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‐禁忌の召喚者‐ ~The Toboo summoner~  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
最終章 The Toboo summoner
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最終章 第二十七話 秘密を越えて

「ええ、もう全部が終わりましたよ。脅威はもうどこにもありません。国境を越え、世界の境界を越え、もはや私たちに何が立ちふさがるというのでしょう?」


 修道服に身を包んだ少女、愛魅は携帯越しに語る。

 携帯を肩と頬に挟みながら、血に濡れた手袋を海に投げ捨てる様は、自らの務めからの解放を静かに喜ぶように。

 日に照らされた指輪は、妖しく煌めいて――少女の門出を祝うように。


「寛大聖教に、もう止めるものは居りません。ただ一つ、私以外は。あなたの頭で入刀の儀を行いに参りましょうか……“大司教”」


 勝利に満ちた微笑で、携帯を持ったまま腕を伸ばす。

 愛魅の目の前に、巨大な船が現れた瞬間、歯を輝かせ、通話を切る。

 通話を切った瞬間、また別の相手へ片手で画面を切り替え、通話を仕掛けだす。

 1コール、2コール、3コール……と待つが、誰も来なかった。

 愛魅は、あまりの遅さに焦燥を覚え、5回、アプリ内にメッセージを送るが――既読すらつかず。


(あれ? あいつの性格的に通話を仕掛ければ2コール目半には出るし、5分以内には既読が付く筈なのに……? ローどうした?)


 何度も、何度もアプリにメッセージを送る。

 天護町、魚渡区の漁港にて――。



 一方、魚渡区の。

 快は突然、どこからともなく鳴り響く振動音に気を取られていた。

 地面を叩く小物の音は凄まじく、快の周辺から聞こえてくるものだった。

 その小物の持ち主について考えると快は真っ先にある者に行きつき――背筋を伝う、罪悪感と嫌悪、後悔に見舞われる。

 

(こんな事なら、警官を追い返すんじゃなかったな……拾っておこうかな?)


 快はそう思い、わずかばかりに残った良心を奮い立たせ、周囲を模索した。

 すると、案外近くの足元にある事に気付く。

 足元には側溝があり、振動の発生源、携帯は、乾ききった側溝の奥に乱雑に入っている。

 側溝の底は灰色に染まっていて、丁寧に掃除されている事が――快にとって引き抜く際の唯一の救いとなっていた。

 快が溝蓋と溝蓋の隙間を見つけるとしゃがみ、指先から肩にかけてを伸ばして携帯を取り出した瞬間。

 落ち着いていた振動が、再び鳴りだした。


「うわっ!」


 快は思わず手から携帯を離しかけるが、右手をしっかりと添え、反射的に画面に触れる。

 画面に触れた瞬間、通話アプリが起動し、音声が聞こえてきた。


『遅い、どこにいたの? いくらふらふらするのが好きでも、計画だと一緒に船に乗る筈だったろう?』


「あ、えっと……」


 快が返答に困っていると、間髪入れずに少女の声が響く。

 その声に、快は聞き覚えがあったが、あえて反応を鈍らせた。


『なんだ、あの禁忌属を連れた子供か。君、ローはどうしたの? お姉さんこれからちょっとその人と予定があるの』


「あ、あの……ごめんなさい」


 条件反射で出た快の謝罪。

 愛魅は、ため息をつくと返した。


『分かった、状況が呑み込めなくて困っているんだろう。いいよ、そのまま待ってて』


 愛魅が通話越しに言った時。

 ――快の目の前に、愛魅が現れる。

 快が愛魅の前で尻もちを着き、携帯を手放すと、愛魅は宙を舞う携帯を握りしめた。


「さて、ローはどこ? あの人が携帯を落とすなんて、余程の事が有ったんでしょう? 教えて」


 妖しく光る瞳。

 それは、快の見た人外のそれと似ており――同じ、人間とは思えない物だった。

 人差し指にはめられた、指輪も同様。


(あの指輪、そういえばグリードに貰った指輪と似ているような……?)


 愛魅の指輪は、快の持っていた指輪とその造形と大きさは非常に酷似していた。 

 指輪に付けられている、宝石の数を覗いては。

 赤、黄、青、緑、水、黄緑――どれも、快が一度見た宝石だった。

 それらが、円を描くようにひし形に並べられており、快の持っていたものよりも繊細に見える造形から、快から見て機械的で、無機質な印象も受ける。

 快がじっと指輪を見据えていると、愛魅が指輪を愛おし気に撫でながら語った。


「気になる? これ、Fencerから奪った“兵器”らしいんだけどね。この宝石の魔力を自由自在に操って……装着した人の意思次第で武器、防具にもなるんだって……君で試す?」


 顎を肩に乗せ、威圧ある微笑みをたたえ――耳元で囁く言の葉。

 そっと首筋を伝うのは柔らかな吐息に混じった、鋭い刃。

 会話の意味しているものが“何”であるかは明白だった。


「正直に言えば、どうなる?」


「さぁ? それは君の誠意次第。あと10分で船は出てしまうし、早くして」


 愛魅がそう言った刹那、快は唾を飲み込み、魔術を発動させ逃亡しようとする――。


(時を止めて、脱出を――!)


 快が急いで念じるが、全く魔術が発動する様子は無く、快にとってただ数秒を無駄にしたに他ならなかった。

 愛魅は、快に迫る――歩幅を大きく、さながら巨大な境目を越えるかのように。


「正直に言ってしまえば、(おれ)は悪いようにはしない。それにここじゃ人目もあるしね」


 一言に、思わず快は漏らす。

 その後の展開が、最悪な事態を呼び起こすであろう事も考えず。


「実は……ロードさんは、もう……不可抗力だったんです。いきなり襲い掛かってきたのはあっちの方だったし……突然魔術は発動するわ……」


 快の告白。

 それを聞いた愛魅の笑みは翳りを見せ始める。

 告解室の聖職者は、告白した者を侵す事無く赦し、その審判を神――崇め称える絶対的な存在に委ねる。

 神の居ない聖職者、悪魔を魅了し、悪魔に魅入られた者の末路の目は憤怒に歪み。

 繕った、即席の笑顔の仮面だけが、彼女――愛魅を聖職者足らしめている唯一の要素だった。


「あぁ、そうなの。昨日の夜その連絡アプリで言ってたもんね、君とちょっと話して、始末するって。いや(おれ)もそう、ちょっと用事があって、Fencerに教会での活動が隊長(あのばばあ)に見つかった時点で始末したのは良かった。だって、凄く簡単だったもの」


 冷静を装った、愛魅のその笑顔は快にとって――死の天使を思わせるもの。

 快が携帯を渡そうとすると、愛魅は片手で取り上げるように乱暴に手に取り、腰のベルトのチェーンを巻きつけ、ポケットの中にしまい込んだ。

 

「まぁ、もうどうでもいいし。ネーブさんが居なくなって、ローも居なくなった。主も居ない。そんな寛大聖教にもう用はないし、(おれ)が寛大聖教を乗っ取って、さっさと全部畳ませるから」


「ネーブ……あれ? あの人も司教だったはず」


「ここは寛大聖教の日本支部なの。もっとも、便宜上日本支部ってだけだけど」


 愛魅の言葉に、首を傾げていると愛魅は指輪をなぞりながら答える。

 街の人々の喧騒の中、白く目立った衣装に身をまとう少女の語る、非日常的な光景。

 快は、今までの現実の全てを否定するような、展開の数々に現実感を一切覚える事ができず――ただ、状況を鵜呑みにする他になかった。


「まず、40年前の隕石飛来。あれの爆心地は何処だかわかる? わからないだろうね。だって、天護県と同じ、架空の場所にされてしまっている場所なんだもの」


「……え?」


「国々は、それぞれ“隠し領土”を持っている。これは隕石衝突よりもっと昔、50年前に秘密裏に国際会議で決められたこと。隕石の大きさは直径20m、その地点はドイツの隠し領土の一部に着弾した。被害、影響がほぼないとされているのは存在を秘密にされている者達……つまり、我々みたいな魔術を使える者達が必死こいて結界魔術で最小限に被害を抑えたから。結果ちょっとした野焼き程度で済んだの」


「隠し領土……何の為に?」


「要は“バレたくないもの”を隠す為。魔術や人外の存在なんか公に知られないし、科学が常識として君臨している現代じゃ誰も理解が追いつかないし、説明しても今時誰も信じれない、魔力も現代人は持ち合わせていないから起こせない。そもそも以前からそういう存在はわんさかいたの。日本にだって土着信仰ってあるでしょう? あれは海外だと魔神と称されるような魔族や天使だったりするし。討伐されたと記されているものは異世界からやってきたものに設定を与えているだけ。国や土地によって、その存在の印象はまるきり違うってわけ。逆に地上界の聖人、英雄――イエスだって、仏陀だって、なんならソロモンでもいい。奇跡で人を良き方向に導いたと言われているでしょう? あれも本人らの魔力で起こした魔術によるもの」


 愛魅はそう言って、静かにため息を吐く。

 愛魅がしゃがみ込んだ瞬間――愛魅が言ったのは、快に更に衝撃を与えるものだった。


「まぁ、もうじき天護県は用済みになるんだけどね」

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