんな答えでも、村の女性たちには貴重な情報となるだろう。
異国に行ったことがあるか、異国のものが好きなのかは、今後ゆっくり調査するのだろう。
「私には剣術の才能はあまり無いみたい、だったようでね。」
ダンディーが言い訳がましく言葉を続けた。
ダフネの言った通り、見た目だけは強そうに見える。
もしも、アーロンにC級調査員ダンディーのような大きな体があれば、ダニエルに勝てるかもしれない、と思う。
この体で、きちんと剣術をしなかったのは非常にもったいない。
こんな恵まれた体で調査員なんていう仕事をしているなんて。
やはり変な奴だ。ユダに来るだけある。
「そんなことないですよ。この村で一番の剣士だって、E級でしかないんですから」
アーロンは墓守人の家族としての義務だと思って、慰めのような言葉を掛ける。
そんなE級の足元にも及ばない自分は何なんだろう、と思いながら。
王都にいる騎士たちのランクはどれくらいなんだろう。
最低でE級なんだろうか。
それとももっと上なんだろうか。少しだけ意識がダンディーから離れた。
「ここの指導者はE級の剣士なんだ。きちんと訓練して、E級のランク試験を受けているから立派だよ」
剣術は国家資格でランクが設けられている。
うちの村は田舎だからか、最高でもE級の剣士だが、それでもアーロンから見ると滅茶苦茶に強い。
そのE級剣士がうちの村の剣術師範代だ。
もちろん村で一番強い。
「普段は王都に住んでいるんですか」
アーロンのリカバリーを無視してダフネが調査を再開する。
「昔はね。今は調査で国中いろんなところを転々としているよ」
「一度は王都行ってみたいです。きっと町がキラキラしているんだろうな。美味しいものもいっぱいあって、お洋服もたくさん売っていて。騎士様も普通にそこら辺を歩いているんだろうな」
「まあね。人がたくさん住んでいるからね」
「ここの前は、どこで調査していたんですか」
「キノルっていう町でね。そこは魚が旨いんだ」
二人は延々と、アーロンにとってはどうでもいい話をしている。
ダフネにとっては一時間程度じゃ足りないだろう。
もっとも、家に着いてからも調査は続行されるのだろうが。
読んでいただきありがとうございます。
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