第二章 第二十六話 空 全 絶 護
空が割れる。
それは異常なる、光景だった
揚々と、優しく朝焼けが全てを包み込んでこうとしているのを、妨げる様に。
太陽浮かぶ、青空と雲達を払うかの如く。
天上の景色全てが――硝子窓を割るように瓦解していった。
その中心に居たのは、小さな液状の塊。
赤黒いその塊は、割れた空の隙間から見える暗黒の空間の狭間から、人型へと形を形成していく。
少女の形となると、歪に口許を歪め、落下していくと同時にどこかを見下ろす。
見下ろした先にある、山々の間から――ある一点を見つめると、快と目が合う。
快は、その目が合った瞬間に送られた表情に戦慄した。
瞳孔の開ききった、笑顔に。
何の、ダメージを負っていない様子で、ゆっくりと地上へ戻ろうとする様。
快は、震える両腕を上げ、拳を作る。
込み上げているであろう恐怖を、握り潰し――取ったのは臨戦態勢。
「……ポグロムア……!!! ッ!?」
快が名前を呟いた時。
皮膚という皮膚が、焼けるような感覚に襲われる。
それだけにとどまらず、快は気づく――吸っている空気の、薄さを。
快がポグロムアへ意識を向け、歯を食いしばり睨んでいるとグリードが呟く。
「あいつ、知ってか知らずか。青空の正体、成層圏にあるオゾン層ってのは、生物にとって紫外線から地表を守っている役割がある……オゾン層が破壊されれば、遺伝子を壊す紫外線が容赦なく降り注ぐ……」
「どういう、ことだ?!」
快がグリードに問いただそうとすると、プエルラが答えた。
「要するに、上から漏れ出てるのに見えない殺戮シャワーの完成、という訳だな」
「詳しいじゃあないか」
プエルラの発言に、グリードが感心した様子で返す。
快が次に抱いたのは、憎悪の感情だった。
感情と共に、反芻するのはポグロムアの言葉。
胸の中で、激情と共に。
(……“気に喰わないから”、だと?)
快は、すぐそばのグリードへ顔を向ける。
「グリード、あの禁忌権……ブラックエンド・ダンスホールだっけか。あれでどうか、あの裂け目から出てくる紫外線を吸い込んでくれないか?」
グリードは目を丸くしながら、答えた。
「出来たらやってる。だが、見たろ? 調整しても余計なものまで吸い込んでしまう」
グリードの発言に、快は俯き、考え込む。
両掌を、見つめて。
(僕の力は、いつまた発動できるのかわからない。どういう状況で、どういう時に使えるか……だったとしても、ぼうっとしているわけにはいかない。だったら――!)
快が何かを決意したように、手を握った時、プエルラの声が響く。
「……ソロム、もといグリードよ、快。下がっておれ。ああいった輩が魔界に侵入しても困る。捻り潰してくれるわ」
プエルラはそう言うと、両手を交差させ、横へ腕を振る。
すると、灰色の魔法陣から、数々の刃が覗かせた。
一つの魔法陣の中心から見えるのは、斧、槍、剣、発光する玉……造形は実に、西洋中世時代に見られる道具のようでありながら――全てが、傍から見ている者にとっては、異様な雰囲気を纏うもの。
そんな魔法陣が、プエルラの周囲を守る壁の様に一瞬で展開されいく。
更に、それらの先端は一つ残らず――ポグロムアの方を向いていた。
「挨拶代わりだ、出落ちになってもらおう」
プエルラが言った刹那、数々の武具が弾丸のように射出されていく。
すると空中に放たれた一本一本が、まるで意思を持つように残らず一点――ポグロムアの体に集まっていった。
見事に、武器たちの隙間へ潜り込み、命中していくと武器はバラバラに砕け散っていく。
落下していくことすら許さず、すかさず次の弾幕を当てる。
その様子に、プエルラは密かにほくそえんでいた。
(液体と言えども、蒸発してしまえば問題はない。この召喚魔術は、余に連なる血統の全盛期の武具を打ち出すものだ……そこに一本一本余の魔力がこもっているのなら、蒸発もすぐだろう)
勝利を確信したかのように、腕を組んだ時。
「……は?」
プエルラは、遠くで起こっている事実に、焦りを見せる。
弾丸達は命中していた。
当たり、役割が追われば、崩壊していくのは計画通り。
――だが、その全てが攻撃の意味を成していなかった。
液状の体に触れたそれらは、触れた瞬間に灰色のオーラごと――“破壊”されていたのだ。
(破壊の力、よもやこんなところに及ぶとは……)
歯を剥き出し、次なる一撃を放とうとした時。
「待ってください!」
快が、プエルラに呼び止める
「なんだ?」
快は、つばを飲み込みプエルラの手元に展開した、一つの魔法陣を指さし言った。
「考えがあるんです、魔王プエルラ……あなたのその大剣に、僕を乗せてくれませんか?」
真剣な表情を前に、プエルラは快の顔を見つめた後、遠方のポグロムアを見据える。
ポグロムアは、いよいよ奥に見える山の山麓まで落ちていた。
快の顔を再び見つめると、プエルラが言う。
「どうするつもりだ」
「……僕の、あの神の力はどうやったら発動できるのかはわからない。けど……なんとなく、発動するときは、必ず僕自身が窮地に陥っていて、かつ街に危険が迫っている時だった」
快は、プエルラに一歩踏み込み――魔法陣から覗く、大剣の先端に足を置いた。
「一か八か、これに乗せてポグロムアの所まで飛ばしてください!」
全身から、煙を噴き出しながら向ける――快の、決意の籠った眼差しに、プエルラは頷きで以て応える。
「賭けのソードサーフィンという訳だな? よかろう、人間……破壊を止めるのは、いつだって人間の御業よ!!」
プエルラは笑みをたたえ、魔法陣からゆっくりと体験を取り出す。
取り出された、灰色の大剣はやがて快の足元へ浮き、水平方向へ倒れた。
それを見た快は、すかさず両足を乗せる。
浮かんでいるにも関わらず、何かに支えられているかのように微動だにしない大剣に、快は一瞬驚きを隠せずにいた。
(これを維持するのも、魔力……なのかな)
「では快……飛べ、止めにいけ……召喚者よ!!!」
プエルラの声が聞こえた直後、大剣が発射されていった。
発射の速度は攻撃の際に撃った武器類よりもはるかに遅く感じられることから――快は胸をなでおろす。
いよいよ、ポグロムアの姿が眼前に迫り、大剣から降りる。
大剣を置き去りにし、落ちていくとポグロムアの体へ――拳を突き出した。
「ポグロムアァァァ!!」
突き出した拳。
深く貫き、それは――ポグロムアの体の一部を弾く。
と同時だった。
――全てが、静止したのは。
次回、大詰へ。




