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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
双眸に映る、黎明と宵闇
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第四話 変革を起こすdream 増える奇跡のcomrades

 ホテルの窓から差し込む、朝日に頬を撫でられ、快は目覚める。


「んん…………」


 目を開けずとも、病院のベッドとは違う柔らかな感触を下にしている事を認識した。

 その感覚が、昨夜の出来事を夢幻と捉えさせなかった。

 身に余る非日常的体験の連続に対して、今この一瞬にのみ穏やかに流れる時間に快は窓を眺めてそっと息を吐く。

 快は洗面所へ向かい、顔を洗い、ついでに歯を磨いた。

 使い捨ての歯ブラシを握り、歯磨き中に目線を鏡にやると、自身の首筋の痣が再び濃くなっている事に気付いた。


(まさか、ソロムのあの行為の効き目が切れたか?)


 ソロムの“延命”の効果である。

 快が首筋を撫で、眺め続けていると隣の浴室の扉が開かれた。


「ふぃ~~、さっぱりしたぜ……お、快。おはよ」


 出てきたのは、紛れも無い。

 青白い肌の体を露わにし、首にタオルを巻いたソロムである。


「わわあっ!? おはよ………」


 快は突然話しかけられ、少しばかり体を飛び上がらせた。

 ソロムの方を見ると、服で隠れていた肉体がまず目に入る。

 細身で、引き締まっていながら全身の筋肉が盛り上がっており、その姿はローマの彫刻を小さくしたかの様に思わせる程に美しいものだった。

 快はその肉体を前にしてふと自分の腕とソロムの腕とを見比べる。

 ただ細く、華奢な腕に対して、ソロムの腕は逞しさを感じさせる細さであった。


「一体どんな鍛え方してるんだよ、ずるいぞ」


「へへへへ~、仕事柄な」


 頭を軽く首元のタオルで拭き、ソロムは寝室へ向かい着替え始めた。

 元の服装に着替えながら、話しを続けるソロム。


「そういや、お前痣が濃くなってるな」


「そう………これ、どうなってるの?」


 服の襟をまくり、快は痣をソロムに見せるとソロムは靴を履きながら答えた。


「それなんだが、大丈夫だ。内側の効果はちゃあんと約二か月分ある。だから安心して、元凶探りに徹するといいぜ」


 快はそれを聞き、胸を撫でおろす。

 そして、ベッドに座り隣に置いてあるラジオを付けた。


『人気絶頂中の今をときめく日本が生んだ、ロックスター! 鳴深 棕(なるみ そう)の曲から“Blue rose chain”!』


「おお! “なるそー”の曲だ!」


「なるそー? なんだそりゃ」


 ソロムが素っ気ない態度で返すと、快はすぐさま反応を示した。


「超有名な、性別不詳の歌い手兼アーティストだよ。 中性的な声で、イントロからAメロにかけては切ないけど、Bメロでノリが一転攻勢するシャウトの効いた楽曲が多いんだ」


 早口で語る快。

 ラジオからは語られるアーティストの曲が流れだした。


「へぇ、なるほどこれはいいなぁ」


 上着を軽く引っ張り、ソロムは立ちあがる。


「さて、俺はこれからもう一つの元凶を探る。お前は自由に行動してろ、飯は…………ここバイキング形式だから困ることも無いだろう」


 快の肩に、軽くソロムは手を置き言う。


「んじゃ、10時だ。午後10時にロビーに集合な」


 ソロムはそれだけ言い、快が瞬きをするとその場から消えていた。

 それを確認し、快は鍵を持って部屋から出た。

 部屋から出ると、快は上を見上げ部屋の番号を確かめる。


(427番か………部屋多いなこのホテル。設備も良いしもしや良いホテルだったり?)


 廊下を右に曲がると、エスカレーターを使ってエントランスホールへと下りた。

 広いエントランスホールの右奥へ向かうと、そこはテーブルの並ぶ食堂となっていた。

 食堂内は人でにぎわっており、トレイ一杯に皆思い思いに様々な料理を乗せていた。

 釣られて入口付近に置かれたトレイを取るが、快はため息をついた。


(いいさ、こんな体にした元凶を特定したらこのホテルが潰れる位に食べてやる)


 快はそんな密かなる決意を胸に、スープコーナーへ向かい、隣に置かれたお椀に手を伸ばした。

 すると、丁度誰かの手が重なりかけた。


「あっ」


 左隣の方を向くと、全身を黒装束に身を包み、フードを深く被る長身の人物がトレイ片手に立っていた。

 トレイには、大盛に大盛を重ねた、身の毛もよだつほどの量のスパゲッティとカレーライスが乗せられている。


「すみません」


 快は軽く頷くようなお辞儀をすると、黒装束の人は黙ってスープをよそって奥の席へ行った。


(この時期に厚手の黒服……しかもフードがちょっと盛り上がっていたような………それにあの量の食事を……?)


 黒装束の人を見つめながら、快は様々なスープをお椀に盛り、近くのテーブルへ着いた。

 快がスープを飲み終えると、思い立ったように指輪を黒装束の人へ向けた。

 黒装束の手前には、料理を取る人々が居たが気にも止めず快は指輪を向け続ける。

 すると、指輪はすぐホログラムを表示した。

 表示されたホログラムは、高速ですだれの様に数字とアルファベットを流した。


 そうか、向けた指輪の範囲に映った人の脅威度を全て表示しちゃうのか。これじゃわかんないな。

 と、快が指輪を向けるのを止め、腕を下ろすと表示は消えた。

 快はすぐさま席から下り、黒装束の人のもとへ駆け寄った。

 黒装束の人は、自分のもとへ近づいた快の方を時折振り返りながら匙を進めていた。

 黒い長袖から伸びる腕は、異様に長い手と赤い爪を見せている。


「失礼します」


 小さな声でそう言い、快は指輪を向けた。

 そして、総合脅威度を指輪は示した。


「物理力 A2 肉体 A 知識 A 知恵 A 瞬発力 A3 魔力 A 再生力 D 総合脅威度 A三 “生還不可”…………?!」


 快は、生還不可の文字を見て顔を青ざめさせる。

 やがて、黒装束の人は食事を終え快に耳打ちした。


「君、面白いものを持っているじゃあないか。ここでは少々“こういうこと”について喋り辛い。外へ行かないか」


 快はただ、男の提案に頷く他なかった。


「では、出よう」


 男が指を鳴らすと、いつの間にか二人は外に出ていた。

 快は周りを見るが、全く見覚えの無い空間だった。

 緑や紫色の岩が露呈しており、聞いたことのないうめき声のようなものがどこからか聞こえてくる。

 空を見上げると、深い紫色に染まっており、不気味な紅い月が浮かんでいた。


「ここはどこなんですか…………!?」


「ここは魔界、我ら魔族の故郷だよ」


 男はそう言って、体を宙に浮かばせると黒装束に紫色の稲妻をまとわせた。

 やがて、黒装束からは暗い――黒装束を這う蛇を思わせるような黄土色の模様が浮かびあがり、フードは燃え尽きその場で落ちていく。

 フードに隠されていた、顔と角を見せ男は地面に降り、快に寄った。


「俺の名前はユンガ。ユンガ・テネブリス…………悪魔属偉大なる卿(グランドデューク)にして、魔獣属魔王の器(ダーク)だ」


 快も名乗る。


「朝空 快………えっと、血液型O型、12歳です」


「12歳…………というとまさか」


 ユンガはマントを翻し、片腕を上げる。

 すると、快の着ていた服が一気に破けた。


「うわぁっやめてください!」


 必死の叫びもむなしく、既に服は破けていた。

 体にタコの触手が絡んでいるかのような痣が全身に回っているのを見てユンガは目を丸くする。


「馬鹿な、ここまで進行していたら歩くこともできないはず………目も見えているし…………」


 ユンガは快の体をまじまじと見つめながら、痣をなぞった。


「あの………なんなんですか?」


 はっと我に返った様子で、ユンガは手を止める。


「………40年前の事だ。時空の流れも、存在する場所さえも違うあらゆる“世界”の境界が崩壊したのは」


「その境界を壊す程の大災害は欲していたんだ、復活のエネルギー源を……エネルギー源となった少年少女は12~13歳の内に死に、餌となる」


 ユンガの話を聞き、快は答える。


「待ってください、それ……ある人から聞きました」


「では、その“災害”の話も聞いたかい? …………規模がどれだけの物だったのかも」


 快は、アイネスの話を思い出しながら再び返した。


「確か、銀髪の怪物が原因で、隕石と一緒にやってきたって……………でも、それが見つからないって…………」


 そう答える快に、ユンガは頷く。


「物理的、直接的な原因はそうだとも。では、“何故”隕石が振ることになったと思う?」


「え、偶然ではないんですか…………」


 ユンガは、快の頭を撫でて言った。


「……魔族の内の誰かと、人間が手を組んで隕石を呼んだんだ。問題は誰がどうやって、だけどそれがわからないでね」


「じゃあ、何故魔族の内の誰か、人間の誰かってわかったんです?」


「あぁ、事件が起こる前に丁………酒場で誰かが魔法陣の中に吸い込まれていってね。人間に召喚される時は決まってそう地上界に送られるんだ」


 “人間と魔族が手を組む”。

 その一言に、一瞬怯み、快は固唾を飲み――無理矢理自身を納得させた。


「では、今度は俺が質問させてもらおう。君は何故……そんな指輪を持ってるんだい?」


 質問に、一瞬言葉を詰まらせるが、答える。


「……銀髪の人からもらいました」


「ほほぅ、今どきそんな代物を……少し貸してくれないか」


 ユンガはそう言いながら、快の人差し指から指輪を引き抜いた。

 指輪を引き抜くと、今度は宝石部分を舐め回す様に見る。


「…………なんて子だ」


 そう呟き、ユンガは宝石を取りだした。

 ユンガの声に、快はソロムに言われた事を思い出す。

 “人間が扱うには危険すぎる”と。


「あの、何かまずいことでも?」


「まずいもなにも、これはとんでもない代物だ。知ってか知らずかはもはや問わないでおくが」


 宝石を懐にしまおうとするユンガを前に、快は言った。


「知ってるなら教えてください、お願いします……それは具体的な事を伏せられて、貰ったんです」


 願いを聞き届け、ユンガは答えた。


「これは、冥界でのみ採れる伝説の鉱石ダーカーズ・デビルノコン。魔力を吸収し、より増幅させて溜め込む性質のごく一部の魔族しか持ってないものだ――それも、持ってるだけで吸われる感覚がするあたり、かなり高い純度のものらしいね」


 質問に答え、ユンガは指輪と宝石を返した。

 そして、指輪を指さす。


「いいかい、ダーカーズ・デビルノコンは別名“冥王ノ眼”と呼ばれている。宝石は触れた者の肉体と魔力の質を記憶するんだ。その指輪は、その記憶を引き出してあてはめ言語化させている。例えるなら、その宝石はあらゆる体系の衣類が全部入ったタンス。指輪はそれを開ける鍵ってところか」


 快は指輪をはめ、返してもらった宝石を指輪に戻した。


「なるほど、ところで……………聞きたい事があるんですが」


「なんだい?」


 快は、はっきりとそれをいった。


「何故、地上界にあらゆる怪物が?」


 ユンガは出っ張った岩に座り、語る。


「昔から、人間に敵対する魔族が一部一部居てね。でもぼっ………俺の小さい頃は十体中十体は人間を憎んでいた、姉様が覇権を握ってからは10体中3体くらいには減ったのだが――そのうえで、各世界がバラバラにあるものを、40年前の災害の衝撃で隔たりがずれていって、一直線に繋がってしまって――要はしきりがなくなったのさ」


 ため息を零し、続けた。


「おかげで、魔族の一部は暴徒と化し地上を蹂躙。天使や神々はそいつらとのいたちごっこを続け、冥界に留まっていた人間の魂は地上に何らかの方法で蘇ってしまった。渾然一体の百鬼夜行――どいつもこいつも地上じゃ右を向いても左を向いても敵だらけ。唯一の味方は魔界にまだ留まっている者達だけだよ」


 ユンガは、再びため息交じりに頬杖をついて言った。


「じゃあ、なんで地上界に?」


 快がそう言うと、ユンガは拳を握りしめる。


「暴徒を鎮めながら、元凶探りをね。あと……他にも個人的な私怨もある」


「私怨って?」


 聞き返した瞬間、ユンガは立ちあがり拳を思いきり背後の岩に叩きつけた。


 すると岩は砂の城を崩すが如く散り散りになり、地震が起こる。


 激しい揺れを前に快は体制を崩して尻もちをついた。


「妻が、銀髪の怪物にさらわれたという情報を部下から耳にしてね……………見つけたらこの手で畜生共の餌にくれてやろうかと思ってな」


 叩きつけられた拳からは、紫色の稲妻を帯び、快の方へ向いた視線は紅く輝いていた。

 快は、そんな穏やかな物腰で会話をしていた筈のユンガを前に震えた。

 “人ならざる者”と関わるという事を、快はその身を以て感じたのだ。


「ひっ……」


「おっと、怖がらせてしまったね。ごめんね」


 ユンガは快を片手で持ち上げ、埃を軽く払って頭を撫でた。


「さて、快君。君もこの災害の情報を知ってるという事は、君としても元凶を倒したいと思ってるわけだ」


 微笑みかけるユンガに、快は無言で頷く。


「じゃあ……僕と一つ、契約をしてみないか?」


 突然の提案だった。


「え…………じゃあちょっと待ってください」


 快はポケットの中の袋から、印章封印札(シジル・カード)を取り出し見せつけた。

 すると、ユンガは手を真正面に向けた。


「おっと、それは弱った魔族にしか通用しないからちょっと待ってね」


(にしても、このカードがまさか現代まで残ってるなんて……………………)


 しばらく何かを念じて、ユンガは手に稲妻をまとわせた。


「よし、じゃあ何にも使ってないカードを出して」


 快は、言われるがままにカードを差し出すと、ユンガはそれを両手に挟んで稲妻に当て続けた。

 カードは、火花を散らしていた。

 稲妻に焦がされ続けてか、カードは渋い銀色に染まっていった。


「よし、任意契約完了…………これで俺をいつでも呼び出せるよ」


 微笑んでユンガはカードを快に渡した。


「任意契約………? 普通に封じるのとは何が違うんですか?」


「弱った魔族を吸い込む場合は、魔界へ帰る事で肉体が回復するものの、一方的に奴隷みたいにこき使われて、契約者が死ぬかカードの所有権を破棄すると宣言されるまで解放されない。しかも肉体は魔界に閉じ込められたまま。だが、任意契約の場合はどんな世界からもお互いに呼び合えるし、その指輪を通して通話もできる。契約の内容も、お互いのメリットを交渉したうえで契約できるんだ」


「……え? 契約内容ってどんなのにしたんです? 怖いんですけど」


 それを聞いてユンガは笑った。


「あははっ、賢いね。契約期間は二か月で、元凶を討伐した時契約は満了、お互いグッバイってそのカードに書いといた」


「なるほど……………」


 快は、八岐大蛇の封印されたカードとユンガに手渡されたカードを見比べた。

 八岐大蛇のカードは全くの無地だが、ユンガのカードには魔法陣の中に未知の言語が刻まれていた。


「ぼ……俺こう見えて強いから、お兄さんを頼りなよ」


 ユンガはウインクを送るが、快はきょとんとした表情でユンガの顔を見つめる。


「? 快君どうしたの」


「いや……一人称……」


「一人称がどうしたの?」


 ユンガは快の前でしゃがみ込む。


「……無理して“俺”って言ってませんか?」


 快がそう言うと、ユンガは片手で顔を隠した。


「小さい頃からの癖が出てるかあぁもう………畜生かっこがつかない」


 そんなユンガを見て、快は噴出したように笑った。

 この夏で、初めての心からのものだった。


「こら笑うなっ!」


「あっはっはははは! かっこつけしいデビル~!」


「なんでこうも俺って、小さい子にからかわれがちなのかなぁ」


 無邪気に笑う快に、ため息をつくユンガ。

 互いの住む世界の異なる、混沌の渦中に巻き込まれた両者の対面。

 そこには、紛れも無い確かな一瞬の安らぎがあった。

 戦う者達の、少しの時間を魔界の月がささやかに照らし――赦していた。

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