15 ファーストキス
「アーロン、顔が腫れてるよ」
「これでアイネを守れたんなら安いもんだよ」
強がりを言う。
左目が開かなくなってきている。
自分の脈に合わせて腫れているところがズキズキ痛む。
しかし、アイネを守れたという満足感から、心地よい刺激として感じる。
「ちょっと泉に行こうよ。少し冷やさないと」
アイネの言葉にアーロンは頷く。
ウンベルトの兄であるエリオドロに剣の技術では勝った。
途中経過で、体力や喧嘩の部分では負けてしまい、こんな傷を負うことになってしまった。
殴られる前、エリオドロは左手首を骨折していたはずだった。
それでも右手だけでアーロンを殴っていた。
骨折しておらず、最初からあのスタイルで戦われていたら負けていたのはアーロンだったことは充分に分かっている。
相手を知って自分を知る。
そんな感じのことをダンディーに言われていたことを思い出す。
その時は嫌な奴だと思っていたけど、こんな基本的なことを忘れていた自分が、ただの間抜けに見える。
最終的には勝ったものの、怪我を負うようではギリギリでの勝利に過ぎない。
大会では問題にならない部分であるが、こういうところが自分の弱いところなんだ、と気付かされた。大会までには修正したいと思う。
「そうだね。少し冷やすか」
顔よりも、頭の中身を冷やす必要がある。
つい数分前まで、死ぬつもりで戦っていた。
頭がすっかりヒートしている。
アイネが絡んでなければエリオドロなんかと戦うどころか接点も持ちたくなかった。
それでも、エリオドロが絡んできたおかげで、アイネに心の内を少しだけさらすことができた。
揶揄われたら、誤解だと言える範囲内で。
誤解だとはアイネに言いたくはないが。
★★★
アイネがハンカチを泉に浸す。
そのハンカチを俺の傷に当てる。
ハンカチに俺の血が付いてしまうだろう、と思うが、黙ってアイネのやることに従う。
ハンカチが少し温まる度にアイネがハンカチを洗って冷やす。
俺の言葉に嘘はない。
アイネやアイネの家族に手を出そうものなら俺はエリオドロを殺してでもアイネの平穏な日常を守る。
エリオドロの仲間が来ようと同じことだ。
却って、エリオドロが手を出してくれた方が俺は嬉しい。
なぜなら、合法的にアイネのそばに居られるからだ。
泉の近くのベンチに腰を下ろし、俺はアイネの看護を受けている。
少し腫れが引いてきた。
脈打つ感じが減ったのだ。少し残念だ。
アイネのために作った傷がいとも簡単に消えてしまうのだ。
一生とは言わなくても、ここ数週間残っていてくれてもいいのに。
ただその腫れをひかせたのもアイネだということ。
「アーロン……」
アイネがハンカチを俺に当てながら俺の名前を呼ぶ。
アイネの眼差しが少し潤んでいる。
「アーロン、ありがとね」
俺はストレートなアイネの謝意を浴びて、すっかり固まった。
そんな泣くほど嬉しかったのかよ。
「アーロンがいなきゃ、エリオドロに何されていたのか分かんないよね」
「アーロンの気持ちも嬉しかったよ」
アイネが続ける。
ドキッとするアーロン。しかしそれに対する有効な言葉を持たない。
アイネが両手をアーロンの後頭部に回す。
アーロンの腫れた左目の付近にキスをする。
「素敵だったよ」
そう言って、目を瞑り、アーロンに唇を突き出してくるアイネ。
周囲を見回しても、人気はない。
これはキスをしてもいい、ということなのだろうか。アーロンは自分に問いかけた。
「……」
数秒のうちに答えは出た。
俺は勝ってアイネを手に入れる。
あんなエリオドロに勝ったくらいでアイネを手に入れてもしょうがない。
俺はエリオドロが居ようが居まいが、アイネを手に入れるのだ。
こんなその場の雰囲気に流されているようでは、アイネを手に入れてもあっさりと失うかもしれない、という恐怖も心の隅にあった。
エリオドロに勝ったことで、本番の大会での手応えを得た。
アイネを手に入れるのももうすぐだ。
こんな偶然で手に入れるんじゃない。
俺の力で運命を選択するのだ。
「アイネ、大会が終わるまで待ってくれ。俺は絶対に勝つ」
アーロンは深い決意を持ってアイネに伝えた。
「アーロン、待ってるわ」
アイネは短い言葉を返した。
アーロンは深い喜びを持って帰宅の途に就いた。
雑貨屋に寄ることなく。
アイネの表情に気が付くことなく。
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