ヤカゲとシズク
「ふぅ、出番でありますか」
シズクは一度深呼吸をし、腰に据えた刀を携え闘技場へと足を運ぶ。
隣を歩くヤカゲ殿は作戦中いつも自然体。
戦闘中も特に息が乱れることなく戦い続ける夜叉のようなお方だと認識している。
しかし今のヤカゲ殿は少し、ほんの少しだけいつもと違うような雰囲気を感じる。
不意にクスッと笑った。
何を考えているんだろう。
この時のシズクはヤカゲの事がよく分からなかった。
「シズク、全力で来てね。ーーー私も全力で斬るから」
(全く……。この人は本当にずるいであるなぁ)
ヤカゲ殿は血こそ繋がっていないが、カルマ殿やクリオネ殿と兄妹のような関係で居る。
立ち入れるような雰囲気は正直あまりない。
最近、ようやくカルマ殿と会話できるようになったが、彼が向けるヤカゲ殿に対しての言動や表情には程遠く、彼女だけに向けるものが多い。
仕方がないのであります。
幼少期から時間を共にし、辛い事を乗り越え成長してきたような関係に、私のようなポッとでの若輩者に隙いる余地など微塵にも残されていないとシズクは考えている。
シズクにも実妹が居るがD³sになる前から疎遠。
しかし、ヤカゲ殿は兄姉と上手くやっている。
そう、私は彼女に憧れている。
羨ましいとさえ感じてる。
そして、越えなければいけない壁。
そんな事を考えながら少ない段差を上り、ヤカゲ殿と対峙する。
(見間違いでありましたか…。やはり、いつも通りであるな)
ヤカゲ殿は刀を納刀した状態で、構えは一切なし。
見る人が見ればそれは隙だらけの棒立ち。
しかし彼女が使う刀は、閃光そのもの。
相手の動きを見てから放たれる。
攻防一体、カウンター気味に放たれる剣術。
閃剣、抜刀術。
恐らく放たれるのは閃剣の中でも最速。
奥義と思われる八ノ太刀、秋の麒麟。
彼女は幼少期から愚直に、無心に刀を振り続けてきた事は聞いている。
彼女は辛い経験をし、そうしなければ生きていけなかった事も知っているが、本人は余り昔の事を口にしない。
余計な心配をかけたく無いのだろう。
私もそうだ。
それに、刀にかけた時間は彼女にも劣らない筈だ。
ーーーーふぅ
もう一度深呼吸をし、雑念を払う。
私は一本の刀だ。
ただ前の敵を、壁を、逆境を断ち斬るのみ。
目の前、約6mの距離に対峙するのは私の先輩であり、上司であり、憧れであり、目標であり、いつか越えなければいけない女の子。
悪鬼討伐用特殊部隊《夜爾》副隊長。
藤原夜影。
現在事情により5人しかいないD³s最強の夜叉。
相手として不足なし。
刀を抜き、鞘を捨てる。
恐らくチャンスは一回。
上段の構えからの振り下ろし。
速度で負ければ、私の負け。
至極単純。
良いでありますな。
私らしく単純明快。
ーーーーいざ
シリウス先生が、ヤカゲ殿とシズクの顔を一瞥し、準備が整った事を確認する。
実践訓練場の空気は重く、緊張感だけが漂う。
「始め」
シリウスの合図と共にシズクは、ヤカゲの上半身目掛け、覇気を纏った刀を振り下ろす。
「はぁあああああ!!!」
(ーー全く動じないのでありますな…)
ヤカゲ殿の目の色が変わった。
一瞬姿、形が揺らめき、空気に溶け込んだかのように見えた。
いや見えなくなった。
鈴のような音が聞こえた気がした。
死んだと思った。
次の瞬間、ヤカゲ殿は真横を過ぎ去り言葉を残す。
「閃剣八ノ太刀ーーーーー秋の麒麟」
私は刀を見ると刀身は二つに折れていた。
ーーキーキィィン
それに気づいた時、闘技場にようやく刀が折れる際の音が遅れてやってきた。
ヤカゲ殿が踏み込んだ際の音は無音。
正直、刀を抜いた素振りすら目で追う事は叶わなかった。
「……負けたであるな」
「勝者、カゲロウ」
シリウスの勝敗の言葉を聞いてもなお、実践訓練場にいる生徒は、何が起きたのか理解していなかった。
お互いがお互いの隣を素通りしたようにしか見えなかった。
シズクの放った上段からの薙ぎ払いもまた、常人では目視する事が敵わない剣速だった。
達人の域に達した攻防とは呆気ないもの。
2人は静かに闘技場から降りた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「一体、カゲ様は何をしたんですの?」
「ん?、刀を狙ってみたんだ…。カルメアさんみたいに」
「全然、見えなかったのだけど?」
「ーーー全く、敵わないであるな…カゲロウ殿には」
「ううん、条件が違えばあんな折れ方しないと思うし、単純な腕力だと負けてる。実際あの速度の振り下ろしに自分の刀が耐えられるかわからなかったよ。だって、ーーーほら」
カルメアとシズクに先ほど使った訓練用の刀を鞘から抜いて見せる。
そこには刀身の中腹部に深さ1.5cmほどの溶け出した斬り込みが見られた。
打ち合った際に負けると思い、切り返して、剣の腹部分を横から折った。
ある意味、負けているのは私の方だ。
「もうこれじゃ使い物にならないね…」
「凄いですわね」
「…割といい線行ってたのでありますな」
正直ギリギリだったと思わざるを得ない。
ーーーパキッ
「「「あっ」」」
鞘から抜いた刀は、シズクとのたった一回の攻防で折れてしまった。
「ほら…」
「あはは、紙一重で負けたであるな」
「すげぇですわ…」
シズクの覇気迫る薙ぎ払いは、今まで見た誰の攻撃よりも速く、鋭く、美しいとさえヤカゲは思った。
純粋に勝ちたいと気持ちが只々真っ直ぐに放たれた渾身の一撃。
行動を読むのは容易だった。
しかし、あんな綺麗で、真っ直ぐな剣を振ってみたい。
彼女もきっと、刀を振り続けた過去があり、譲れない何かがある。
そうせざるを得ない何かがあったのだろう。
私はそれを知りたい。
知った上で仲良くなりたい。
友達として。
「シズクの刀は綺麗だよ。 ……僕は、ずっと見てたいな」
「あははっ、 何の冗談を言っているのでありますか?、カゲロウ殿」
「冗談じゃないよ?、シズク、僕は見たいんだ。ずっと近くで。ずっと側で」
そんな言葉を言い終えた私はシズクの顔がみるみる真っ赤になっていくのが判り、私も何を言ってしまったのかを遅れて理解した。
「うふふ、やけますわね」
口元を上品に手で抑えるカルメアさんの顔はニヤリと笑っていた。
「?、……あっ、あの!あれだよ!、こ、今後も一緒に練習しようとかそういう類のーー」
「あははっ、何となくわかったでありますよ、カゲロウ殿の言いたい事、刀に乗っていた感情が」
「ほ、ほんと?」
「はいっ、しかと受け取ったであります。私こそ今後とも宜しくでありますよ!!、カゲロウ!!」
私の実名ではないが、いつも敬称をつけていたシズクが初めて私を呼び捨てで呼んでくれた事に私は驚く。
「やったぁっ!」
「あははっ、ほんと、ずるい人でありますな」
「え?、どゆこと?」
「内緒であります、カゲロウには絶対教えないのでありますよー」
「ちょっと、そこのお二人さん、私も混ぜてくださいまし」
無事、全員が実践訓練を終え、放課後を迎える頃にはカゲロウとシズクが付き合いだしたという噂で持ちきりになっていたことは、また別の機会に。
この日、ヤカゲは初めて。
自信を持って言える。
同い年の友達ができた。
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