最終章 第二十三話 地獄顕現
白炎とその火の粉に包まれた視界。
稲妻迸る地面の上を、粉々になったアスファルトが散乱する。
アスファルトの上を、弾けるように快は飛び上がり、ローの姿を視認した。
ガラスの様に砕けていく“景色の破片”。
いびつに笑う悪魔が反射され、何度も快を見つめて、ローは快に再び舌を飛ばす。
舌が胴体と首を捕らえられると、快は全身に魔力を込めて、ハエの集合体になり躱した。
ベルゼブブの魔術である。
何度も捕らえようとする舌先を、何度も紙一重で回避し、あるいは空中で一旦人型になり、手からハエの大群を放つ。
舌をハエにかませようとするが、肉は硬く、舌を嚙みきるどころかハエ達の口から、体液が漏れ出ていた。
(あのダゴンを噛み砕いたハエが?!)
「フハハハハハ、驚いているようだが忘れたか。私の能力を、所詮は子供だなぁ! 物理現象の全てを軽減する魔術を展開したと言ったろう? 一旦砕かれはしたが、再展開すればそれは問題ではない!」
ローは尻尾で地面を叩いた瞬間、衝撃によって歩道が叩き割れ、電柱が根元からへし折れる。
へし折れた電柱は、電線と共に倒れていき、やがてドミノの様に先々のそれらが傾き、街一帯の街灯が点滅しだす。
響き渡る阿鼻叫喚。
パトカーのサイレンが、それをかき消すように近づいてくるのを――快は耳で察する。
空中、刹那の時――上を見上げれば、滅びの流星が。
横を向けば、災害の連鎖が巻き起こり、更なる禍いを呼ぶだろう吉兆が。
快は周囲をふと見てみると、喫茶店の東側には道があり、『魚渡区へようこそ』という看板を構えた橋があった。
快が再び、正面を向くと、ローはしたり顔の様に見える表情で、顔を歪ませている。
それが何を意味するかを察した瞬間、快は感情を露呈した――。
「お前だけは、殺さなくちゃだめだ」
静かに、快は両腕を突き出し、念じる。
発動した魔術は、これ以上ない程の重ねがけ。
快が、体の奥底にまで意識を集中させ――無心の瞑想に入ると、ローは好機とばかりに舌を絡める。
舌が捕らえたのは、快の首と、頭。
頭からは締め付けられたことで血が噴き出し、やがて首をへし折らんと力が入りはじめる。
「君が居なくなれば、私は静かな生活ができる。愛魅と一緒にねぇ!」
ローがそう言い、舌の動きによって快の足が宙に浮こうとした瞬間。
ローの視界は、刹那の隻眼に、捉われる。
次に襲ったのは、臓物を裂かれ、喉を焼き、骨を断たれんばかりの感情の支配。
“恐怖”――否、恐怖と呼ぶにはあまりにもおぞましすぎる程の、形容しがたく、名状し難い感覚に囚われ、ローの体は動きを忘れる。
行動を、忘却へと追いやったが最期というのは、ローは直感で悟っていた。
が、出た一瞬の隙はそれでも取り戻せず。
「あぁ、そうか……あいつの言っていた“禁忌権”……ようやくわかったよ」
快が呟いた時、ローの展開した“結界魔術”は崩壊していく。
代わりに周囲を包んだのは、殺伐とした風景。
赤黒い炎が揺らめき、氷の大地が地を成している。
周りを囲むのは、さながら血液で出来た太陽。
燃えながらに、血液を振りまく巨大な物体が氷の大地の先にいくつも横一列に連なっていた。
「“冥府ヲ繋ギシ我ガ手意思掴ミシ君ラノ手”」
快が拳を握り、突き出すそぶりを見せた時、ローは消滅しながらに、赤黒い炎に包まれながら理解する。
(これが、これこそが――地獄なのだ)と。




