最終章 第二十五話 悪とは
夜明けに包まれた基地。
揚々と立ち昇る日差しに、破壊と争いの後が照らされていく。
そこには疲れた様子で壁際に座り、眠りこける武装した男と、グリードの姿があった。
血だまりの悪臭に、グリードは思わず黒衣の襟に鼻を押し当てる。
寝息を立てている男の懐から、拳銃を――マガジンを引き抜いて奪い、ヘルメット、防弾チョッキを引きはがし、グリードはそれらを装着した。
(流石に、こんな状況では怪しまれる一方だ。ちょっとぼろいが、それくらいが今の奴らを演じるには好都合か)
チョッキを引きはがし、グリードは更に男の服を漁る。
ポケットにあったのは職員証。
グリードはそれをポケットにしまい込むと、奥の廊下へと進んでいった。
(こういう施設は、本人証明の為の何か、職員証やICカード、生態認証なんかがセキュリティに必要になってくるものだ。そうだな……念には念を……いや、止めておくか。流石に可哀そうだ)
グリードが一瞬見つめた先は男の素顔、閉ざされた瞼。
一瞬の発想と共に、男の元を遮って廊下を歩いていく。
廊下を歩いて行った先は、焼け、悉くが破壊された資料室。
グリードの足元、床中には粉々になった石板や、まともに読めない程に黒く焦げた紙が散らかっていた。
「にしても、酷い有様だな」
グリードがしゃがみ、石板を拾い上げた瞬間。
「動くな!」
どすの利いた声が響き渡る。
グリードが何食わぬ様子で振り返ると、そこには白装束に身を纏わせる人々が拳銃を握りしめていた。
向けた先はグリードの顔。
皆胸元には逆十字のロザリオがさげられていた。
それが寛大聖教の者であるという何よりの証明として輝いている。。
人数は、4,5人。
背丈は165~170㎝程度の集団だった。
「お、気に入らない集団の死体蹴りにやって来たって訳か?」
グリードが笑うと、先頭の男がグリードの肩を躊躇なく打ち抜く。
が、防弾チョッキがそれを弾くと男は拳銃のスライドを引き、再び向ける。
「次は頭だ、そこを退け。我らには目標がある」
「へぇ? 目標……それは命を奪う理由になるのか?」
「な、なにを言う! ここで始末すれば、お前はただの事故死だ」
グリードがため息をついた時。
白装束の集団は、痛みを認識する前に――倒れていく。
先頭の、男を除いては。
先頭の男は、気が付けばグリードの手に頭を握られ、手に持っている筈の拳銃は跡形も無く消滅している。
それはまさしく、自身の食事を用意した――猛獣の檻へ自ら飛び込んでいる様そのものだった。
己の実力を過信したハイエナは、ライオンに喰われるように。
男が頭をグリードに持ち上げられ、足が地面から離れると歯を食いしばる。
「なぁ、ならこれも事故死なんだろ? お仲間も事故死、俺は生きてお前も事故で道連れ。どうだ? 良いシナリオじゃあないか監督さんよ?」
「ひっ……聞いてないぞ! こんな化け物がまだいるなんて……助けろよ祓魔師の小娘ェ!」
「祓魔師の小娘……?」
男の頭を抑えたままに、地面に降ろすと、男は膝からゆっくりと折れていき、脛が地面に降ろされると土下座の体勢になる。
グリードは、“祓魔師の小娘”という言葉に――ある人物を想起させた。
愛魅。
魚渡区で出会った、寛大聖教の祓魔師である。
「お前の自己紹介をしろ」
グリードの声に、怯えた様子で返す。
「ひっ……合同院猛、32歳……えっと、寛大聖教の司祭だ……」
「となると、それなりにお偉いさんな訳だな神父さん? 引き連れた奴らは祓魔師か?」
「あ、あぁそうだ! けど、あいつらは金目当てで――」
猛がそう言うと、グリードは鋭く顔を近づけて睨む。
「言い訳をしろと言った覚えは全く無いし、お前の潔白も知ったことじゃあない。純粋な質問にのみ答えろ。この場を告解室としようか、エセ神父」
「あぁ、そうだ。祓魔師だ。けど、ここを破壊したのは小娘一人だ。あいつは普段から過激的でな、Fencerに対して――というか、寛大聖教以外の連中を人外問わずなんとも思っていないらしい」
猛の頭を離すと、猛は更に続ける。
「表面上はにこにこしてやがる、近所にも人気で――確か恋人がいるんだっけか? だけど、裏の顔は――化け物だ。でなきゃこんなことできないぜ」
「なるほどな、わかった」
グリードは後ろを向き、更に奥へと進んでいく。
倒れた猛達を、置き去りにして。
振り向きざまに、思い出したようにグリードは言葉を送る。
「後は好きにしろ、言っておくがお仲間は眠らせただけで生きている。武装は全部消滅させてもらったがな」




