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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
双眸に映る、黎明と宵闇
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第十三話 終≪シンジツ≫に近づく冒険

「棕さんは大丈夫だろうか」


 快は、怪しげな白装束集団からの注目を一点に浴びながら――呟いた。

 その後、無言で棕の帰りをひたすらに待っていると、不安に駆られている様子の快に更なる追い打ちをかけるかのように、教会全体が揺れ始める。


「おお! たった今、邪悪なる魔物が息絶えたようですぞ…………!!」


 ネーブが興奮し、両腕を広げると信者の集団も立ちあがり、祈りを捧げるような体勢となる。


「待って、それが何故解る………………?」


 アイネスがネーブに睨み、顔を仰ぎ見た。

 上から下へとアイネスの方へ下ろされる顔面は、陰を含んだ笑みをたたえており、アイネスの体を凍てつかせる。


「うっかり、口を滑らせてしまいましたが、まぁいいでしょう。あなた方が問うた上で対価を用意できないのなら、答える義理はないのですから」


 ネーブが瞼を閉じ、教会の奥の洞穴へ向いた時。


「話は終わってない。答えろ、何があったのかを。その羊の様な柔らかい振る舞いに隠れた――獰猛な蛇の皮を見せろ」


「!」

 

 周囲が驚きの声を上げる最中、アイネスの構えた手には、氷の礫が浮いていた。

 氷の礫の切っ先は尖っており、放てば、身長差があったとしても致命傷になりかねないものだろう。


「おやおや、何故暴力に頼るのですかな」


「話を聞いてみれば、これは全部お前の仕業なんだろう? この病気をばらまいたのも、僕が、快君がこんな目にあったのも全部。悪魔が魔界から侵攻してきて、日常を脅かしていったのも」


 アイネスの手は、今にも宙に浮かぶ礫を放たんとしている状態だった。


 それによる、尋問に等しい問いかけ。

 肉体の温もりの無くなった、氷の如き声と身体での問いは、ネーブの笑みを猶更深くさせるだけだった。


「私は、あのお方の御心のままに動いただけです、それは私の意思によるものでもあるのです。ご理解いただけますかな?」


「へぇそう……ふざけないでくれるかな」


 アイネスとネーブのやり取りを目の前にして快は、ただ見届ける事しかできずにいた。

 白装束の集団が騒ぎ出し、教会を出ていく中――アイネスは、冷たく、白い溜息を吐きながら語りだした。


「父も母も、みんな死んだ。家と生きていける分の財産だけ残して」


 一歩、歩むアイネス。


「使用人も目の前で殺されたよ、まるで魚を解体するみたいにね。烙印を押されるときも、あの怪物の魔術で動けない状態で押されたし……………………辛かった」


 淡々と語り続けるアイネスの、魔術を展開する腕はどんどんと白く凍てついていく。


「ほんとは寒い。ほんとは寂しい。ほんとは魔術の学校へ行って勉強もしたかった。友達も、こんな体でじゃなくて、ちゃんとした体で作りたかった」


 身の内を明かすと、教会内は極寒の雪国に閉じ込められたかのように、凍っていく。

 その冷気は、アイネスの周囲から漂っていた――。


「アイネス…………」


 快の表情は、冷たい雪の降りしきる曇天の如く。


「随分、元の肉体に戻ってないので、精神体だけで生きているけど、もうだいぶ魔力も余命も擦り減ってる。だから怒る事も、泣くこともできない……わかる? あなたのせいだよ、ネーブ・ブロードさん」


 ネーブは、雪が振り積り、床が凍り体温を奪っていく事、アイネスの言葉を気にする様子もなく、態度を崩さずにいた。


「あのお方自らに烙印を押されたのでしたら、それほど光栄な事はないでしょう。恐らく適応できなかった体から抜け出してきたのですね? いけませんいけませんいけません―――これに適合できないのであれば死んでもらわなくては」


 ネーブがそう告げた瞬間、懐から何かが光を放った。


「………?」


「―――アイネス!!」


 魔術を発動する寸前、アイネスの腹部からは、白くなった空間を鮮やかに染める液体が飛び出す。

 快がアイネスの元へ駆け寄ると、その腹には赤く染まった――銀の短剣が三本刺さっていた。


「大丈夫か?! ………………ネーブさんどうして!!」


 アイネスの肩を鷲掴みにし、快は銀の短剣を構えたネーブを睨んだ。


「あのお方の意思から逃れる者は、残念ながら誰一人として生かしては置けません。もちろん、あなたも」


 ネーブが短剣を握りながらそう語ると、快はアイネスの腹に刺さる短剣を引き抜こうとする。

 ――しかし短剣は、外から見た具合よりも重く深く突き刺さっていたからか、全くもって微動だにしなかった。


見たところだと浅いのになんでだ………………!?

快はそう思ったに違いなく、次第に焦りを見せ始める。


「快、大丈夫。傷口を凍らせれば出血は抑えられるから」


「そういう問題じゃなくて―――」


 アイネスは、全身に魔力を回し氷の魔術を発現させていく。


 だが、傷口が凍る事も、吹雪いていた教会内も風が止まり、霜をもたらすこともなかった。


「どういう……………事だ? 何をした! ネーブ!!」


 快は、力一杯にネーブに怒鳴る。

 教会中に快の声が轟くとネーブは短剣を見せつけながら答えた。


「この短剣は我が先祖代々から伝わる、宝剣でしてね……持ち主の意思によってその不随する効果は変わる――投げる寸前に、私が心の中で命じたのですよ。“魔術を封じろ”、と。その効果が表れたようですね」


 笑むネーブの持つ短剣が、光り輝くと同時に――快の指輪もまた、輝きを放つ。


「あっそ、お前も不思議な武器を持ってるのなら、フェアだよね」


 快は、手の甲をネーブに見せつけ、指輪に付いた宝石に触れてみせた。


 戦闘態勢へ変わる瞬間を、目の前でゆっくりと見せる快の姿に、もはや慈悲はなかった。


「お前が全ての元凶なら、僕も許さない。たくさんの人を犠牲にしておいて、けらけらとよく笑っていられるものだな!!」


 指輪を握り、快が怒号をあげ念じる刹那、アイネスの冷たい手が快の腕に触れる。


「…指輪を、貸して。これは、僕の戦いでもあるんだ」


「わかった………ほら」


 快は、アイネスに指輪を外し、宝石の入った袋と共に渡した。


「ほほぉ、私を殺すと? いいでしょう…………あのお方の意思に背くものを裁くこともまた、我が使命なのですから」


 ネーブが短剣を構える――。

それと同時に、すぐさま指輪の宝石をすげ替え――強く念じた。


 変え、装填した宝石は、“氷のラピスラズリ”と呼んでいたものだった。


「見せてやる、何もかもが動かない白く凍てつく世界を。教えてやるよ、何も聞こえない灰色世界の孤独を」


 強く、強く念じた瞬間―――アイネスの瞳が水色に輝き、氷の結晶がアイネスの周囲を取り囲んだ。

 その隙を逃すことなく、ネーブは短剣を放つ。

 切っ先は、快とアイネスに飛んでいた。


「あぶなっ――!」


 快は目を瞑り、身構えた時。

 快が次に目を開けると、放たれた短剣は、空中で動きを停止し、やがて白く染まり粉々に割れていった。


 氷を、粉砕するかのように。


 アイネスの方は、白銀の狼を彷彿とさせる鎧に身を包んでいた。

 そして――鎧に当たっている筈の短剣は、柄の部分だけを残して足元に転がっていた。


「素晴らしい力ですね、でも私の前では無意味です。あのおか――」


 ネーブが淡々と語ると――鋭利な氷がネーブの周囲を包囲し、首元に今にも刺さりかねない状態となる。

 ネーブの頭上には、少しの揺れで落下しそうな巨大な氷柱が現れていた。


 逃げ場など、無かった。


 目を見開くネーブの脳内に、アイネスの声が響く。


「一言でも発すれば、その振動でこの教会の屋根ごと潰れる。お前もこの教団もこれで終わり。もし、これ以上隠している事を話してくれるのであれば助けてあげる。どうするかな」


 ネーブの正面で立ち尽くす、アイネスの兜の隙間から輝く瞳は、まさしく――獲物を追い詰め、今にも噛みつこうとする獣のそれだった。



 どうしたものかとでも言わんばかりに、ネーブが考え込む素振りをみせたかと思うと――。

 周囲を取り囲む氷は砕け散り、氷柱は溶けていった。


「なっ、アイネスの氷が!」


「快、下がって」


 アイネスは、快に氷魔術を放ち、分厚い氷の結晶に閉じ込めた。

 人間とは思えない速度で快に迫りくるネーブに、アイネスは籠手に取り付けられた刃で切りつけけん制した。

 けん制にネーブは、銀の短剣で返し、互いに攻撃を弾いた際の反動を利用し――教会のシャングリラに立つ。


「あのお方からは、力を頂いているのでね」


 ネーブは、シャングリラから再び懐から短剣を投擲する。

 空を切る短剣を目視し、アイネスは手を伸ばした。

 伸ばした手先から、吹雪が現れると短剣は下から伸びてきた氷に囚われ、空中で静止する。


「氷は、全てを止める。雪は全てを包む……お前の罪も」

 

 アイネスが睨むと同時に――ネーブは、微笑んだ。


「なるほど、しかし生憎と君に沈む程の罪も重ねていないのでね」


 ネーブが短剣を飛ばすと、その全てを凍らせていくアイネス。

 凍った短剣を足場とし、ネーブはシャングリラからアイネスの方へと切りかかる。

 接近すれば、アイネスは刃で返していく。


 凄まじい速度での、斬り合い。


 互いに加速していく切っ先の振るい合いは、火花の代わりに――武装した金属の破片が散っていく。

 戦っていくうち、両者が気づかぬ内に、教会内は全て氷に包まれ、辺り一面が“灰色世界”となっていった。


「少し、寒くなってきましたね。君の体が冷たくなるのはいつなんでしょうか」


 狂気的に、光を纏った短剣をアイネスの首に振りかざしていく。

 光は、氷をじんわりと溶かしていき、魔術による静止すら許さなかった。


「その魔術、なんなんだ? 炎でも雷でもない魔術みたいだけど……………」


「おやおや、知りたいですか? ならば教えましょうか、冥界で」


 ネーブが両腕を交差させ、一気に広げると×印の光の刃が発射される――。



 憔悴の刹那。

 光の刃は、凍り付く事無くアイネスの鎧を切り刻んでいった。

 氷の鎧についた、バツ印から煙が吹きあがるとアイネスは地面を蹴り、ネーブから離れていく。


「ぐっ……………見たことない魔術だけど、もうこれで―――」


 ネーブが、次なる魔術を繰り出そうとした刹那。


「さぁ、年貢の納め時ですな――かふっ!?」


 ネーブの呼吸が、乱れた。


「闘っている間に、ちょっと策を練らせてもらったよ」


「君は、何を…………しひゃ……………………?!」


 途切れる息と、苦悶の表情で問うネーブを前にアイネスは鎧を解除し、言う。


「僕は戦ってる間、無意味に教会の中を凍らせたんじゃあない。時間はかかるけど、必勝法として酸素を凍らせてもらったよ」


 もはや、喋る分の酸素が肺から出ていったまま、ネーブは飛び出しかねない目玉で睨みつけ、その場で倒れる。


 そこまで考えて、この私を……………………!?

 ネーブの、最期に脳裏によぎる言葉は、それだけだった。

 単純な言の葉は、アイネスへの脅威を表するに相応しいであろうもの。


「……銀世界で(Einsam)永遠に彷徨え(sein)


 アイネスが指を鳴らした瞬間、倒れたネーブの体に巨大な氷塊の雪崩が降り注ぐ。

 氷塊の下には、白い床に唯一色を与える液体がのこった。


「さて、もう良いかな」


 アイネスが腹から短剣を引き抜こうと柄に手をかけると、自然と引き抜かれた。

 アイネスは柄を握り、快の閉ざされた氷塊へ投げる。

 すると、氷塊は溶けていき、快は解放された。


「おっと……………えっと、何があったんだ? 君のお腹は? ネーブは?」


 快が周囲を見渡すと、教会の中の全てが凍てついていた


「大丈夫、もう眠ってるから」


 アイネスが快の手を握る。


「これで、元凶の一つは潰れたよ。ねっ、快」


 どこか肩の荷が下りたように、アイネスは言っていた。


「でも、これで終わり……なんだよね? 本当に…………」


 快がアイネスの手から指輪を引き抜き、指にはめ込むと背後から足音が聞こえてくる。


「おーい、お前ら無事か~? ……って、お邪魔だった?」


 快が後ろを向くと、洞穴の中から棕が出てきていた。

 棕は慌てて脱出していた様子で、その証拠に全身から汗が滴っていた。


「そんなことより、だ。 地下に恐ろしいモノをみかけたんだ」


「恐ろしいモノ?」


「あぁ、得体のしれない化け物が磔にされていて、皆ぼろぼろの状態だったんだ」


「しかも――シトリーって名前の悪魔に襲われた」


 シトリーの名を聞いた快は、目を大きく開き動揺を見せる。


「シトリーだって?! 僕が倒した筈じゃ……!!」


「な、ゾンビみたいな状態だったのかよ? だったとしても、もう復活することはないだろうな。もう落石に巻き込まれて死んだろうし」


 棕が頭を掻いていると、棕のズボンのポケットにしまった印章札から声が響いた。


「やれやれ、魔界の大御所の方々をとりあえず魔界へ送ったはいいものの、私が殺したんではないかとあらぬ誤解が生まれるわ大変でしたよ」


「ごめんね、アムドゥ」


 棕が謝罪すると、印章札が鈍く輝いた。


「そろそろ、ここを出ようか。酸素が薄いから長い事居られない」


「そうだね、寒いし……」


 アイネスに促されるまま、一行は教会の外へ出た。


 夏の日差しに照らされ、水したたる教会を置いて――――。




 『次のニュースです。先日、寛大聖教教会が何者かの襲撃を受けた模様です。警視庁の捜査によりますと、犯人は液体窒素かそれに相当する――。』


 画面の割れ欠けたテレビに、“教会”の崩壊の報せが流れる。

 荒れ、倒壊し本来の機能を失ったビルの部屋で、報せを受け不敵に笑う影が一人。


「ふむ、事はどうやら面白い方向に進んでいるようじゃなぁ……………」


 拳銃を握りしめ、ポケットの中へ入れると影は、その場から立ち上がり倒れた椅子を蹴り上げた。


「……神仏にすがる事程愚かしい事はない――アスモダイとの連絡が途絶え、あの親子の動向もわからない、か」


 影はビルの窓から飛び降り、荒野と化した街並みに降り立つ。


「アマイモン、アバドン、――来い」


 影が強く手袋を握ると、影の背後に魔法陣が現れ――巨大なサソリの尾を持ち、ブロンドの髪をなびかせる角の生えたバッタの悪魔が現れた。


 それと同時に、竜の尾を持ち、羊の様な顔をした4枚羽の悪魔が姿を現す。

 二体はしばらく体を委縮させると――人間の姿に近い姿となっていった。


「なに~? 私お腹すいたよぉ~」


 片や、人間の少女の姿をとり。


「話か……」


 もう一方は昆虫の羽根を生やした、女性の姿をとった。


「アスモダイとの連絡が途絶え、ネーブがやられ、バエルとシトリーが行方不明となった。この意味、わかるか?」


 影は、二体の悪魔――アマイモンとアバドンに顔を見せながら言った。


「行動開始だ。アマイモン、アバドン。奴らは俺らの事は知らない。あの髪の短い方も、長い方もまとめて冥界へ送ってくれよう――“魔王の器”じゃあない。俺達こそが魔王だと知らしめてやろう」


 影は、異界の魔王の器を前に――対等に語った。

 それは、さも己もまた魔王だと名乗らんばかりに――。

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