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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
最終章 The Toboo summoner
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最終章 三十九話 朝《あす》の空は輝いているか

 虹の化身。

 降り注ぐ雨、霰の中――後光と共に顕現したその人型は、じっと、見下ろしていた。

 瞳の先には、愚者へと成り果てた賢者。

 哀れみにも似た眼差しを、その瞳の奥に怒りを宿しながら。

 

「何者だ……これも貴様の魔術か? 弱い犬の遠吠えというのは、随分と派手よな」


 デモニルスのたたえた笑みのしわには、雫が滴っていた。

 内から出たであろう雫は、真の弱者である事の証明に他ならず。

 それを誤魔化す老犬の遠吠えは――あまりにも醜悪なものだった。


 虹の化身が手の平をゆっくりと向ける。

 すると、デモニルスの周囲に居た死者達の肉体から、煙が上がっていく。


 デモニルスは、その様子を間近に見て――目を泳がせる。

 動揺が隠れていないことはもはやどうでもよいものと見たか、ただその震える動作に現れていた。


「ぎゃあああ!! 痛い! 熱い! 体が……溶け……消え……!」


 各々が語る、死者達の苦悶を訴える言葉。

 それは、デモニルスの焦燥を掻き立て煽るのに、余りにも――残酷な程に有効だった。


 雨粒が流れていくと共に透明になっていく肉体。

 苦痛の果てに、死者はいつの間にか――衣服だけを残して、消滅していった。


「な、なんという事だ! 魔王の器にも匹敵する、神々に勝るとも劣らぬ程の魔力をあたえてやったのに……?」


「デモニルス。お前の復讐劇は――役者の引退によって公開中止という訳だな?」


 ゆっくりと、波立つ海に降りていく“虹”。


 すると、海はその者を中心に、避けるように広がっていく。

 海水らが、彼を穢さぬようにと。

 

 無限に等しく広がる大海。

 

 果てなく続く天空。


 対するように隆起する大地。


 それらを支える、気象の数々。


 息するもの達、地球そのものが――今は彼の味方のようだった。


「諦めて、冥界に還れ。でなければ、僕は――例えあなたが僕の恩人でも容赦しない」


 海に浮かび続ける彼に、デモニルスは見上げ、両手に魔力を込める。

 やがて、両手を拳に変え、一気に彼へと突き上げた。


「図に乗るな! 我はいまや神を超越した! 時もこの空間さえも、死も生も我のもの。何者ともわからぬ金属人形等敵では――!」


 拳の先から放たれる光線。

 それは、周囲の空間全てが、陽炎に当てられたかのように一瞬で歪みながら、灰色の渦を作るもの。


 光線を、彼は――軽く手を当て、消滅させていく。

 全て。

 まるで掌を受け皿とするかのように。

 むしろ――デモニルスの力を吸収しているかのようですらあった。


「何!? ならば時を!」


 デモニルスが両拳を下ろし、地面を踏む。

 すると、一瞬で――雨粒も、霰も止まる。

 時が止まると、デモニルスは勝利を確信したのか笑みが零れていた。


「所詮は人形。ただの人外よな?」


 デモニルスが動こうとした刹那。


 目の前の視界が、砕ける。

 ガラスを殴り飛ばしたかのように現れ、再起動する景色の正面に居たのは――虹の人形だった。


「お前の眼の時間だけを停止させた。楽しかったか? ガラスケースの中に閉じ込められたのは」


「どういう事だ……?ありえん!」


 デモニルスが全身に力を込める。

 その瞬間、デモニルスの胸に――何かが刺さった。


 デモニルスがそれに目をやると――そこには宝石で出来た、輝かしく美麗な剣が刺さり、体から赤黒い物が迸っていた。


「冥土の土産に教えてやろう。この剣には、イザナミの力が宿っている。肉体を与え、魂を癒し、生命力を送る。だが、お前にとっては恐ろしい代物だろう……死者のお前にとっては。肉体を持った死者にとっては猶更」


「な……んだと?! 力が……抜けていく……神々の力が……!」


「死者に肉体を与えるのは、神々。では、逆に死者自身がその与える瞬間……何かを通じて力を得ていたとしたら……こうなる(・・・・)というわけだ。生者となった上、繋がりだったものが壊れた以上、お前はもう神から力を引き出せん」


 冷酷に言い放つ。

 静かな動作で、的確に急所を突いたその様は、罪人を裁く――断罪者のようであった。


「さて、僕の力の源、その元だったあなたが力を失い、鉱石も砕ければ僕も(したが)って力を失うだろう。矛盾の逸話の答えは“相打ち”というわけだ」


「我は……ただ、世界を……神々の力で守りたかっただけ……なのに神々は見捨てた!」


「違う、それに関しては――“ワシ”の人格が話そう」


 虹の人形の片目が光り、語りだす。

 その場で胸を抑え、膝をつくデモニルスを見下ろしながら。


「確かに、お前は契約魔術を“完成”させた。八百万と居るであろう人外達の王を相手に、自らの魂が拘束されるという条件でな。が、叶わなかった。神々が一度に結集し、禁忌を相手に争えば――神々は滅び、その世界も永遠に滅びたままになるだろう。だから、安全な時代に神々は見送り、一度滅びるのを待ったのだ。いずれにせよ滅びは避けられなかったのだ。それをお前は契約放棄と見なしたわけだ」


「その声……お前は!」


 デモニルスは背中を起き上がらせ、虹の人形の足首を掴もうとする。

 掴もうとした瞬間、掌の肉は蠢き、やがて破裂していった。


 その様を見て驚くデモニルスに、語ろうとした刹那。

 デモニルスの背後に、黒い影が降りる。


「せっかち過ぎたな? 偉大なデモニルスさんよ。そして、今目の前にいるのはその契約魔術くじに偶然当たった少年という訳だ。勿体ない事したな? もう力は使えない、そして俺の死に場所も無くなってしまったが」


 その声に、デモニルスは脱力し絶望に屈した。

 自らの行いに、恥じながら。


 眼の前に居る――“人形”こそが、自分の――待ちわびていたものだったのである。


「だが……我が守りたかったのは、この時代では、ない……あの時代でなければいけないのだ。妻と子が居て、我を師としていたあの者達が居た時代……でなければ我はただ!」


 赤子のように、顔を真っ赤にして泣く魔術師。

 人形――快は、胸の剣をゆっくり引き抜き、抱擁する。


 デモニルスの全身に、煙を上げさせながら。

 

 快の後光に照らされたデモニルスは、痛みではなく――温もりを感じて。


「あなたの気持ちは、痛い程わかる。憎い敵に、何もわからない相手に無力を感じながら消えていく。嫌なものだ。だけど、今を受け入れなきゃ……きっと、その妻や子供も、冥界で悲しむと思うよ」


「妻も子も、今は転生した。弟子も皆だ。転生すればその魂の形も変わる。誰が今や誰なのかわからない。我は今や孤独なのだ、失うものは何一つない。何をしていようとどうでもよかろう」


「そう。だからといって……全部が分かった以上、もうこの世界に居るべきじゃない。また、死を受け入れて全部をやり直そう」


 快は、静かに、左手に剣を召喚し、構える。

 出現させた剣は、死の神――イザナギを宿した剣。


「ここは、令和日本。天護県天護町……あなたの居るべき場所場所じゃない。あなたの処遇は、あなたが決めていい。あなたは僕の命の恩人でもあるから……」


 快が、そう言うと――鎧が解除されていく。

 そして、ゆっくりと、魔術師の背中に剣を刺していった。

 


 空は、晴れ渡り。

 そこには虹がかかっていた。


 過去の男が踏むだろう、未来への一歩を、祝福するように。

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