緊張と弛緩が大事らしい
私、ヤカゲは今年で16歳になりました。
そんな私は、新しく支給された制服に袖を通す。
カバンよし。
教科書よし。
ネクタイよし。
髪型よし。
うん、これで私も立派な…うっ 心の涙が…。
「なんで、私っていつも男装なんだろう…」
男子学生寮の一室。
姿鏡に映る紛う事なき男子制服を見に纏った男子生徒約1名。
これは何処に出しても恥ずかしくない男児だと言い聞かせる。
「はぁ、可愛い制服着たかったなぁ…」
鏡を見ながらそんな事を考えていると、インターフォンの音が聞こえたので、玄関を開ける。
「おっ、似合ってんじゃん、カゲ・ロウくん」
「うるさいなぁ、僕が嫌なの分かってるでしょ?」
「一人称、僕なのね」
「へんかな?」
「いや、まぁ、良いんじゃね?」
「ん?」
「…何もねぇよ」
同い年であるジノは私と理由を同じくして、水上都市ティアネコッタに位置するエクスマキナート魔法師学園に編入してきた生徒として長期間の潜入操作を迎えることになった。
ジノは元から男の子なので、男子用の制服はよく似合っている。
でも絶対に言ってあげない。ふん。
軍人として育てられ、怒涛の人生を送っている私にとっては学生生活なんて夢のまた夢なのだろうと思っていた矢先に《方舟》の司令部から指令が出され、長期間の任務及び学生ライフを過ごす事になった。
その学園ライフという空気に当てられてか、周りを見る余裕が生まれ、今まで見てこなかったものが見えるようになった。
前世の私は5歳から寝たきり。
つまり容姿とか、お洒落とか、化粧とか、化粧とか、化粧とか。
学生どころか、女子!という要素を一切経験して来なかったのだ。
これから女子力磨くぞと意気込んでいたが、結果、またもや男装…。
男装させられている理由はヤカゲという名前はD³sNo.04として宗教国家アルバスではそれなりに通っている名前である事とクリオネのゴリ押しである。
その為ヤカゲ改め、藤原蜻蛉として潜入する事となった。
D³sの全貌が国に知らされている訳では無いのだが《白嶷》が世間体で良いイメージを持たれていないのが現実。
私以外のD³sの名前は非公開であるものの、《ネフィヒムの厄災》での被害を最小限に抑えたD³sとして名前が一般公開されている現状があったりする。世間に対してもD³sは危険では無く、有用性の高いものだと言うことをアピールための一貫らしい。
しかしまだまだその価値観が浸透している訳でも無く、私はこうして名前どころか性別すら偽っているという状況になってる。つらい。
潜入操作なら苗字も変える必要もあるのでは?と思ったが、悲しい事に藤原性を名乗っているのは便宜上、《方舟》で任務中のみだった。
正式に名乗れていた訳では無いので、個人的には育て親の名前を公の場で名乗れるのは嬉しい。
偽名で且つ、男の子の名前だけど…。
ともあれ興味の幅が広がったのは非常に嬉しいのだが、その興味の向かう先の真逆へ突っ走っている事態に心を抉ぐられる。
「y…カゲロウ殿!、ジノ殿!、おはようであります!」
( いま、ヤカゲって言いかけたよね? ! )
学生寮を抜け、学園の敷地内を歩き校舎へ向かっている途中、女子寮から出てきたシズクが声をかけてきた。
ピカピカのケープ付きブレザーの下に白いシャツを着込み、男子制服と違いはなんと言ってもスカート。
そこから覗く脚、黒い靴下、ローファー。 うん、これはJKだ。紛う事なきJKや…。
「おはよう、シズク。制服似合ってるね… うぅぅ」
「ど、どうしたのでありますか?!」
「察してやれ」
私は2人に慰められながら、校舎へと入る。
朝日が差し込む玄関で、指定された外履きからこれまた指定された上靴へと履き替える一連の動作。
同じ服を着た同い年の会話が聞こえる廊下。
「三人とも同じクラスってのはなんか良いな!」
「そうでありますな!」
「ーーーーおぉ…」
感動した。
シズクとジノが怪訝な顔をしてみてくるのが分かった。
「いや、こう言う習慣、慣習?どっちだろう。とりあえず、皆と同じ外履きから上靴に履き替えるのって何だか新鮮でいいなと」
「ん? そうか?」
「おぉ…カゲロウ殿は、なかなかセンチな感性をお待ちでありますな!、わかるでありますよ!」
「でしょー、やっぱりジノにはわかんないよ。ジノには」
シズクと両手で繋ぎ合いながら微笑み、ジノを小馬鹿にしながらニヤッとチラ見する。
「…カゲロウ、今は言っとくけど男だかんな?、シズクと付き合ってるなんて噂が流れたら面倒だそー?」
「おぉ、青春って感じ!」
「ーーでありますなっ!!」
「え、いいのか…?」
玄関で靴を履き替えるだけで盛り上がれるのは、私達だけなのでは?と思い周りを見るとそれなりに視線を感じた。
少し恥ずかしい。
「フフフ、君達ですね。転入生達は」
1人の教員らしき人物から声を掛けられた。
「ーーーあっ、はい、そうです。今日からお世話になります。カゲロウ・フジワラです」
「右に同じく、シズク・ナデシコであります」
「お世話になりまー。ジノ・テッセンっす!」
何故かジノは、敬礼をしてしまっているが、周囲の学生達には「何で、敬礼?」とクスクス笑い声が聞こえるので軍人であるという事はバレていないようで安心した。
「フフフ、童子くんから聞いていますよ。さぁ、着いてきてください」
教員に案内されるまま、廊下を歩き階段を登る。
声を掛けてくれた男性教員はどうやら童子さんと知り合いらしい。
長いストレートの青髪に整った顔立ち、童子さんとはまた違った美男が理事長室まで連れてきてくれた。
「そこに座って頂けますか?」
「はい、わかりました」
「承知したであります」
「…うっす」
「フフフ、そこまで緊張しなくて良いですよ。皆さん。このような部屋は学生の神経を逆撫でしてしまいますから」
とにこやかに笑いながら、理事長席へと座る。
(…あ、この人が理事長だったんだ。 それにしても若いな)
「あぁ、そういえば申し遅れました。私はクラウン・サーチェス・チェネンシス。このエクスマキナート魔法師学園の理事長をしています。君達は既に聞いているかも知れませんが、童子くんの古い友人です。ーーーおや?」
「……すみません、聞いていませんでした」
「……私も聞いていなかったであります」
「……俺もっす」
ポカンと魔の抜けた表情になったクラウンは、ゴホンッと咳払いをし気を取り直す。
「フフフ、彼はやっぱり変わりませんね。昔っから少し抜けていると言いますか…。大事な事を端折ってしまいますよね…。ーーーーヤカゲさん含め事情はある程度老師から聞いていますので私の前では普通にして頂いて結構ですよ」
クラウンは怒る事なく、ニッコリと笑顔を浮かべ軍からの事情ではなく老師からの事情という言葉からこの人は大丈夫なのだと私は思った。
「ありがとうございます…。後で童子さんに言っておきますね」
「フフフ、どうか怒らないでやってくださいね。本題に移りましょうか」
クラウンは、机からファイリングされた資料を持ち出し学園内の説明をしてくれた。
エクスマキナート魔法師学園は、1年〜3年の3年制、1年は前期後期の二学期に分かれており、学期末には筆記と実技の試験がある。
学期の中間には筆記試験は無いものの魔法師としての実践を踏まえた学年内の代表選抜戦、学年を跨いだ代表戦等があるそうだ。
(実戦を踏まえた模擬戦ってことかな?)
学園らしくて良いなと思う。
卒業生は、それぞれニュクスの《方舟》やティアネコッタにある軍事研究施設並びに医療機関に就職する学生もいれば、アルバス国王直轄の近衛魔法騎士団にまで上り詰めた強者もいるそうだ。
魔法師としての国家資格を取得してからは、様々な就職先で有利となる風潮があったものの十数年前から雲行きが怪しい事も理事長は包み隠さず話をしてくれた。
今後の魔法師学園の課題とも言っていた。
前世の世界でも大学と呼ばれる教育機関に対しての風当たりに似ているような気がするが、コンプライアンス的に余り突っ込まない方が良さそう。
卒業前には論文発表やコンペがあるそうだが、テーマとその内容によっては学園に残り研究を続ける者も一定数いるらしい。
国に対して有益と判断されたものは補助金も出るそう。
後にエクスマキナートの教員として働けるのも魅力的な話だと思う。
現状任務として来ている私達には関係のない話だと思うが、なかなか充実した設営、設備となっていた。
(……どうしてここまで説明してくれるんだろう?)
少々疑問に思う。
「おっと、時間ですね。そろそろ来ると思いますよ、貴方達の担任が」
壁に掛けられた時計を見ながら、クラウンが言うと、ちょうど担任らしき人物の声が聞こえた。
「入るぞ」
「ええ、構いませんよ」
扉を開けて入ってきたのは、白い髪に紫色をした切長の瞳をした男性職員。
身長は190㎝くらいだろうか、白いローブを見に纏ったその姿は神々しさすら感じる。
「紹介しますね。彼はシリウス・カラン・コーエン先生です。見た目こそ、怖いですがそれはとてもとても優秀な先生なのですよ」
「一言余計だ」
「フフフ、良いではありませんか。このやりとりでユーモアのある先生だと思われれば上々だと思いますよ?」
「はぁ、その貼り付けたような笑顔は何だ? この道化め」
「フフフ、これは厳しいですね」
入ってきて早々に棘のあるやり取りに困惑していると、クラウンがパンと手を合わせて、「それではお願いしますね。シリウス先生」と話を切り上げ、私に向かってごめんねの意を込めたウィンクをしてくる。
「えと、シリウス先生、今日からお願いします!」
「よろしくお願いするであります」
「おなしゃーす」
ジノの雑な言葉使いにドキッとしたが、シリウス先生は特に気にする事なく、私達を一瞥してから踵を返し、理事長室を出る。
「着いて来い。自己紹介はそれぞれ教室でやれ」
「は、はい!」
「承知したであります」
「うっす」
階段を降りて一年生が使う教室へと向かう道中、シリウス先生は一切口を開かず前を歩いて行った。
ガラガラと教室の扉を開けると、教室で騒いでいた生徒が一斉に静まる。
「お、あれが転入生か?」
「ねぇ、あの男の子可愛くない?」
「え、真ん中の子めっちゃ美人じゃん。身長たっけー」
ヒソヒソとした声が聞こえてくる。
これも学園の風物詩的な何かなのだろうとワクワクした感情もあるが、シリウス先生の雰囲気からどうもそういう気分では居られない気がした。
「ーーーおい、そこ。黙れ」
(ほらね……めちゃくちゃ怖い…)
シリウス先生の一言で、ヒソヒソ話をしていた生徒も黙り、教壇に立つ教員に視線が集まる。
「貴様達も事前に通達したと思うが、今日から転入生が3人このクラスに入る事となった。1人ずつ、簡単で良い……自己紹介をしろ」
この凍りついた空気をどうしようかと思ったが、驚いたことにジノが先人を切って教壇に立ち堂々と自己紹介をし始めた。
「えーと、ジノ・テッセンでーす。得意魔法は防御魔法っす。てかそれしかできません。昔散々それで弄られまくったせいか、メンタルまで防御魔法完璧でーす」
気の抜けた自己紹介をし始め、一部の生徒がクスクスっと笑い始める。
「見た通り、俺は育ち悪いし、スラム出身なもんで、こういうのはぶっちゃけ慣れてない。節度礼節はど底辺、魔法もおそらくど底辺、それでも仲良くしてくれる人がいれば嬉しいっす。以上!」
パチパチと拍手が聞こえる。
「あいつ感じ良いな、休み時間声かけようぜ」
「だよな!、次どっちだろな」
「私、あの身長高い子気になるわ」
教室の空気は柔らぎ、居心地の良さが生まれ始めた。
しかし、自己紹介のハードルは無駄に上がってしまった。
(ど、どうしよ…、私こういうのやった事ないよ)
ジノが教壇からおり、私の隣に戻ると今度はシズクが教壇に向かう。
キリッとした表情、凛とした姿勢は前世でいう大和撫子そのもの。
シズクは深呼吸をし、教室の生徒達を見据えた。
どんな自己紹介をするのだろうと教室の期待が高まる。
緊張の瞬間。
「ーーー私の名はシズク・ナデシコであります!出身は、城塞都市アマテラス!、特技は剣術!!、魔法は全く使えません!!、以上!!」
「ーーーー」
「え、それだけ?」
「はて?」
一瞬教室が静まり返ったがジノがすかさず、ツッコミを入れると、教室がワッとなり拍手がなり始めた。
「なんかあの子天然入ってない?」
「うんうんなんか可愛いかも」
「シズクちゃん、ギャップやぞ、ギャップ!」
「シズクちゃん、ぐうかわ… アリですな」
どうやら一部女子生徒と男子生徒の人気を確保した模様。
ますますやりずらい感じになってしまう。
緊張し始めてしまったが、教壇から戻ってきたシズクが「頑張るでありますよ副隊長殿!」と小声でエールを送り気持ちが少し和らぐ。
ジノが「あんなん、パッションじゃん、ウケる」と俗にいう陽キャフォローを入れてくれた。
お前も変わらんだろとツッコミを入れた生徒は早速ジノとシンパシーを感じたのだろう。
私は、恐る恐る教壇に向かう。
その途中、シリウス先生と目が合ったが、その目には一切の感情はなく一体何を考えているのかがわからなかったので目を逸らした。
(うわぁ… 着いちゃったよ… 教壇…ッ)
心で聞こえない悲鳴をあげ、教壇の前に立つ。
教室の席から生徒達が私を見つめる。
ふぅと深く息を吐き、自己紹介を始める。
何事もある程度は正直に言おう。
そう思った。
「えーっと、僕の名前は、カゲロウ・フジワラって言います。出身は楽園都市ガーデン。孤児院で生まれて間もない頃から、そこのお爺ちゃんに育てて貰いました。親は居ません」
設定通りだが、嘘はついてない。
その設定に静まり返る教室は息を飲む。
「ですので、血の繋がりはありませんが育ててくれたお爺ちゃんと一緒に育ち仲良くしてくれた兄や姉に少しでも恩を返したいなと思って今日まで生きてきました。ーーーーその為には強くならないといけません。はしたない話ですがお金も必要です。なので僕は、ここで皆さんと共に学び、鍛え、立派な魔法師になることが目標です。頼りないかも知れませんが、どうかよろしくお願いします!」
(よしっ、何とかなった…)
安心した勢いで、頭を下げる。
ーーーゴチンッ
「ーーーアタッ」
教壇に思いっきり頭をぶつけて盛大に鈍い音を響かせてしまった。
「うぅぅ、痛い…」
身体を鍛え、いくら身体機能が優れていたとしても不意にくる痛みには正直弱い。
おでこの痛みを堪え涙目になりながら、おでこを抑えていると、ドッと教室が盛り上がってくれた。
「なんだよ、あいつ… ダッセェ。ーーー声可愛いなクソ」
「ーーー何、あの子。小動物感…ッ!」
「あれ、男だよな?、男なんだよな… グゥッ 頭が…ッ!、彼を、あの子を、愛でろと言っている…ッ!!」
「カゲロウくん…、いやカゲちゃん… 俺アイツと仲良くしてやろう」
「あの子の孤児院どこかしら…。お父様に頼んで出資してもらえるかしら…」
「守りたい、あの子の笑顔…ッ」
一部の女子生徒は戦慄し、男子生徒は頭を抱え、教室の拍手と囁きは止まらなかった。
3人を除いては。
「なぁ、シズク…。あれ計算でやってたらやばくね?」
「そ、そうでありますな……」
「ーーーふっ、おい、三人とも席につけ。朝礼を始める」
今日この日から私は、藤原蜻蛉もとい、藤原夜影は、真面目なドジっ子男の娘キャラとしてクラス内のポジションを獲得するのであった。
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