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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
双眸に映る、黎明と宵闇
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幕間 過去の栄光は過去と共に去≪あ≫れ

 人々行き交っていた、商店街の店たちの屋根を打つ雨。


 今や誰も居ない、曇天の下――閉じられ歪んだシャッターに身を置く姿が在った。


 ユンガ・テネブリスである。


「うぅ…………」


 再生しかけている、下半身を動かし、彼は目を見開かんともがく。


 深手を負った彼を突き動かすは――胸にあるもの。


 愛する者への想いと、決意。


 ユンガの想いに反し、身体は全く動かず。


 ユンガが倒れていると、遠くから足音が歩道に響いた。


 水しぶきの音は、力強く。


「ほぉ、随分無様な姿の悪魔だな」


 ユンガの耳に聞こえてきたのは、かつて遠い記憶にあった声。


 力強く、どこか冷たい感覚を覚える声だった。


(…………誰だ?)


 視力を取り戻した瞳で、そっと瞼を開けるとそこにいたのは。


 大昔、最初に愛する者を奪った者の姿だった。


「ここはお前の居るべきところではない、引導をくれてやる」


 赤い毛髪に、自身に打つ雨に気を留めることなく――男は、ユンガの首をめがけ手刀の構えを取る。


 手刀を繰り出さんとする、その手は稲妻を帯びていた。


「ガポッ…………グガアア!!」


 その顔。


 その声。


 その稲妻を前に、ユンガは獣の如く飛び掛かった。


 肺から湧きあがり、あるいは臓物より流れ出る、自身の口腔を満たす血などどうでもよかった。


 機能がまだ回復しきっていない体での攻撃すらも、男への憎悪の前では些末な事。


 神の天誅の如き黄金の雷に対し、ユンガは開き切った口から、叫びのような紫電の雷で迎え撃った。


「むっ、貴様動けて―――?」


 男が驚いた様子を見せ、後ろへ下がるも時すでに遅く。


 ユンガの牙は、男の腕を噛み砕いていた。


「ぐあっ!? かような姿になろうともこの俺に食らいつこうとは…………何者だ?」


 ユンガは、食らいついた腕を抉らんばかりに噛み、顎を重心として男に一瞬寄りかかる。


 裂け、千切れた肉は再生し、ユンガの肉体は元の姿を形成していった。


 ユンガは紅の瞳を、捉えた男の姿を焼き尽くすかのように燃やし、名乗る。


「俺は、魔獣属魔王の器にして悪魔属偉大なる卿、ユンガ・テネブリス……………お前の名に呪われた、悪魔だ」


「お前にとっては、何もわからんだろうね。――父を殺され祖父を殺され姉があんな姿にされた、お前に殺されかけた悪魔と言われてもね」


 ユンガが全身に魔力を回し、瞬時に全力で男の首を片腕で締め上げると、男は足を宙に浮かばせた。


 短剣を、構えて。


「俺はレクス・へロス・ブロード。貴様の事など知った事ではない。生前殺し損ねたものはたくさんいるでな、よく覚えておらんわ」


「なら、思い出させてやる。そのちっぽけな生前に、どれほどの罪を犯したか」


 レクスが短剣を首を絞め続けるユンガの腕に突き立てる。


 短剣はユンガの腕に深く突き刺さり、刃は腕の骨を貫通していた。


(これでしばらく腕は使えまい。哀れよな、再生を封じられるとは――)


 レクスが微笑を浮かべる。


 しかし、首に伸びた腕は、依然としてレクスの首を絞める。


 稲妻を帯び、血滴る手で。


「ああ、俺の妻も、姉も、友人も……皆こんな痛みを受けていたのか」


 ユンガはもがくレクスの頭を、魔力の込められた右腕で鷲掴みにした。


 レクスがユンガの腹・みぞおちを狙い蹴るが――微動だにせず。


 ただ、右腕に殺意を込めていた。


「お前の為に、どれほどの魔族が犠牲になったか。お前のせいで、魔界の全てがどれだけ変わったか知らないだろう」


 右腕は、レクスの頭蓋を割らんばかりに掴み、稲妻を発し脳を焼き焦がしていく。


 静かなる怒りが、誰にも見せ得ぬ黒き感情の全てがそこに現れる。


 愛深き悪魔の、優しき悪魔故の憤怒がレクスの顔面を貫かんとしていた。


「“我が道、誰かの為に。我が言の葉、誰が為に」


 詠唱が始まると、レクスは自身の首を絞める腕の短剣に手を伸ばし、短剣を引きかんと柄を引っ張る。


 力一杯に、引っ張ろうとも短剣は、ユンガの腕から離れなかった。


(何故だ? この俺が――ただの悪魔属一匹にここまで?! この俺が!?)


 ありえない。


 天地がひっくり返ったとしても、ありえないと生前の自分なら鼻で笑うだろう。


 そんな現実が、今まさに眼前に殺意を露わにした悪魔によって起こされる。


 地上のあらゆる魔族を押しのけていったレクスにとっては、悪夢以外の何物でもなかった。


「赦しは要らず、罰を懼れず。あなたの為に、皆の為に僕はこの力を揮いましょう。懺悔等、僕には過ぎたもの」


 詠唱の二節を唱え終えると、レクスの全身を魔法陣が囲み、魔法陣から飛び出した漆黒の腕が絡みつく――。


 魔法陣の奥から覗くのは、レクスが生前に倒した魔族達の瞳。


「――僕ガ赦ス贄ノ代償(カルマ オブ エンド)”」


 詠唱が終わる。


 それと同時に、レクスの喉の奥から――何かがこみ上がった。


「なんだ…………んぐっ!?」


 吐き出されたのは、赤黒い泥。


 赤黒い泥は、延々とレクスに吐き気を催させ――泥を吐かせ続けていた。


「この魔術は、俺の姉の魔術の模倣を応用したものでね。冥界へ逝った魂の想いを身に宿させるものだ」


「魔術をかけた相手に縁のある魂が、魔法陣を通して願いや祈りを魔術をかけた相手にかける。お前の場合は、恨みや呪いといった――負の祈りの方が多いだろう」


 苦しみに暴れるレクスから、ユンガは左手を離す。


 地べたを這いながら、泥を吐き続けながら、複数の手によって全身を締め付けられるレクスの姿をただ、ユンガは傍観する。


 救いを求め、酸素を求めてあがくその姿を見つめる眼は、もはや哀れみと、憎しみの入り混じったものだった。


「生きていたかった子供もたくさんいた。一緒に居たかった家族も居た事だろう。希望に満ち足りた者も、絶望から這い上がらんとしたものも。その子らの、全てを奪ったんだ。全部、止めさせられた。心臓の鼓動、魂の揺らめきと一緒に」


 充血し、涙を浮かべ手を伸ばすレクスに、ユンガは歩み寄る。


 手を、踏み砕いて。


「地獄に堕ち、許しを乞うて苦痛の果てに散れ。お前には、地面を這わせることすらもったいない」


 ユンガはレクスに背を向け、地面を蹴り置き去りにしていった。


 屋根に向かって飛び上がるユンガを見届け、レクスは――一人絶望に打ちひしがれる。


「ユンガ・テネブリス……………貴様だけは許さんぞ、殺してやる! 絶対に!」


 足をばたつかせると、体にまとわりついた漆黒の腕が、足の関節を可動域から逆方向にねじ切る。


 レクスが腕を伸ばすと、子供からおもちゃを取り上げる大人の様に――腕を引きちぎった。


(一生、そうやっていろ。お前に関していえば――一切可哀そうだと思えない)


 ユンガは、振り向きざまに想いを馳せる。


 一人の、かつての人間の解体は、誰にも知られる事無く行われるのだった。


 レクスがもがき続け、二時間が経過した頃。


 レクスの息は、とうとう絶え絶えになりかけていた。


(ここで――まだ力尽きるわけにはいかない…………俺は、必ずや地上にはびこる全ての魔族を討つのだ。人類が――異種によって滅ぼされるなどあってはならないし、ましてや魔の力に頼るなど――!!)


 体内は荒れ果て、目は血走り、人間であったかすら疑わしい有様になりながらも、レクスは呪いからの脱出を試みる。


 時間経過によるものか、呪いの効果が薄れ、伸びる腕の本数も、吐く泥の量も少なくなっていたのにも関わらず。


 レクスは、一点の――背後に近づく足音に気付くことはできずに居た。


「冥界の者どもは食らった。天界の天使どもも喰った。――問おう、お前はワシの完全復活に協力してくれるか?」


 雄々しい声が、レクスの背後に響く。


 声の主は、レクスの背中を踏みつけ、肉が跳ねる音を鳴らさせる。


「――なるほど、お前が――かの銀髪の怪物――」


 掠れた声で、“真なる敵”に向かって出たのは諦めにも近い声。


 やがてレクスの体は、その敵の体が変化した肉壁に呑まれていく。


 過去の人類の光は、脅威を前に二度――散った。

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