最終章 第十九話 止める者は居ない
鮮明に映る、夜。
静かなる、闇。
それらは快にとって鬱屈な感情を想起させるものだった。
が、今では違う。
全てが、途方も無い高揚感をもたらすものだった。
「疲れが吹っ飛んだようだ。今なら、なんでもできる気がするな」
川に手をかざし、念じると川は沸き立ち、逆流する。
「ハハハ、面白い……!」
笑みをたたえ、手を下ろすと川の水は元の流れへと戻った。
快が河川敷に手を下ろし、念じると――魔法陣が現れる。
「確かこうだったか。来い、“ザガン”」
快が呼ぶと、魔法陣の中から猛禽の翼をもち、雄牛のような金色の角を持ち、藍色の外套をまとう魔神が出現した。
一瞬の頭痛の後、言葉が聞こえるようになる。
「……む? 人間じゃあないか。どうした、我を今時呼び出したり等して。何を欲する?」
快は、足元の石を手一杯に掴み、言った。
「情報を引き出したけど、お前はあらゆるものを通用する通貨に変える錬金魔術を使う、違うか?」
「いかにも。我は魔王の器・ゼガン、我に不可能は無いのだ」
ゼガンが快の前で手をかざすと、石ころが次々に万札へと変わる。
「おお!」
快が歓喜すると、ゼガンは手をかざすのを止め、ゼガンは返す。
「これで良いのか人間。我は長らく退屈だったので、応えてやった。だが、次は無いと思え」
ゼガンはそれだけ言って、魔法陣の中へと帰って行った。
快は、万札を握りしめ、川を飛び越え、橋の先にある街へ駆けていく。
赤黒いオーラをまとった跳躍力は凄まじく、以前からは考えられないものだった。
街は、遠くに海が覗く港街。
快の記憶のどこかで、見覚えがあるもの。
(ここ……魚渡区かな)
快が街の入り口に入ると、歩道へゆっくりと歩み始める。
周りはひたすらに静まりかえっており、快の気分とは相反したものだった。
(しけてるな)
そんな思いを秘めながら、歩いていく。
奥へ奥へと進んでいけば、潮騒が耳に入ってくる。
それが人の営みを感じさせない程の静けさに入り混じり、快を人工物の群れの中に居ながら、まるで海の中へ飛びこんだかのような感覚にさせた。
足を進めた先に、巨大な看板が光っているのが見えはじめる。
看板の方に目をやると、そこには洋服屋がそびえていた。
(服もぼろぼろだし、何か買うか)
快は歩道から目の前にある道路を軽々と飛び越え、洋服屋の扉へ向かっていく。
自動ドアが出迎え、快はカートを持つ事無くまっすぐに突き進んでいった。
すぐに目の前に広がるのは、特有のにおいと、色とりどり、造形豊かな棚に飾られた服の数々。
入口付近には、小さな看板に一杯にかかれた、セールの文字。
その隣には、色彩と服の形がバランスよく飾られたマネキン。
(黄緑に、変なマーク……)
そのマークが、スポーツブランドのものとは知らずに快はそっぽを向いて右の、他の場所へと向かう。
向かった先は、下着コーナー。
(まずパンツ、それから靴下を何枚か……あと、カバンも必要だな。それから、靴も気持ち悪いし買おう)
下着コーナーから黒、白の同じ柄のボクサーパンツを数枚持ったところで、快は隣に置かれたかごに入れ、持った。
その後、無地の灰色のシャツを二枚入れ、靴下を三足分買い、靴コーナーへ向かい黒いシューズを入れる。
(あと、上着は要るかな……なんとなく、落ち着かないし)
快が次に行くのはジャケットコーナー。
その中で、すぐに白い、チャックのついたパーカージャケットを選ぶとそれをかごにすぐ入れて、ズボンコーナーへ行く。
ズボンは、快にとっては何でもよく、同じ無地の薄い茶色のジャージ素材ズボンをすぐにかごへ入れ、入口近くのリュックを手に取る。
「これください、あ、タグは切っておいてください」
受付の店員にかごを渡すと、店員はバーコードをリーダーに読み取らせていき、タグを切っていく。
「合計、四万二千六百円になります!」
快は、自分の手持ちの万札を数え、五万円店員に渡すと、お釣りを受け取って早速リュックの中に服を詰めていった。
リュックを担ぐと、自動ドアを越え、周りを見渡す。
(着替える場所……)
着替え所を探していた時。
「おやおや。こんなところでこんばんは」
どこからともなく声が聞こえてくる。
快が後ろを見てみると、それは快が一度見て、戦った者だった。




