9.入学初日から大変ですね
王立フォルトーゼ学園の最上階。
その一室で腰を下ろし、ペラペラとまとめられた資料に目を通す女性がいる。
「天候を操る術式、ただの治癒術式で無機物の修復……へぇ、今年の受験者は豊作みたいね」
「こっちも中々みたいだ」
もう一人の男性は立ったまま資料を見ていた。
二人は親し気に話す。
「腕のいい剣士がいる。もしかすると、この中の誰かが彼なのかもしれないね」
「……そうかもしれないわね」
「だとしたらどうする?」
「どうもしないわ。仮に彼がいるとしても、会いは行かない」
女性は資料をパタンと閉じ、徐に席を立って窓の外を見つめる。
輝く月を眺めながら、昔を懐かしむように。
「すごく待ったのよ。向こうから気付いて、会いにきてもらわないと」
懐かしき声、懐かしき風貌。
彼が気付くのは、まだ少し先の話である。
◇◇◇
試験から三か月後。
俺はフォルトーゼ学園に入学を果たした。
「ちょっと窮屈だな、この制服」
支給された学園の制服は少々動きずらい。
動きやすさより見た目のよさを重視しているのだろう。
こういう部分も平和になった証拠だ。
「レインさん!」
「ラナ」
学園の敷地内に足を踏み入れたところで、俺の名を呼び駆け寄る彼女たちがいた。
俺は立ち止まる。
「おはようございます」
「ああ、おはよう、ラナ」
「……ちょっと、あたしには挨拶ないの?」
「してほしかったら先にしたらどうだ? リール」
彼女はべーっと舌を出す。
リールも相変わらず生意気だ。
二人とも、無事に学園への入学を果たしている。
試験結果はすぐに発表され、一時は屋敷に帰っていたそうだが今は俺と同じように王都で宿を借りて生活している。
俺たちは歩きながら学園の建物内へと向かう。
「今年は入学式がないみたいですね」
「そう聞いたな」
学園長が多忙なことと、上級生も何やら立て込んでいるらしい。
別に入学式なんてあってもなくても変わらないだろう。
それより俺は、新しい出会いに期待している。
「レインさんはどの講義を受けるんですか?」
「ん? 講義? ああ……そういえばそんなのあったな。忘れてた」
「はぁ? 忘れてたって、学園に何しにきたんだよ」
「それはもちろん出――」
言いかけて途中でやめた。
「「で?」」
「いや、なんでもない」
出会いを求めて、とか絶対に言わないほうがいい。
必死さが垣間見えるのはマイナスポイントだ。
俺が女に飢えているとか思われるのは心外だし……いや、事実か。
うわっ、気づいたら悲しっ。
「レインさん。特に決めていないなら、その……一緒の講義を受けませんか? 魔術専攻の必須科目なので」
「そうだな。じゃあそうしよう」
「えぇ~ こいつも一緒に受けるのぉ」
「お前は剣術専攻だろ」
「あたしはお姉ちゃんが心配だからついていくんだよ! どこかの変態に絡まれたら蹴飛ばせるようにな!」
一体誰を指しているのか、俺にはさっぱりわからないな。
思いっきり視線は俺を向いているが気にしない。
「心配だからとか言って、本当は寂しいから離れたくないだけじゃないのか?」
「なっ、そ、そんなわけないだろ! 勘違いするなよな!」
え、何この反応。
あからさまに動揺しちゃって、もしかして図星か。
照れて顔が赤くなっている。
なんだか、これ……。
「可愛いところあるな」
「なっ、何言ってんだよ!」
もっと顔を赤くした。
なるほど。
これが俗にいうギャップ萌えというやつだな。
前にイクサが言っていたぞ。
と、楽しい会話をしながら目的の部屋に向かい講義を受ける。
講義は大体一つ一時間半。
座学が多いが、実技の講義もある。
講義終了後――
「……退屈だ」
講義は開始五分で飽きた。
というのも知っている内容だったからだ。
「だからってすぐ寝るなよ」
「そ、そうですよ。先生何度かこっち見てましたよ」
「仕方ないだろ。退屈な話だったのだから」
「そんなこと言って。定期試験の時に痛い目見てもしらないからな」
学園らしく定期試験なるものがあるらしい。
一年に二回。
成績が悪いとその時点で落第になるとか。
「あの程度のことなら、生まれた時から熟知している」
「馬鹿じゃないの」
悪いが大真面目なんだな、これが。
すでに知っている内容を長々と解説されるのは、精神的に疲れるものだ。
これがしばらく続くと思うと憂鬱になる。
学園とは思ったより面倒な場所だな。
「お姉ちゃん、次はあたしの講義を一緒に受けようよ」
「うん、いいよ」
「やった! レインは来なくていいから」
「それを決めるのは俺だ」
まぁ、講義は退屈でも、こうして友人と過ごす時間は悪くない。
それだけでも価値があると思うべきだ。
「――ラナ」
廊下を歩いていると名を呼ばれた。
ラナはビクッと反応して立ち止まる。
呼んだのは俺じゃない。
ついさっきまで楽しそうだった彼女の顔が、一瞬にして青ざめる。
「お前は……」
振り返った先にいたのは、入学試験の時に彼女にからんでいた男だった。
名前は……確か家名は聞いたはずだ。
えっと、ウ、ウィ?
「ウインナーとかいう名前の家だったか」
「ヴィンダール家だ!」
「ああ、そうだった」
惜しかったな。
語感は割と当たっていたぞ。
「ちっ、お前も入学していたのか。運のいい奴め」
「お前も受かっていたんだ。案外簡単なんだな、この学園に入るのは」
煽りには煽りで返す。
彼は俺を睨み盛大に舌打ちをして、視線をラナに向ける。
「ラナ、本当に入学するとは、つくづく愚かだな」
「……」
「今からでも遅くない。退学しろ」
「っ――」
ラナは明らかに怯えている。
試験前の光景と重なる。
だから俺の身体は無意識に、彼女を守るように動く。
男の視線を遮るように、俺は彼女の前に立つ。
「レインさん……」
「……ちっ、よく考えるんだな、ラナ。こんな場所でいるよりも、俺の婚約者になったほうが何倍も楽しく過ごせぞ」
そう言って彼は去っていく。
数名の取り巻きをつれて。
「婚約者?」
「……」
彼女は言い辛そうに口を紡ぐ。
別に、言いたくないことは言わなくていい。
そう伝えようとしたら。
「レインさん、お昼休みに……お話しますね」
「……ああ」