第6話:『ピンキーダイヤモンド』ってコンビ名がいいんじゃない?
バーラタ共和国の教育年度は毎年1月から始まることになっている。これは航空士官学校も例外ではなく、毎年10月初旬には入学試験が行われ、11月初旬にその合否発表がある。そして航空士官学校の募集要項は毎年8月下旬から配布されることになっているが、その要綱にはその年の3学年次にあたる候補学生の集合写真が掲載されることが恒例であった。つまり2079年度学生の募集要綱には、この年3学年次に当たる42期生の集合写真が掲載される予定である。
「そんなの、学年一の美人のロシュがセンターに決まってっしょ!」
桜色の二つ結びが常にはない口調で断言する。航空士官学校42期席次49位のロシュは、8等身のモデル体型。高校時代には実際に芸能プロダクションからスカウトされた経験もあるという、誰もが認める美人であった。その少し青みがかった艶めかしい黒色のさらさらストレートロングは、光の加減で漆黒にも群青にも深紫にも見えると評判であった。多くの同期生が無言の頷きで納得を示す中、「ダイヤモンドガルフの借りはいつか返さねば」と考えている席次3位のボルタが口を挟む。やはり首席たる位置にいる彼女に勝ってこそであろう。
「そうは言いますけど、センターは学年首席が務めるのが航空士官学校の恒例だと思います」
シルクのように光輝く気品のある青銀色のロングヘアーを掻き揚げながら異を唱えるボルタの正論に、しかしファーレンハイトの編隊長を務めるケプラーが援護射撃を行う。
「でも、ファーレンハイトちゃんの言うのも分かるなぁ。センターは華やかな方が写真的には素敵かも……」
「だよねぇ~」
そこには、候補学生達の喧々諤々の-傍目には不毛にも思える-論争を「集合写真の並び順で揉めるのも我が校の伝統であるな」等と微笑ましく見つめるパルティル校長の姿もあった。
「パルティル校長中将閣下の御前なのですから、みなさん少しは落ち着かれたらいかがかしら?」
ファーレンハイトの桜色より少し赤みが濃く鮮やかな桃色の細毛をクルーカットに刈り込んだ、学年首席のイッセキがみなを窘める。そんなイッセキの瞳を謝意を込めて見つめた後、パルティル校長が口を開く。
「いや、貴官らは自由に討議してくれて構わない。但し、来年の新入生、貴官らにとっては可愛い未来の後輩達を募集する大切な資料であることだけは忘れてくれるなよ」
「ほらぁ~。やっぱ、流石にクルーカットはないっしょ! そんなんがセンターなら、来年は誰も来んわ!」
ファーレンハイトの主張に、桃色のクルーカットが唇を噛みしめながら俯く。
「ファーレンハイト、少し言いすぎではありませんか? イッセキ、うちの小隊が失礼なことを言って申し訳ありません」
黄金で染め上げたゆるふわロングが頭を下げる。
「いえ、別に小官もセンターには不向きだとは自覚しておりますから構いません。ただ、小官のクルーカットは小官の矜持を示すものなので、そこだけは……」
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「イッセキちゃん、久しぶり。どう、航空士官学校は?」
それは、航空士官学校42期生達が愛機を受領した2077年11月1日のことであった。候補学生は2学年次の11月に愛機を受領する習わしとなっている。初めて対面する愛機に触れながら各部を見回っていたイッセキが聞き覚えのある声に振り向くと、そこには懐かしいムルティおじさまの姿があった。
「お久しぶりです、ムルティおじさま。もしかして小官の機付長って……」
イッセキの母もかつてはパイロットであった。航空士官学校12期で席次3位。母は8年ほどパイロットを続けた後、分隊内の整備士と結婚し、イッセキを出産する際に後方勤務に異動していた。ムルティおじさま-ムルティ整備准尉-はそんな母のかつての分隊整備士で、整備チーム内では父の後輩にも当たった。イッセキが幼い時にはよく家に遊びに来ていたもので、ムルティおじさまにはよくおんぶや抱っこをしてもらった記憶がある。
「イッセキちゃんは首席なんだって? うちのヒメよりも優秀じゃない!」
ヒメ、とは無論イッセキの母のことを指している。操縦士指向分隊編成ではパイロットのことを分隊特有の愛称や敬称で呼ぶことが認められており、現にフレミングは「お嬢」などと呼ばれているのではあるが、その中で最も多く使われている愛称が「ヒメ」であった。尤もおやっさんなぞはそんな風潮に、「ヒメシステム」だから「ヒメ」なんて、技術者として独自性の欠片もなけりゃ創造性の萌芽もねぇ、ましてや新規性の因子なぞ見つかる訳もねぇ、等と毒づいているのではあるが……
「いえ、小官なんてまだまだですわ。同期にはファーレンハイトさんがいらっしゃるんですもの」
ファーレンハイトの母はイッセキの母とは同期で航空士官学校12期首席であった。母親同士は仲が良くかつてはしょっちゅう互いの家を行ったり来たりしていたものであるが、子供心に「お母さまの分まで私が勝たねば」などと思っていたイッセキは、子供の頃からファーレンハイトによく勝負を挑んでは煙たがられていたものである。
「それにしてもイッセキちゃん、髪、バッサリと……」
鮮やかな桃色のさらさらストレートは、子供の頃からイッセキの自慢であった。「ファーレンハイトさんの桜色も素敵だけど、私の桃色の方が鮮やかだわ」などと思っていた頃もある。自慢の髪は友人達からも大変評判で、中学高校時代には少なくとも1日に5人からは「私にも触らせて」などとせがまれていたものであったが、実際のところ彼女自身それにまんざらでもなかったのだ。その自慢のストレートを、航空士官学校入学と同時にバッサリ切り落とし、「私」という一人称も捨てたのはイッセキの覚悟の表現であっただろうか。パイロットになる、そして、お母さまに替わって……
「えぇ、小官は軍人ですから」
普段はおっとりと丁寧な口調で話すはずのイッセキの、しっかりとした-丁寧であることに替わりはないが-口調に感じるもののあるムルティは、右手の指先を揃えて伸ばし、掌を正面に向けて指先を額につけながら、はっきりとした口調で宣言した。
「本日より首席の機付長を務めます、ムルティ整備准尉であります。以降、よろしくお願いします」
「航空士官学校候補学生イッセキです。機付長、こちらこそよろしくお願いしますわ」
イッセキは少しはにかみながら答礼する。この日から、分隊内でのイッセキの呼称は「首席」に、ムルティおじさまの呼称は「機付長」になったのだ。
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「でもさぁ~、美人薄命って言うし、写真って魂抜かれるって言うじゃない。やっぱりロシュには良くないんじゃない?」
シャトーワインのような深みのあるシャギーカットの赤髪が、あまり深く考えていない様子の何気ない調子で口を開く。
「ちょっと、フレミー。そんな失礼なことを言うものではないわ」
フレミングの発言を親友が窘めるが、当のロシュは気にもかけない様子でファーレンハイトの推薦に辞退を申し出る。
「ありがとう、ファーレンハイト。私のことを評価して頂いて。でも、私にはセンターなんて無理ですわ。それにフレミングの言う通り、私、写真もあまり……」
もしこんなところでセンターを受けるほどの勇気があれば、きっと今頃は航空士官学校などにはいなかったであろうロシュである。
「そっかぁ、残念だわ~。まっ、本人がそう言うならしゃぁないし……他に学年一と言えば……」
ファーレンハイトは彼女なりに「センターは学年一」が務めるべきであると考えているらしい。但し「イッセキを除く」という条件付きで……
「そしたらやっぱ、ケプラーっしょ!やっぱ、学年一のきょ……」
「あぁ~あぁ~あぁ~」
突然大声を出してケプラーがファーレンハイトの言葉を遮る。
「ちょっとファーレンハイトちゃん、変なこと言うのはやめてよ。恥ずかしいでしょ!」
水色の必死の制止を、しかし赤髪があっさりと無駄にする。
「そっかぁ、そうだね。ケプラーの巨乳もインパクトあるもんね」
「今度はフレミングちゃんまで~何言っているの、そんなのインパクトなんてないよ~」
「いやいや、てかその胸、まじヤバくね?」
「フレミー、それにファーレンハイトも、航空士官学校は殿方を募集しているのでは、その……ありませんのよ」
途中で恥ずかしいことを言っていることに気づいたゆるふわ金髪が、最後の方は小声になりながら俯く。
「じゃぁさ、もういっそ、イッセキとファーレンハイトで並んでセンターなんてどう?」
突然のフレミングの提案に推薦された2人が顔を見合わせる。
「いやいやいやいや、うちがイッセキと? それだけはないわぁ~」
「えっ、そうかなぁ~。学年首席と学年最下位って組み合わせも、面白いんじゃない? それにファーレンハイトだって、私の中では5本の指に入るくらい可愛いよ」
突然「可愛い」などと言われてたじろぐファーレンハイトが、取り乱したように反論する。
「いやいゃ、うちなんか可愛くないし……だいたいフレミング、そんなに言うなら、まじ5人数えてみ?」
「えぇっ? そうねぇ~、まずはロシュでしょ、それからキルヒーに……フェルミでしょ……」
本当に指を折りながらフレミングが数え始める。
「あとはラグランジュに……あっ、ケプラーの巨乳も……」
「もぉ、私の巨乳は関係ないでしょ! フレミングちゃん!」
ケプラーの抗議にパルティル校長まで目を細める。
「ケプラー、やっと巨乳って認めたぁ~それから……」
再開しようとするフレミングをファーレンハイトが遮る。
「ってか、もう5人超えてんじゃん。いやまじ、巨乳しか勝たんわ」
「でもね……」
ボルタが青銀色に輝くロングヘアーを手で跳ね上げながら再び口を開く。
「イッセキとファーレンハイトの組合せって、結構素敵だと思う。ダイヤモンドガルフだって、負けなかったのは2人だけなんだし……『歴代1位と2位に挑むのは誰だ?』みたいなコンセプトもアリだと思うの」
意外な側面-というより本来的な議論に戻っただけではあるが-からの提案に、イッセキの僚機を務めるブラウンホーファーが賛意を示す。
「そうね。イッセキとファーレンハイトって子供の頃からの知り合いで、本当はとっても仲がよろしいんでしょ?」
「そんなことはありませんわ」
「まじないわ、それ」
2人が同時に否定するのを見て「本当に仲がいいんだな」と思ったケプラーが相乗りする。
「イッセキちゃんもファーレンハイトちゃんも、2人ともピンク色の髪の毛が素敵だから、『ピンキーダイヤモンド』ってコンビ名がいいんじゃない?」
「桃色ですのよ!」
「桜色だし……」
この一言(?)で衆議は決した。白地に金糸の刺繍をあしらった第一種礼装を身に纏い集合する42期生72人。向かって右手にイッセキ、左手にファーレンハイト。センターで腕を組み向かい合うピンキーダイヤモンドを取り囲む残りの70人。右側には席次36位までの35人が、左側には席次37位以下の35人が扇形を組んで向かい合う。それぞれの扇には席次の高い者ほど扇の中心に近い位置-前列-に配された結果……学年一の美人は3列目に、学年一の巨乳は最後列にそれぞれ配置され、42期の至宝は受験生達の目からは隠されてしまった。