最終章 第十話 ひれ伏させる
海岸、潮騒。
踏みしめる砂の感触だけがそれをしっかりと現実だと認識させる。
快の脳内に叩きこまれるのは、現実から遠い、超常的な存在の発する提案。
まさしく、悪魔の契約に等しいだろう言葉。
「魔神を納得させるって、どうやって?! まさかとは思うけど、わざわざ力を示す……戦いに行くって?」
「察しがいいね、その通りさ。といっても、人間に対して好戦的で、かつ古典的な連中だけと戦うだけだけどね。君自身にとっても良いこと尽くめだよ? だって、実戦経験が詰めるし、いざという時、あいつを止める事だってできるようになるだろう」
「じゃあ、もう片方の……禁忌をさっさと滅ぼすって?」
快が問うと――ベルゼブブは首を傾げ、両手の平を擦りながら笑う。
「君からすれば、修羅の道を往くことになる方だね。今から教える力の使い方だけをざっくり学んでカンで、グリードや魔王プエルラを滅ぼすか……まぁ、魔王を滅ぼされたらされたで、立場がある以上それはそれで混乱を招くだろうけどね」
「で、でも……ジェネルズやポグロムアを、あのグリードの兄弟を倒したときの要領で――」
快が反論しようとすると、ベルゼブブは快の唇に人差し指の腹をあてがい、黙らせる。
「よく考えてもみなよ、虚弱な小僧一匹が、何故あんな化け物どもと戦えたのかを。確かに君自身の執念と、能力、運もある……けど、ジェネルズはかなり弱体化していた。ポグロムアも同様。一方であいつはどうだ? ピンピンしているし、今の今まで――ダゴンと戦っている時でさえ、本気を出していなかった」
「確かに……そうだ」
ベルゼブブの発言は、快自身の驕りを痛感させられるものであり――自分が如何に恐ろしい存在と戦っていたのかを再確認させられた。
同時に、グリードの底知れぬ力も。
跋扈し続ける、異常なる存在によって麻痺しきっていた脳内。
それが一気に、快の記憶によって覚醒させるような感覚さえ覚える。
「アレは、今だかつて本気を出したことがない。本気を出せるのは、自分の作り出した空間の中だけど……本気を出しきった結果が隕石の招来。だから近頃はかなり手加減して戦っている」
思えば、何故本気を出さないかについて快は考えてもいなかった。
(散々、あいつが強い強いとは聞かされていたし、人間ではない上位の存在なら、あれくらいが当然だと思っていたけれど……あいつの強さは、本当に規格外みたいだ)
「さて、どうする? 禁忌はグリードを含めるともっといるし、ほとんどあいつが仕留め損なった奴らか、見てないだけの奴ら……どこかで漂っている、超古代からの存在だよ? どっちを選ぶ? 尤も、どちらかを選択したところで結局両方しなきゃいけないけど……どっちを優先するかって話だ」
快は、俯き思考する。
砂を踏みにじり、風に吹かれて。
「昔の友の言葉を一部借りるなら“君は好物を食べて、苦手なものを残し後悔するか、苦手なものを先に食べて、好物を食べるか”だ」
ベルゼブブが笑うと、快は顔を上げて答えた。
「僕は、先に苦手なものを食べよう……わかった、僕はあいつを止める為にも、そして、力を借りている魔神達がどういう存在なのかを知るためにも……力で納得させてみせる」
快の答えに、ベルゼブブは納得した様子で地面を蹴り、一メートル程度後ろへ飛ぶ。
「いいねぇ、けど覚えておきなよ? 驕りと自信は違う……どちらも“プライド”だけどね。さぁ、て。では教えようか」
ベルゼブブが両手を広げると、黒い渦が湧き立ち始める。
快が良く見てみるとそれは、ベルゼブブ自身の手が分解し、分離したハエの大群だとわかった。
快は、反射的に両拳を握り、構えるとベルゼブブがハエの大群を投げる。
「そのハエを、魔術を操る要領で手懐けろ。魔力をひりだして、僕の力を体内に宿すんだ」
飛ばされたハエに、快の視界が塞がれると、快はひたすらにもがく。
「うぁっ!」
手で掻けど、叩けど、潰れる事もなく尚もハエが蠢く。
慌てふためき足がもつれた末、背中を地面に背中を打つと、徐々に瞼の上にのみ止まっていたハエの密度は上がり、広がって行くのを快は感じた。
足、頬、腕にハエ共に包み込まれ――咄嗟に出た行動は転がり回る事だけ。
「神経を研ぎ澄ませ、想像して……体の奥底から沸き立つなにかを、練り上げろ。それが魔力だ。その湧き立つ魂の、垢こそが魔力だ!」
「うあっ……ぐっ!?」
快があがく程に、ハエの密度は増し、どんどんと熱を帯びていく。
(体が熱くて……呼吸がし辛い……まさかこれ蜂球!? 蜂だけじゃないのか!?)
蜂球。
それは、ミツバチが大きな外敵に群がり、球状に包み込むことで殺すという攻撃手段。
ミツバチの中で、特に攻撃力の高く――自傷的な行為だった。




