沈黙は肯定よ
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「ナットくん、久しぶりね」
「ーーー来たか」
アネモネはナットが待つ研究室に赴いた。
相変わらず薄暗い部屋で研究に没頭しているのが、机に広がる資料を見れば容易に分かる。
椅子に座るナットは全身白いボディースーツのようなモノリスを身に纏っているため、その頭部だけが背もたれ越しに見えていた。
フルフェイスアーマーを常に着用しているので、顔を見たことは一度もない。
しっかりご飯を食べているのか心配になるが、机の傍をよく見ると私が作ったビーフシチューを食べ終えたお皿が置かれていた為、アネモネは少し安心する。
「ちゃんと食べてるわね。たまには妹達と一緒に食べれば良いのに…。お姉さん的には家族全員で食べたいのだけれど」
「姉さん…。あそこは私には眩し過ぎる……。 それに」
「…クリオネちゃんに気を遣ってるんでしょ?」
「ーーー」
「沈黙は肯定なのよ、アー姉」と以前ヤカゲがドヤ顔で言っていたが、確かに言い得て妙だなとアネモネは感心する。
椅子の背中を向けながら、数秒後にナットが口を開いた。
「………クリオネは、私に対して良くは思っていないだろう、何せーー」
「ーーー私の事は良いのよ。もともと貴方が直接施した事では、ないのだし。寧ろナットくんが侵食を抑えてくれている… 感謝よ。いつもありがとね」
デスクチェアの背もたれ越しに伝わってくるのはナットの研究者としての責任感と罪悪感。
そして家族に向ける優しさだ。
ナットは独りで抱え、独りで悩む。
彼は『成人へのモノリス移植は可能か』というテーマで研究を続けていた。
目的は単に、D³sが元々人間として生まれつき備わっているものを失った状態で作られてしまう理不尽さを呪い、二度と同じような存在を生まない為という彼なりの正義感からくるものだ。
その結果《白嶷》の研究員がナットの研究結果を勝手に持ち出し、アネモネという中途半端な存在が生まれ、ナットは気に病んでいる。
アネモネとしてはそのおかげで、ナットを始めとするD³sに出会い、お世話係として毎日幸せな思いをさせてもらっているので、別に苦ではないと感じている。
だから、
少しくらいは肩の荷を降ろしてあげたいとアネモネは思う。
ナットの頭を装甲越しではあるが優しく撫でる。
「私は、、僕はいつも貴女に甘えてしまう……。 酷く安心感を覚えるのだ。実に小者。実に小心者だ」
「うふふっ、いいのよ。私はナットのお姉ちゃんなんだから、甘えてくれていいの」
ナットは研究員の前だと、豪胆かつ不遜な態度を見せているが、実はかなり繊細な少年。
(外では気を張っているところとかクリオネちゃんとそっくりよね)
とアネモネは思う。
同族嫌悪とまでは言えないものの、クリオネは何となくそういうところが苦手なのかなと無粋な事を考えてしまう。
「……敵わないな」
「それがお姉さんというものよ!」
生まれて間もない頃から、全身モノリスである為、身体は約180cmの成人男性と変わらない。
最初からそのサイズではなかったらしいが、年齢はクリオネやカルマと同い年の11歳。
以前どうしてそこまで大きいのかを尋ねると「小さいと舐められるから」と言っていたのが可愛くて仕方がない。
アネモネから見たナットの印象は、大真面目で、少しシャイな家族愛が深い男の子だった。
「……で、話があるのよね。正直に答えて良いわよ!、覚悟は出来ているから」
「……そうか」
ナットはフルフェイスを手にかけ、プシュッと空気が抜ける音共にそれを外し、椅子ごとアネモネに振り返った。
「なら単刀直入に言うよ。姉さんはーーー」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
時間はアネモネがナットの研究室に向かった直後に遡る。
D³sのホームに残った天童とクリオネが二人、会話をしていた。
「……お爺様。聞きたいことがあるのだけど」
「ん? なんじゃ」
訝しげな表情を見せる天童と仕事モードの真面目な表情をみせるクリオネ。
「ヤカゲにいつまで黙っているつもりかしら?」
「なんのことじゃ?」
「白々しいわね。私のモノリス、ペルセポネの事は知ってるわよね? よく肩凝りとか腰痛とかの治療をしてあげたのだし、気づいてる…。いや既に知ってると思うけど?」
「ーーーー」
クリオネは「沈黙は肯定なのよ、アー姉」と大好きな妹が、長女にドヤっていた事を思い出し、少し頬が綻びそうになるが堪える。
水道に流れる水の音だけがホームに広がる。
ここ数年、遭遇したA-CKIの中にまるで人間のような反応、声にならない声を発する個体を目撃した事がある。
そして、クリオネのモノリスがそのような異形達に思いがけない反応を見せるのだ。
「癒しなさい』と。
クリオネのモノリス、ペルセポネは人間、生体への治療である事は間違いない。
通常のA-CKIに対してはそのような反応を見せないのだが、この楽園都市ガーデンに位置する医療研究機関《白嶷》に捕縛されているA-CKI達は違う。
いやかなり違った。
昔、ナットが言っていた事をクリオネは少し思い出す。
『A-CKIとはAncestral-Core-Knave-Innocenceの略称。「祖の核」「純粋無垢な奴隷」とは上手く表現したものだ…。数百年前に飛来したとされるノアと呼ばれる隕石から生まれる生物。……それも定かでは無いが、本来関わり合わないであろう者を殺す為に、ノアやA-CKIから産出される未知の鉱物と心臓部を人間に埋め込むなど誰が考えたのだ?、実に不遜、実に傲慢ではないか…』
未知の生物に対抗するために、未知の生物の臓器や細胞を使用する。
本当に正気の沙汰ではないとこの時ばかりはナットの言い分にクリオネは激しく同意した。
楽園都市ガーデンからA-CKI討伐の前線基地が存在する要塞都市ニュクスへ赴き、その2年後ホームへと帰宅する際に《白嶷》の廊下を歩きながらクリオネとナットは密かに情報を共有していた。
魔法をある程度学習した者に対して移植した場合、失敗するリスクが高い事は立証済み。順序を逆にすれば話は別。つまり魔法を学習していない大人に移植すれば成功する可能性は高いが、そんな大人はこの世界に殆ど居ない。
その他含め、共有内容を訓練所で確認するとナットとクリオネの仮説は確信へと変わった。
そもそもニュクス近郊を含めた最前線のA-CKIは、
黒かった。
黒く、目元は緑色に怪しく光る鉱物の化け物。
これが本来?の姿なのだろう。しかし、
訓練所のA-CKI達は皆白く、目元は紫色に発光している。
そしてクリオネを含むD³sの身体から生成されるモノリスは純白で、紫色に発光している部位が存在する。
あからさま過ぎる。
つまり、同胞なのだ。
一歩間違えればヤカゲもカルマもナットも。
そして私も……。
クリオネは考えただけで鳥肌が立った。
楽園都市ガーデンの《白嶷》と呼ばれる施設では実験で失敗し、その際に生まれてしまう異形を訓練用に捕縛したA-CKIと偽り処理させていた。
この事に恐らく、カルマはともかくヤカゲは気づいていない可能性が高い。
アネモネ姉さんは魔法の天才。
汎用型モノリス誕生までは前線で戦う一級魔法師。
歌姫と呼ばれていた。
気づいていない訳がない。
知らない訳がないのだ。
なのに同族、同胞殺しのD³sに変わらず接し、愛してくれる。
そして、ふと数年前の自分をクリオネは思い出す。
沢山白いA-CKIをこの手で屠った。
思い出しただけで吐きそうになった。
何度も何度も何度も手を洗った。
人の命を救った分だけ、いやそれ以上に沢山の命を奪っていたような気がして。
ここまで非人道的な施設はあるだろうか。
何が楽園都市だ。
笑わせるな。
ある意味この事実を伝えないのは、この老師の甘えか、優しさというエゴかは、さておき伝えるべきなのは間違いないのだから…
黙り込み、どう取り繕うべきか思案しているのだろうか、終始真顔の老師と呼ばれる人間をクリオネは睨む。
「そんなに、孫代わりに育てたヤカゲにいい顔をしていたいかしら?」
「ーーーー」
水道の蛇口を閉め、この老人に対峙する。
天童は思い詰め、思案に耽るような表情を浮かべる。
クリオネの言葉に天童はようやく重たい口を開いた。
「ヤカゲを、わしの孫を見くびるでないわ」
その言葉の意味をこの時のクリオネは知らない。
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横文字って良いよね…おほほ。




