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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
双眸に映る、黎明と宵闇
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第二十一話 欺瞞/友情

「少年、例の男からの話は聞いているな?」


 レクスが快に問う。


 巨体を跪かせ、快に目線を向けて。


「例の男………? まさか、ソロムとジェネルズを両方殺すって言ってた……?」


 快が小声でそっと、レクスに耳打ちするとレクスは頷き答える。


 その様に、快は顔を青く染めた。


「そうだとも、少年。お前の身の上も全てな」


 レクスが快の小さな肩に手を置く。


 皮手袋に包まれた手は、温もりを抱いていた。


「もう無理をすることも無い、幼いお前が戦いに身を投じるのは、あまりにも――不相応ではないか。考えてもみろ、幼少の頃より剣を握ったことがあるわけでもないのに」


「病に臥せ、己を傷つけ戦い続けたその様、実にあっぱれ。しかし、俺が来たからには、もうお前のような犠牲者は出したくない」


 レクスの目が一瞬、閉じる。


 すると、快が言葉を投げた。


「何が、言いたいんです?」


 快が不安を孕んだ声色で投げると、レクスはゆっくりと――瞳を開け立ちあがった。


 肩に置いていた手を、伸ばして。


「指輪を、この俺に渡せ。そうすれば、全て事が終わるだろう。もう悩まなくていい、かように四肢をもがなくてもいいのだ」


 指輪を、渡す。


 その行為は、快にとっての“旅”が終わりを告げる事を意味していた。


 それと同時に、ソロムを裏切り、これまでの戦いを否定し、アイネスに託された、バトンを破棄することが――目の前の選択に現れていたのだ。


 やりとりを聞いていたソロムは、仁王立ちになったレクスに歩み寄る。


 ソロムの掌には、アムドゥシアスに投げた短剣が握られていた。


「おい、オヤジ。誰を倒すって? やれるならやってみろ、その気に入らない面で、今やろうとしたみたいに、息を吐くようにこの刃でやってみろ」


 ソロムは手に持った短剣の柄でレクスの胸をつつき、短剣を渡す。


 渡す際にも、ソロムはレクスを睨み続けていた。


「貴様が、話しに聞いていた”銀髪の怪物を追う怪物”か? 魔族とも、天使とも、人間ともつかない雰囲気をしているが――お前は何者だ?」


「俺はそのどれでもない、怪物と言いたければ言ってろ。ただの仲裁者であり流浪者だよ―――お山の大将さん」


 ソロムとレクスの、視線の約五十センチほどの差を前に、棕と快は呆然と立ち尽くす。


 両者とも、決してそう見られぬ――常人からすれば、人間離れした風貌の持ち主だったが故。


 周囲は、人間達を圧巻に黙らせる気迫が立ち込め始めていた。


「なぁ、ソロムなどと言ったか?―――直球で言わせてもらう」


 レクスがソロムの服の裾を掴み、高く持ち上げるとソロムの足が宙に浮かび上がる。


「なっ! あいつソロムを! はなしやがれ――」


 その光景を見て、棕がとっさに飛び出すと、レクスは振り向き目を大きく見開く。


「うわっ!」


 見開いた目が光り輝いたかに思うと、棕はその場で倒れこんだ。


 倒れた棕に、快は駆け寄り背中を持つ。


「棕! なにが起こった!? 大丈夫!?」


 話しかけるが、返ってくる言葉も無く。


 整った鼻筋から、快に息がかかるだけだった。


(よかった、気絶しているのか。だけど…………いきなり現れてなんなんだあいつは? 昔の王様は、魔術がつかえたって言うのか?)


 快が胸を撫でおろしていると、ソロムが快に振り向く。


「快、今すぐにここから離れろ」


 ソロムの口から放たれた一言に、快はたじろぎを見せる。


「ちょっと、お前の素性全部見させてもらうぜ。悪く思うなよ――?」


 ソロムが笑んで、レクスの持ち上げられた手を握りしめると、レクスに碧色の眼を近づける。


 眼は妖しく輝き、レクスの顔面を照らし出していった。


(禁呪”過去視ノ魔術”、発現。同時発動魔術――”脅威測定解析眼”)


 詠唱無く、瞳に映った対象の過去を見る魔術を発動させる。


 それと同時に、ソロムは相手の脅威度を測定する魔術も発現させた。


 するとソロムの脳内に、レクスの誕生から現在に至るまでの過去の記録、情報、感情――全てのあらゆる記憶が、レクスの主観から捉えられた映像と共に流れ込んでいく。


 映像の他に、レクスの脅威度もまた、ソロムの眼に映りだされていった。


「なるほど、お前―――」


 ソロムは歯を見せ笑う。


 後に、握りしめた手を更に強く握り、下の方へと追いやり――宙から足を下ろしていった。


「貴様何をした?! これほどの怪力と魔術……これまで戦ってきた者達と全く違うような……」


 レクスが驚愕に顔を歪ませていると、ソロムは目を鋭くして答えた。


「お前、俺がとことん嫌いなタイプらしいな」


「――ほぉ、化け物に嫌われるとはな」


 次に、レクスがソロムに目線を合わせたまま後退した。


 数センチほど離れると、レクスは短剣を構え――稲妻に身を包んで笑む。


「フハハハハハ!! 心当たりがありすぎて返しに困るなァ!! 何せ、俺は生粋の化け物殺しの王なのだから!!」


 レクスの、先ほどまでの態度からの変貌ぶりに、傍観していた快は―――。


 狂気に、その身を凍えさせていた。


 そして快の足は、自然と棕を抱えたままに後ろへ走り出していった。


「快!」


 ソロムに呼び止められる。


 快は後ろを振り向き、ソロムの顔を覗くと――銀髪によって隠された表情から、ソロムが一言を飛ばす。


「お前がどっち側の味方かなんてのはこの際どうでもいい。だが、これだけは約束しろ」


「絶対に、生きろ。そう決めたのならな。もはやこいつぁお前だけの問題じゃあないんだ。それと、またあの氷のジャーマンキッズみたいな犠牲も出したくないなら命がけで周りの奴らを守り抜け」


「これは命令だ――意地でも自分も他者も守り抜けッ!!」


 ソロムが快に強く言うと、ソロムの正面で構えていたレクスが頭を抑えた。


「実に面白い事を宣うな。怪物どもにはわかり得ない人間の”魂の在り方”を模倣するか」


「――その様子だと、お前に似合いなのは、せいぜい格調高い伝統の玉座じゃなくどこにでもある薄茶色の古びた便器だろうな。もうその言葉、その過去――水に流せないぜ?」


 両者は睨みあい、今にも戦いが始まりそうな雰囲気を醸し出していた。


 否。


 戦いは、既に始まっていた。


「言うではないか、顔も尻も青ざめた小僧が」


 発言から間を開け――レクスとソロムがほぼ同時に、噴き出したように笑いだす。


 広々とした、団地の道路に立って。


「――その言の葉、万死に値する」


「―――来い」


 誰の目にも止まらぬ速度で、レクスの短剣が飛ぶ。


 短剣はソロムの手刀によって打ち払われると、レクスがソロムに高速で直進した。


 捨て身に近い体当たりを前に、ソロムは手を伸ばし受け止め――レクスを後方へと投げ飛ばす。


 レクスがマントに身をくるませ、着地した先の空き地に置かれた土管に手を置く。


 レクスは土管に指をめり込ませると、稲妻をまとい六メートル先のソロムへ向かい槍の様に投擲していった。


「土管でどっかんいこうってか? そうはいくか」


 ソロムは豪速で猛進する土管の槍を前に走り、土管を粉々に砕いていく。


 一気にレクスの元まで距離を詰め、レクスの顔面に向かって蹴りを放った。


 放たれる蹴りに対して、レクスはソロムの足を掴み、向かってくる力と逆方向に押し上げていく。


 体格差をものともせぬ、与えられる一撃一撃に顔を歪にさせながら。


 爆音と土煙に包まれ、炎や稲妻迸る“怪物”達の激しい戦闘をよそに、快はただ茫然と立ち尽くしていた。


(どっち側だろうと……………か)


 自分の指にある、宝石の輝き。


 失った腕と足を補う、硬い質感。


 喪った、仲間。


 光を灯す事の無くなっていた、ガラスのような眼。


 快は自らを形作る、全てを見つめた。


(…………僕の敵は)


 両腕に抱えた棕を、向かって左の空き地の隅に置き、快は――怪物たちの乱闘に飛び込んでいった。


「もうやめろ!!」


 快の叫びを聞き、互いに両腕を組み合ったところで争いが止まる。


 レクスが快の方を向くと、ソロムを一睨みした後歩み寄った。


「どうした少年。この化け物と居る事に見切りでもつけたか」


 快は首を横に振り、答える。


「ソロム、ごめんよ。僕は、ソロムに謝らなきゃいけないことがたくさんあるんだ」


「謝らなきゃいけないこと? なんだ?」


 ソロムがレクスから離れ、快の前でしゃがむと、快は顔を下げた。


「まず、僕はソロムに隠し事をしてたんだ。恐いからって…………もし、ジェネルズのような化け物だったらと思って、僕は敵か味方かわからない奴と結託を何度も結んでた。アイネスだって最初はそうだった。それに今、目の前に居るレクスも、きっと……あの男“信長”の差し金。信長は、ソロムもジェネルズもこの世にとって悪だといって倒してしまおうと言っていた。それでも、僕は君に何度も助けられて。それにソロムは、今まで見てきたけど……変な奴だけど、絶対に悪い奴な訳がない。現に、地上界を襲ってきた魔族はともかく人間は殺してないじゃあないか」


 快の目からは、自然と涙が流れ出ていた。

 それが心底からの――懺悔だという事を、物語っていた。


「快………俺が、世界にとって害だと疑ってたのか。それでどう俺を倒そうかって?」


 ソロムが快の顔を覗きつつ、肩を揺さぶると快は首を横に振った。


「そうとも考えてた。でも、今は―――」


 快は、ポケットから印章封印札を取り出す。


 取り出した印章封印札には、木瓜の印が刻まれていた。


 印章封印札に向かって快は、一息つくと語り掛けた。


「――聞こえますか、朝空 快(きよそら かい)です」


 印章封印札から、信長の声が返える。


「聞こえるぞ、ソロムは弱らせ倒せたか? これからソロムを倒したら――」


 信長の、笑みを含んだ声色が聞こえると、快は真剣な声で言った。


「いいえ、僕は決めました。僕は、ソロムは倒しません。殺させません」


「何を言うている? ソロムを倒さねば、ジェネルズを倒せたとしてもまた世界の境界を破って、人外どもの大物たちがソロムを狙って地上が荒らされるのだぞ?」


 信長の言葉に、快は印章封印札を強く握りしめつつ、レクスの顔を見る。


 その瞳は、誰よりも強く輝きを放っていた。


「なら、その都度戦います。ソロムが暴れるような事があれば僕が止める。だってそれが――」


 握りしめた、印章封印札はやがてひびが入っていく。


「――仲間だから」


 快の一言に、ソロムは目を丸くさせた。


 包み隠されぬ、裏表もない言葉。


「快……………」


 ソロムは、思わず声を漏らしていた。


「――あいわかった、ではレクスよ、一度撤収せい」


 印章封印札から、信長がレクスに指示を出す。


 指示を出す声は、穏やかなものだった。


 レクスは聞き届け、俯いた後快に拍手を送る。


「少年、いや、快とか言ったか。見事だ、その“意思表示の告白”。“決意の表れ”、そして、欺瞞を信頼へと変えるその“意志”。しかし悲しいかな、異種族間での絆は……いずれ欺瞞へと変わるのだ。そして、今終わる」


 レクスがそう言った瞬間。


 レクスの短剣が、ソロムの首筋に襲い掛かった。


「ソロム!!」


 快が叫ぶ。


 ソロムはレクスの短剣を――。


 どこからともなく現れ、手に持った”何かの柄”で立ち向かい――粉々に砕け散らせた。


「!? 馬鹿な! 貴様どこからその剣を!?」


 ソロムが柄を宙から引き抜くと、霧が立ち込め――周囲の建造物や歩道の下を流れていた川の水が重力を失ったかのように――一気に地面から離れていく。


 自然と、快の足場も地盤から離れていき――快の目の前の全てが空に浮かびながら――暗闇よりもさらに深い漆黒の闇に包まれていった。


 否、漆黒すらも拒むかのように、ソロムの回りだけがはっきりと視界に映っていた。


「改めて、自己紹介といこう」


 ソロムがレクスを前にして宙から引き抜いたそれは、妖しく、禍々しいオーラをまとい――レクスの身長とほぼ変わらぬ刀身の長さだった。


「俺の名は人造混沌魔人 グリード・タタルカ……………禁忌と呼ばれる怪物達の零番だ」


「貴様やはり…………俺が倒すべき存在だったか」


 レクスが両腕を伸ばし、全力の光の魔術を放つ。


 魔術は光線となり、グリードに向かって直進する。


 しかし、光線はあたかも最初からなかったかのように。


 漆黒の空間に呑まれたかの如く霞と消えた。


(何が起こってるんだ?)


「何?!」


「――よろしくな」


 グリードの瞳が緑色に光った刹那。


 レクスの体は、縦に線が入り、開けていく。


「……なんてことだ」


 レクスの体が真っ二つにずれていくと同時に、レクスの奥の暗闇に縦方向に光が差し込めていった。


 光が差し込めていくと、空間はすっかり晴れていき――周囲は何事もなかったかのように全てが元の配置に戻っていた。


 ただ一つ――真っ二つになっている筈のレクスの体が消滅している事と、グリードの手に何も握られていない事を除いて。


 快は戦いを見届けると、グリードの側に寄った。


「ソロム……じゃなかった、グリード」


 グリードは歩みよった快の頭を撫で、人懐っこい笑みを浮かべる。


 手袋越しに伝わるのは、温もりだった。


「よく、話してくれたな」


「怒るんじゃ、ないの?」


 グリードはただ、微笑んだままに言う。


「当たり前だ。それに、お互いに互いの事をよく知らなかったんだ、怖いも無理ないぜ。むしろ、賢明な判断をしてたなって思うよ」


「これから、俺が間違った道に入りそうになったら――止めてくれるんだろ? なら、もっと背中預けさせてもらうぜ。これからは、隠し事も恨みっこもなしだ」


 それは、これまで見ていたものはあたかも一瞬ばかりの夢かと思わせていた。


 あまりにも現実離れした、虚構と認識してしまう方が腑に落ちる存在と体験達。


 それでも、目の前に起こった事実と仲間の言葉が、快の目に再び雫を誘う。


 強者と弱者の差は、もはや無く。


 穏やかな夜が、静かな星々の瞬きが――二人を包んでいた。


 真の、戦友(とも)として。

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