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14 愛か否か


「アーロン、今日はうちに用事があるよね」

 アイネが詰め寄る。

 素直に嬉しい。

 元々学校帰りに立ち寄るつもりだったが、アイネから言ってくれるとアイネに対する好意を隠せる気がする。


「ああ、今日は帰りに寄るつもりだったけど」

 嬉しさを隠せないまま、ぶっきらぼうに答えるアーロン。


「じゃあ一緒に帰ろう」

 アイネと一緒に歩く。

 想像しただけで顔がにやけそうだ。


「ああ良いよ」

 ぶっきらぼうに答えると、アイネが腕を引っ張って帰りを促す。


 一緒に帰れるだけでなく、アイネとこんなに近くに居られるなんて幸せだと思いながら一緒に歩いていた。



★★★



「アイネ、そいつは誰なんだ」

 馴れ馴れしくアイネ呼び止める声がした。 

 振り返って声の主を確かめると、エリオドロと目が合った。

 エリオドロはアーロンを威圧するような顔をした。



「私に付きまとわないでって言ってるでしょ」

「だから、そいつは誰なんだよ」


 正直、村の中で一番相手にしたくない奴だ。

 村一番の不良、そしてウンベルトの兄貴でもある。

 しかし、アイネが絡まれている。

 アイネに絡むような奴なんて、村一番の不良でも許せる訳はない。


 しかし、ウンベルトに輪を掛けて面倒くさい奴で、しかも体がデカい。

 身長が百九十センチメートルで、体重は当たり前に百キロを超えている。

 

 正直アイネが絡まれていなければ相手にしない奴だ。


「俺はアーロンだけど、何か用事ですか」

「アーロン……」

「ふーん、年下か。今度はただのガキを騙してるのか」


 アーロンの怒りが沸点に達した。

「俺はアイネの同級生だけど、おっさんはそんな年下のガキにしか絡めないんですか」

「なんだ、お前はウンベルトとタメか。ふざけたこと抜かした罰にアイネの前で泣かしてやるぞ」

 エリオドロがガンをつける。

 アイネの前でそんなこと言われると余計に腹が立つ。

 そもそもエリオドロの喧嘩の方法は十分聞いている。

 形上は、剣術の稽古をしていることにするのだ。剣術の稽古なので、怪我をさせても稽古中の事故、そして何があっても合意の上でのもの。

 そう、剣術をいじめに使っているのだ。


 この方法は赤の他人だけじゃなく、身内にもやっているとウンベルトがこぼしていた。

 ウンベルトが時々兄であるエリオドロにやられているとこぼしているのを聞いたことがある。


 剣術上等。

 ここ三週間、ダンディ以外の相手と練習していないのだ。

 試合一週間前に実戦もいいだろう。

 ただ、エリオドロは、下手すりゃロベルトさんくらい強いという話もある。

 ただ、自警団に入っていないので、練習している姿は見たことがない。

 ウンベルトが『やられている』と言っていたのでウンベルトよりも強いことは間違いない。

 もしかするとこいつに勝てれば、ウンベルトはともかく、ウンベルトよりも強いダニエルにも勝てるかもしれない。



「まあ、口で言うのは簡単ですけどね。言うだけなら自分が泣くことはありませんから」

 やられた時のことは考えない。

 煽って実戦に持ち込む。

 これを本番の試合と思ってやってみよう。

 こんな不良にも勝てないようじゃ、騎士見習いにきっとなんてなれない。

 こいつに勝てなかったら、ダニエルにも勝てないかもしれない。

 勝てないのなら、『アイネのために戦って』死んだ方がマシだ。

 こいつに勝てなかったら死ねばいいだけだ。

 いずれにせよ、今度の大会で勝てなかったら俺の人生に意味はない。

 負けても死ぬまでやれば、多少の意味は残るはずだ。アイネの心に俺が少しは残るだろう。


「お前、生きて帰れると思うなよ」

 上等だ。

 意味のない人生を送るくらいなら、今ここで死んだ方が最高に幸福だ。



「ウンベルトが言ってましたよ。クソみたいな兄貴がいて困ってるって。体が大きいだけで頭の中身は空っぽなんですよね」

「ウンベルトは半殺し決定だが、お前は全殺し決定だよ」


「殺すんですか? 稽古じゃないんですか?」

 おどけたふりをするアーロン。


「もちろん稽古だろ。俺は稽古用の木剣しか持っていないからな」

 エリオドロは稽古用の木剣を構える。


 エリオドロは稽古はしないが、普段から稽古用の木剣を持っている。

 いつ、どこで喧嘩をしても稽古と言ってごまかすためだ。

 以前に喧嘩で相手を半殺しにして捕まって以来、こんな手段を使うようになったとウンベルトが言っていた。


 喧嘩上等。稽古上等。死んでも上等。勝てれば最高。

 いずれにしても死ぬ以外の負けは、アーロンにはない。


「奇遇ですね。俺も稽古用の木剣しか持っていないんですよ」

「そうか残念だな。仮に大怪我しても稽古中の事故になってしまうんだけどな」

「残念ですね。稽古をつけていたガキにやられて大怪我するかも知れませんからね」

 アーロンはアイネの前で精いっぱいはったりを噛ます。


「じゃあ、稽古だってことはアイネがちゃんと聞いているから早速始めるか」

「ちょっと待って下さい」。アーロンは関係ないです」

 アイネが慌ててアーロンとの関係を否定する。

 否定の言葉を聞いて寂しいとアーロンは思った。

 アイネのためなら何でもできる。

 アイネのためなら危険を冒すくらいなんでもない。


 よって、アイネの言葉を無視する。

「いつでもいいですよ。とっくに始まっていると思っていましたから」


 命懸けの稽古が始まる。

 木剣を握ってエリオドロに向かって構えると、それまでの不安や焦りが嘘のように消えていく。


「一丁前の言葉を吐けるのもこれが最後だな」

 エリオドロが上段から木剣を振ってくる。


 どうするべきか。


 アーロンはいくつかの選択肢を前に考えた。


 なぜなら遅い。

 エリオドロの振りが遅く感じてしまい、どう反撃するか考える余裕があるのだ。


 実際にはそんなに遅くない。

 ただ、剣を振る前からその全てが読めていたのだ。


 誘いか? 誘って何か仕掛けてくるのか?


 それともあの振りを避けた後に蹴りか何か入れてくるつもりなのか。


 ただ避けるだけにして様子を見るか?


 いいチャンスなのでとりあえず一撃入れてみるか?


 頭? 腕? 手の甲? 胴? 足?


 エリオドロの剣の軌跡を予想する。

 予想というよりも、いつ・どこを通るのかが見えている。


 自分の足法で右移動に掛かる時間、それに合わせて木剣を振り上げそして振り下ろす時間を考慮する。


 エリオドロの動きが誘いならそれでもよし。

 エリオドロが自分よりも強かったのなら死んでしまえばいいだけだ。


 腹を括った。

 頭の中で思い描いた通りの動きを開始する。

 いつもはリミッターが効いているように思い通りに動いてくれない体が、エリオドロの前だとなぜか自然に動く。


 良い距離、いいタイミングでエリオドロの右手首を叩く。


 バキッ。

「ギャッ」

 エリオドロが木剣を手から落としてしゃがみ込む。


 アーロンは木剣を構えながらエリオドロに近づく。


「お前、絶対許さねえぞ」

 片膝を地面に着いたエリオドロが下から睨みつける。


 アーロンはその言葉を無視して構えを外さない。


 エリオドロは右手で持っていた木剣をアーロンに向かって投げつけるとそのまま突進してきた。


 アーロンは、投げられた木剣を払いのけた。が、エリオドロの突進には間に合わず、一歩だけ後ろに下がる。

 否、一歩だけしか下がれなかった。


 体のデカいエリオドロの突進を受け、派手に転ぶ二人。

 エリオドロは馬乗りになる。


 (やばい)

 アーロンは焦ったが、エリオドロの体を振り払いことができなかった。

 エリオドロは右の拳骨でアーロンの顔目がけてパンチを放つ。

 アーロンは左腕でガードするが、何発か顔に入る。それでも手離していなかった木剣を振るい、エリオドロの左手首や頭を狙って何回も振った。


 エリオドロは右手で木剣を掴んで奪い取ろうとした。

 アーロンは木剣の中程を掴まれると左手で木剣の先を掴み、エリオドロのバランスを崩して馬乗りから逃げた。


「剣術の稽古だったはずですがねぇ」

「お前は戦場で倒れた時に、相手が立ち上がるのを待っているつもりなのか」

 エリオドロは落ちていた自分の木剣を拾い上げながら言った。


「実戦を想定した稽古なんですね。じゃあ剣を落としたら拾い上げるまで待たなくても良いんですね」

「当たり前だろ。全部ありありだろ」

 そう答えながらエリオドロは右手だけで木剣を振ってくる。


 足法で躱しながら、隙を窺うが、なかなか隙が無い、と言うよりも近づいたら突進してくる様子が見えるのだ。


 しかも左目が腫れて見づらい。

 さっき殴られたところが腫れている。

 その死角からの攻撃が避けづらい。


 剣術だけの勝負なら、間違いなく勝っていたはずだと思うアーロン。

 しかし、どこかで聞いたようなセリフを言われ、少しだけ目が覚めた。


 (エリオドロは、俺を捕まえたら、俺が死ぬまで攻撃の手を緩めないだろう。それなのに俺はそんな相手に何をしてるんだ。)

 訓練に名を借りただけなのは知っていたけど、心の奥底では普通に訓練をしていただけの気分で戦っていたことに今更気付く。

 自分の甘さに腹が立つアーロン。


 明らかにエリオドロは死角を突いてきている。

 うまく躱せず、時々当たるものの、いつもの訓練のような体を貫くような衝撃とは程遠い。


 (俺もエリオドロを殺すつもりでやらないと。殺しても良いくらいの覚悟を持ってやらないと負けてしまうぞ)


 気持ちに整理をつけて、しっかりと構え直す。

 エリオドロは反時計回りに回りながら、アーロンの死角を突くように攻撃してくる。

 しかしその攻撃を受けながら、何だかんだ言ってもダンディーよりも圧力がないことに気が付いた。


 (試してみるか)

 アーロンは反時計回りに動くエリオドロにタイミングを合わせて左前に進んで上段からエリオドロに木剣を振る。

 エリオドロは予期しない動きに対応できず、木剣で防御しただけにとどまった。


 (今だ)

 エリオドロは防御にとどまっただけではない。動きが止まったのだ。

 無意識の行動で、動きが止まったことに気が付かない程、思考も止まっていた。


 ドン。

 アーロンの体当たりでエリオドロは後方によろめいた。

 バシッ。

 後方によろめいたエリオドロを逃さなかった。

 エリオドロの右鎖骨に木剣が振り落とされた。


 エリオドロは木剣を落とす。


 追撃で頭にも一撃を入れる。


 更に胴にも入れる。


 前のめりに倒れるエリオドロ。


「相手が立ち上がるのを待ってちゃ駄目なんですよね」

 事実上の勝利宣言をするアーロン。


「お前、タダで済むと思うなよ」

 勝負に負けても凄んでくるエリオドロだったが、アーロンは気にしない。


 バシッ。

 膝立ちしていたエリオドロが右横に倒れる。

 アーロンが木剣で左こめかみを打ったのだ。


「へえ。どういう意味なのかな」

 このまま生かしておいてはいけない。

 事故に見せかけて殺しても構わない。


「お前、死にたいらしいな。俺には仲間もいるんだぜ。アイネ! お前の家族がどうなるか分かってるだろうな」

 エリオドロがアイネを脅す。アイネがビビれば形勢逆転とでも思ったのだろう。


「俺はアイネの全てを守る。アイネ安心してくれ。俺がお前を守る」

 アーロンはエリオドロから視線を切らさず、アイネに話しかけた。


「アーロン……」

「どうやらエリオドロは立つこともできないほど疲れたらしい。エリオドロ、まだやるなら立てよ」


「殺せよ。殺さんといつまでも安心できんぞ」

「立てないなら終わりだ。アイネ、帰ろう」


 アーロンはアイネの手を引いて、戦いの場を離れた。



読んでいただきありがとうございます。

なるべくたくさんの方々に読んで欲しいと思っています。


続きを読んでみたいと思う方は、一番星を押して下さい。

面白かったという方は多めに、面白くなかったという方はそれなりに。


評価がモチベーションになりますし、反省の材料にもなります。


次の作品のためにも、どうかよろしくお願いします。

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