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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
終焉の続き
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第二章 第六話 懺悔氷壊ノ先《アイスブレイヒト・アイズ》

  夕食を取り、子供達と一緒に空になった皿を洗い終え、寝床へと向かう快。


 ちはに誘われるまま、居間の奥の扉を開けるとそこには既に子供達の人数分の布団とその隣に一際大きな布団が二つ敷かれていた。


「あなたは、オーナーさんと一緒の布団だって!」


 ちはが快に伝えると、快は頷き、一際大きな布団にゆっくりと座り込む。


「ありがとう、けど先に寝ちゃっていいのかな」


 快がちはの顔を見上げると、ちはは自分の――うさぎの描かれた布団に潜り込み答えた。


「いつも、この時間から寝ていいことになってるから」


 ちはが両腕を組み、上にあげて伸びると、快は目をこすりだす。


 その様子を見て、ちはは快の足元の布団を引き、膝上にかける。


「今日来たばかりやもんね、もう寝る?」


 穏やかな笑みに、快は頷くと横に滑り込んで布団を上に伸ばした。


 そして――瞼の重みに、素直に従っていく。


 一日の終わりに聞こえてきたのは、掠れた話し声だった。


 しばらくの暗闇の後、視界はやがて鮮明なものへと変わっていく。


 が、目に映っているのは先ほどまでの日常的なものとは違ったものだった。


 視界に映るのは、灼熱に燃える炎。


 その中には様々な花が咲き誇っており、地面は雪原となっていた。


 上を見れば、空の代わりと言うかのように魚やペンギンが泳いでいる。


 相反したものが、決して存在しえないもの達が存在し、混濁した脳内の中に容易に受け入れられていた。


(どういうことだ? ……けど、悪いものではなさそうだ)


 快は、奇妙なその空間を散策する。


 足音が無く、雪原の上で揺らぐ炎の色は紫色。


 再び上を見上げてみると、イルカが尻尾で快の頭を時々撫でていた。


 その様に言い知れない面白みを感じてか、快がイルカの尻尾を撫でると、イルカの尻尾は金魚の尾ひれに似た形状へと変化する。


 珍妙な空間で触れるものは全て、これまで感じてきた中で、摩訶不思議ながらも――とても、心地良いものだった。


 天上の海に触れ、熱さを感じない炎を通り抜けていったとき。


 突如、快の体に激痛が迸る。


 快の全身は肉が張り裂け、血が迸ると同時に――首元に冷たく、鋭い感触が伝わった。


 まさに、氷の刃に貫かれたかのように。


 その瞬間、これまでの幻想的な空間は一変していった。


 天上の海は、氷柱へと変わり。


 紫の炎さえも、どこからか吹きすさぶ吹雪が消し飛ばし。


 あらゆる全てを凍てつかせていった。


 吹雪は、快の身に流れている血にさえも霜を下ろさせ、固体へと変えていく。


 肉も、もはや氷の塊に過ぎず。


 快の左側で、ふと何かが割れる音が鳴る――と共に、視点が一気に下へと落ちていった。


 快が左を向くと、割れていたのは、凍てついた自身の義手だということに気付く。


 下を見れば、下腹部を貫き、自分の片足にかかる重量に任せたっきりにしているのは、自分の義足だということにも気付いた。


「ゆ、ゆめじゃ……ないのか!?」


 快が呟くと、突然視点の奥行が奪われる。


 首を下に向けたままにしていると、あるものが雪原の中で落ちていった。


 それは――自分の血液の溜まった、白く染められ砕けた先天鏡。


 先天鏡の上には、赤い斑点が塗り重なるかのように落ちていく。


 快にとって、もはや痛みすらなかった。


 雪原の中、快はただ佇む他になく。


 それは四肢を奪われた、奴隷の様。


 快が歯を食いしばり、痛みをこらえていると――雪の上を踏み抜く足音が聞こえてくる。


(なんだ?)


 足音の方向に視点を向けると、吹雪の中に一つの影があった。


 影の大きさからして、自身と同じ背丈の人間の様だと、快は察する。


 影は、少しずつ快に近づいているようだった。


「ここは危ないよ! 近づくな!」


 快が叫ぶと、発した言葉とは反して影はどんどんと近づいていく。


 快は、残った手を振り、全身で揺れ動く。


 危険だと、伝える代わりに。


 手を振り続けていると、段々と影は大きくなり――その姿を露わにしていった。


 それは、快に衝撃を与えるのに容易なもの。


 雪の結晶のような白い髪に、トパーズを思わせる左目、ルビーの如き右目。


 それを飾るのは古びた、アゲハ蝶の模様のような西洋貴族の装束。


 ――戦友の、一人の姿である。


「!! アイネス!!」


 快は、その姿に笑みを浮かべた。


 想いのままに、体を動かしていると、氷の少年はただ、無言で快の目の前まで歩みよる。


 近付き、快が足元まで来ると少年は快の元でしゃがんだ。


 快の顎を引くと、少年は――口を開く。


「……人様の生を無駄にして、味わう快楽はどうだ?」


 アイネスの発した言葉は、何よりも冷たく、鋭く。


 今の快の胸に、深く突き刺さった。


「ち、ちが――」


 “違う”。


 返すにはあまりにも場違いで、到底言えるものではない。


 自身の行いを理解し、反射的に言わんとした言葉を、黙って飲み干した。


 否定より先に、懺悔を告白すべきと判断する。


「ごめん、でも……君も生きていたら!」


 自然と出た涙と声の震えを抑えつつ。


 たったの一言に、これまでの旅路を回想していく。


 初めて、互いに共有した外の世界での思い出達を。


 悪魔からの解放より始まった、思い出達。


 共有した、食事の味。


 同じ呪いを語らった、時間。


 余暇を楽しんだ空気の匂い。


 全てが、噴き出していた。


「ごめんなさい、本当に……!! けど、君が、生きてっていってくれたからさ……!!」


 唇を噛み締め、泣く。


 感情のままに。


 それを見たアイネスは、快の額に額を合わせ頷いた。


 快は、額についたその冷たさに罪悪を這わせて。


「じゃあさ――」


 アイネスの声に、快は頷く。


 刹那。


 快の胸に、鋭い痛みが迸った。


「――死んでくれ、快」


 快が自分の胸を見つめると、氷の刃が――。


 ――三本の氷の刃が、貫いていた。


「ボクが生きろと言って生きてくれたんだ、なら今度は死んでくれるよね」


 全てが、白と紅に染まる。


 アイネスのそれは懺悔も、もはや届いてたとも思えなかった。


 快の意識が、暗闇に落ちていき倒れかけると、アイネスが服の裾を掴む。


「三日後、お前の全部を――凍結させてやる。悪いと思っているなら、それを受け入れるか僕の為にここから北の屋敷跡に来い」


 動悸と、痛み。


「じゃあまたね。律儀な君、真面目な君が、ダイスキだよ」


 放たれた一言を最後に、快は目を閉じた――。

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