最終章 第一話 最初は
道路にするには、狭く。
戦場とするには、あまりにも日常的。
そんな住宅地の道路の一角で、快は膝から崩れ落ちていた。
脱力と、植えつけられた悲しさに、そうせずには居られず。
ただ、上を見上げていた。
胸にあるのは、最期に耳にした、倒した者の呪い。
深呼吸を何度も繰り返し、やがて快は両手を目の前にかざす。
その手にあったは、埃、塵芥。
血の香を僅かにまとう、小さい手。
染まった色は、快にとって、それは自らの罪を表しているかのように感じてならなかった。
「そうだ、僕の――やってることは、結局同じかもしれ――」
「快」
後ろから声をかけられ、快は背後を振り向く。
振り向いた先に居たのは、ちはを手に持ったグリードだった。
服の裾をつままれ、宙を浮くちはの姿はさながら中身の入ったコンビニ袋。
グリードが笑って、快の頭を撫でると快は目を、グリードから逸らす。
光の無い、虚ろな目だった。
「どうした? お前はまた、お前の力で敵を打ち払ったんだ、少しは喜んでもいいじゃねぇか」
「それはそうらしいけどちょっと離して!!」
ちはが叫ぶと、グリードは手を離す。
手を離した瞬間、ちはが地面に落ちるとちはは四つん這いで快の方へ寄った。
心配を、瞳に宿して。
「大丈夫だった?」
「大丈夫……なのかな。ちはさん……は?」
快が返すと、ちはは険しい表情を浮かべ、左右に首を振る。
「いや、いきなり助けてもらったはいいけど、これから……皆を助け出さないと」
ちはは、スカートのポケットから石を取り出す。
快がちはの開けた掌に持った石を見つめていると、ちはは言った。
「これ、死者の魂を呼び起こすもの……らしいんだけど、肉体が無いと復活できないみたいで……それで」
「貸して」
快は、その石を手にして――強く念じる。
が、何も反応を示さなかった。
不思議がる両者の様子を、グリードは見つめる。
「そりゃそうだろ、魂を蘇らせなれるのは蘇らせたい死者との繋がりが濃い奴しか蘇らせられない」
グリードが当然の様に言い放つと、快は立ちあがり、グリードの側へ歩み寄った。
グリードの服の裾が、触れるか触れないかの場所まで。
その顔は、複雑な感情を胸に抱いてるに違いなかった。
「どうした」
グリードが見下ろすと同時に、快はグリードの顔を見上げる。
「ポグロムアから、伝えたいことがある」
「あいつが、ねぇ。聞こうか」
グリードは快の前でしゃがみ、膝をついて耳を傾けた。
快は、震えた声で――伝える。
遺言と、その想い。
恐らくは、人間の快にとっては途方も無い時間、抱えていたその感情を。
「“ずっと、一緒に居たかった”って。“いままで、迷惑をかけてごめんなさい。素直になれなくて、ごめんなさい”ってさ」
快の伝えた言葉を聞いて、グリードは――。
鼻で笑った。
「あぁそうか。“迷惑かけた”ね」
「きっと、お前の事が大好きだったんだよ。ね。あいつは、グリードの妹だったんだよね」
「嘘……あんな、邪悪の塊みたいなやつにそんな……?」
快が言葉を付け足す頃には、頬の上を涙が伝っていた。
そして、ちはがそれを聞いて口を抑える。
一方でグリードは、ただ平然として立ちあがり、答えた。
「知ってるよ、それぐらい」
「最低な奴だったけど……でも」
快が涙を流し、哀悼の意を込めるであろう言葉を発そうとした瞬間。
「だから、どうした」
冷徹な言葉が、快の脳を貫く。
「……え?」
「嘘」
ちはも、同様に無言で愕然と、目を丸くしていた。
「快は俺の仲間だ。ポグロムアは俺の妹だった。だからどうした、残ったのはお前だ。そこに何の間違いもない。自然と自分の意思を持って淘汰された以上、俺はどうとも思わない」
快がグリードの言葉を聞いた瞬間。
拳が、グリードの腹部に飛んだ。
「ふざ……けんな!!!」
「ひっ」
ちははやっとの様子で立ちあがっていたのを、快の叫びによって崩される。
それほどまでに――力強い叫びだったのだ。
快の放った拳からは、血が滴り、グリードの腹部は何事も無かった。
「お前は、なんだと思ってるんだ……他者の思いを……! あいつは屑だったけど、でも……でも!」
まっすぐに打ち出した拳の先の腕を、グリードは握って軽く下に降ろさせると、言葉を投げかける。
「俺は、平等なんだ、贔屓はしない。それだけだ。情が移れば、それは贔屓の対象になってしまう。その結果、周りが曇って見えて、何も見えなくなってしまう。その結果が、あの兄弟達だ」
「うるさい……少しは、少しは……!」
快は、反論しようとする。
しかし、出ようとする言葉は、理性で少し考えれば無茶苦茶なもの。
言い返したいという気持ちだけが、先走りしていたのだろう言葉達に、快は理性のストッパーをかける。
「それだけ、平等にすることに……意味はあるのか」
やっと出た言葉に、グリードは容赦なかった。
「あるね、大いに。俺はこれからも、世界を守らなきゃならない。その為には、完全に平等な目線でなくちゃいけない。そしてそうある事が、命へのリスペクトだ。赤ん坊と呼ばれるような年齢だろうと、歳よりだろうと、俺は完全に価値はイコールと思ってるんだ」
(間違っちゃいない、本当に……こいつはいつも冷たいけど……理屈じゃ正しい。出したいぐうの音すら、こいつの前では封殺される……)
快は、ただ黙って――泣く事しかできずに居た。
「じゃあ、もし自分が――その世界中から嫌われて、敵になったとしたら?」
ちはが、眉をひそめて問う。
その時だった。
始めて、グリードが顔に一瞬しわを寄せたのは。
「……構わない。俺は、“侵略者”を許さない。例えそれで俺が侵略者扱いになるなら、承らざるを得ないだろう」
「じゃあ、大人しく殺されるの?」
ちはが続けた。
「殺されない、殺せない。世界の神々だろうと」
グリードが腕を組むと、ぽつりとその口からつぶやいた。
「俺にも、存在する意味はあるはずなんだ」
その言葉は、快は耳にしっかりと吸収される。
刹那、快の腫れた目が大きく開いた。
「意味……グリード、お前ももしかして、自分の存在する意味を……探しているのか」
ゆっくりと、答える。
「いや、俺はただ…………」
長く、グリードが間を置くと快の頭の中で、様々な疑問が浮かびあがる。
(今、全部質問するべきじゃない、かな)
快がそう思考していると、グリードが話を切り替えた。
「そうだ、今は、ちはの言う“皆”を復活する方法を探るべきだ。だろう?」
「そう、だね……そうだ、僕の力をコントロールできれば……!」
快の身に宿った力。
黒衣の魔人の、過去が覗かれる謎。
生をつかみ取り、生の意味を説いた少年の旅はいよいよ――終わりを迎えようとしていた。




