第21話:私ね、きれいなマルーンの機体が欲しいの
D-12格納庫に収納されているキャンディーマルーンの愛機を撫でながら、フレミングは始めてこの機体に触れた時のことを思い出している。
「へぇ~、これが私の機体かぁ~。なかなか恰好いいじゃない」
それは昨年の10月31日、フレミングが愛機を受領する前日の夜のことであった。自分に充てがわれる機体を一目早く見たかったフレミングは、この夜D-12格納庫までやってきていたのだ。グレー単色ロービジ塗装の機体に触れながら各部を見て回っていると、フレミングの背後から野太い声が飛んできた。
「誰だぁ~、勝手にオレの機体に触ってんのはぁ?」
振り返ると、恰幅の良い中肉中背の中年男性が何やら手に持った工具を振り回しながらこちらに近づいてくるのが目に入った。航空宇宙軍のツナギを着ているからここの整備士だとは思われるが、その風貌は技術者というよりは格闘家のようである。
「あなたはここの整備士? 私はAMF-75Aの……」
フレミングが言い終わらない前に格闘家がどやしつける。
「オレの機体に気安く触んじゃねぇ、嬢ちゃん」
『嬢ちゃん』などと、それこそ気安く呼ばれて少し気を悪くしたフレミングが声を荒げる。
「ちょっと、いきなり人のことを掴まえて『嬢ちゃん』なんて、失礼じゃない。私の名前はフレミングよ!」
他人の呼称のことなどは気にかける様子もなく、髭面の整備士が返答する。
「あぁ、嬢ちゃんがうちのひよっこパイロットか。って、だからオレの機体に勝手にベタベタ触ってんじゃねぇ、お嬢」
「オレの機体って、私の機体でしょ? AMF-75Aは! それに、誰のことよ、お嬢って」
「だから、お嬢はお嬢じゃねぇか。だいたい、オレら整備士がお前ぇらパイロットを乗せてやってんだ、『オレ』の機体にな。ちったぁ、ありがたく思え」
『オレ』を幾分強めに発音する格闘家-チャンドール整備准尉-は、そうは言いながらも既にこの新人パイロットを幾分気に入っていた。機体受領の前日から愛機を見に来るその姿勢といい、機体に直接触れ、機体を『この子』と呼ぶ感性といい。操縦士と整備士には、ある共通の重要な資質が必要である、とチャンドールは思う。それは、自分の機体にどれだけ愛着を持つことができるか……
「そりゃぁ、整備士のみんなが整備してくれるから私達は飛べるんだし、とても感謝してるわ。でも、絶対に、AMF-75Aは私のよ!」
あくまでも引き下がらないフレミングが続ける。
「それと、私の名前はフレミングなんだから、ちゃんとそう呼んでよね」
そんなフレミングの様子にニヤリと笑いつつ、こちらも引き下がらないチャンドールが言い放つ。
「あぁ、そりゃぁ、お嬢が一人前のパイロットになったら考えてやらねぇでもないが……今はまだひよっこのお嬢だ。分かったか!」
バーラタ航空宇宙軍の採用する操縦士指向分隊編成には、特殊な風習がある。パイロットと機付長には、その分隊内で使われる愛称が付けられるのだ。パイロットの愛称は「ヒメ」に決まることが多いのだが……フレミングは今、自分の愛称が決まってしまったことを理解した。
「あぁ、もういいわよ。それで、あなたは?」
問いかけるフレミングに、格闘家が今度は素直に応える。
「オレはチャンドール。コイツの機付長だ。みんなはオレのことを『おやっさん』って呼んでる」
あれ? 意外に素直だな? と思いながら、改めてフレミングも自己紹介する。
「私はAMF-75Aの専属操縦士フレミングよ。いい、おやっさん。ひとつだけ言っておくわ」
彼が「死神」チャンドール。そんな陰の綽名があるようには見えないな……そんなことを考えながらフレミングは一つだけ高らかに宣言した。
「私は絶対に死なないから!」
勢いに任せておやっさんも返答する。
「おぅ、オレらも絶対お嬢を死なせたりはしねぇ」
おやっさんは自分の意を理解してくれたようだ、とその返事に安堵したフレミングが、ひとつ注文を付ける。
「あぁ、それと、おやっさん達にお願いがあるんだけど……」
「何だよ、改まって?」
フレミングは少し照れくさそうに、以前から夢想していたことを口にする。
「私ね、AMF-75Aは私の髪の色と同じ、マルーンに塗装してもらいたいの。こんなグレー単色じゃなくって……私ね、きれいなマルーンの機体が欲しいの」
気の強そうな赤髪の新米パイロットの、意外なおねだりである。
「欲しいのって……明日までにか? この機体を? マルーンに??」
口調は怒っているが、どこか楽しそうな機付長である。
「お嬢、それがどんなに大変なことなのか、分かってんのか?」
無論、樹脂装甲人形のこととは言え、塗装について一通りの知識はあるフレミングである。
「えっとぉ、まずは今の塗装を落として、面を出したらマスキングしてからプライマー処理して、それからカラーを吹いてトップコート……? 確かに、これだけ面が大きいと結構大変だね?」
おやっさんの顔がわずかながら綻んだようだ。やはり、技術者や整備士に理解のある操縦士と共に仕事ができるのは嬉しいことなのだ。
「ちっ、分ぁったよ、お嬢。お嬢がびっくりすんくらいのもんを仕上げてやんよ」
言うが早いかおやっさんは後ろを振り向き、大声で配下の整備士達に指示を飛ばす。
「いいかぁ、お前ぇら! これから塗装換えすんぞ! 今日は徹夜だから、覚悟しとけ!」
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「次の日はびっくりしたもんなぁ~」
フレミングは愛機を受領した日のことを今でも鮮明に、そう鮮明に覚えているのだ。72機のAMF-75Aの中に、ひときわ光り輝く1機があった。おやっさんは機体をマルーンで塗装するだけではなく、親友のキルヒホッフの髪色をモチーフにしたアンティークゴールドのアクセントを加えてくれていて、更にはラメ入りのキャンディー塗装仕上を施してくれていたのだ。同期の羨望やら嫉妬やらの視線が痛気持ちい。フレミングのキャンディーマルーンと、その隣に佇むキルヒホッフのアンティークゴールド、42期生が受領する機体の中で、2機だけがパーソナルカラーに塗装されていた……
「どうしました? フレミー嬢」
背後からネル隊長が声をかける。
「ううん、何でも。ちょっとAMF-75Aを受け取った日のことを想い出してて……そう言えばあの日、キルヒーの機体も塗られてたよね? そっちも大変だったんじゃない?
きっとフレミング機の塗装替え作業が始まったのを見て、ネル隊長もキルヒホッフ機の塗装替えを指示したのであろう。そうであれば、遅くから始めた分、大変だったのだろうと想像がつくフレミングである。
「えぇ、まぁ。チャンドールとは古い付き合いですから。それに、姫様とフレミー嬢は幼稚園からの幼馴染と聞いておりましたので……」
そのお陰で、フレミング機はマルーンの機体に縁取りのアクセントを入れることができたのであろう。
「AMF-75Aのアクセントはキルヒーのアンティークゴールドと同じ色だよね?」
「えぇ、せっかく調色できたと思ったらチャンドールが……」
「『いい色できたじゃねぇか、ちょっともらってくぜ』……みたいに?」
おやっさんの口真似をするフレミングに、ネル隊長は笑って答えた。
「そうなんですよ。それで我々はまた一から調合を始めることに……」
「ありがと、ネル隊長」
「どうした、お嬢? 何たそがれてネルと話し込んでんだ?」
いつもの雰囲気とは若干違うものをフレミングに感じるおやっさんである。
「先輩パイロットを中隊隷下に配属されて、お嬢なんかでも少しは緊張でもしてんのかぁ?」
「だから、そんなんじゃないってば、おやっさん」
これからこのD-12格納庫にフレミング小隊のメンバーが、D-11格納庫にはもうひとつの中隊隷下小隊メンバーが引っ越してくる予定になっている。おやっさんの予言通り、キルヒホッフとは引き続き同じ編隊-但し編隊内でのポジションは逆転したが-を組むことになった。残る2人の小隊メンバーのうち、1人はケプラーであったが、もう1人は……
「あら、フレミーちゃん、久しぶりねぇ~」
天使の歌声もかくやと思われるほどの癒しヴォイスに振り向くと、そこにはフレミング小隊のもう1人の編隊長が立っていた。
「トリチェリ先輩、お久しぶりです。今回のことは……」
40期のトリチェリとは2学年離れているフレミングは、航空士官学校では1年間しか在学期間が一致していない。しかしその神々でさえ羨むほどの慈愛溢れる透き通った蜂蜜色のロングヘアーは、常に下級生達のお悩み相談所となっていた。「友達と喧嘩した」「教官から怒られた」「演習で失敗した」エトセトラ……候補学生の不安や傷心を優しく包み込んでくれるトリチェリ先輩は「聖母」と呼ばれ親しまれていた。無論、分隊内での愛称も「聖母」あるいは「聖母トリチェリ」である。尤も、恋話方面の相談が皆無であったのは、候補学生には恋愛する時間も与えられないためであるのか、あるいは「聖母」が「聖処女」であるが故か……
「フレミーちゃん、あなたはもう中隊長殿なのだから、私のことは『トリチェリ少尉』でいいのよ。分かった?」
トリチェリの、聴く人を誘うような優しい声音に思わず頷きそうになるフレミングに、見かねたキルヒホッフが助け船を出す。
「例え仰る通りではあっても、普段から先輩のことをそのようにお呼びするなど、フレミーには難しいと思いますわ、トリチェリ先輩。それに先輩だってフレミーのことをフレミーちゃん、と……」
キルヒホッフの忠言にトリチェリも素直に首肯する。
「そうね~、キルヒーちゃんがそう言うなら、その通りかもしれないわねぇ~。ごめんなさいね、フレミーちゃん。これからも今まで通り、よろしくね」
最後にD-12格納庫に入ってきたケプラーが会話に加わる。
「トリチェリ先輩、お久しぶりです。ケプラーです」
「あらケプラーちゃんも、お久しぶり。3人は同じ小隊だったんですってねぇ~? 何かぁ、私だけ仲間外れとかは嫌よぉ~」
ふざけたような口調で言うトリチェリに、ケプラーは心の重荷が軽くなるのを感じていた。つい3日前までファーレンハイトの使っていたベッドとデスクを、今晩からはトリチェリ先輩が使うのだ。このベッドとデスクだけはこのままにしておきたいと思っていたケプラーが、しかし今は晴れ晴れとした顔でトリチェリに言う。
「私……トリチェリ先輩と同じ小隊になれて、嬉しいです」
「あら、可愛いことを言って……」
ファーレンハイトのことを聞いていたトリチェリは、そう言ってケプラーをぎゅっと抱きしめた。
「何だ何だ、いい先輩じゃねぇか、お嬢! ったく、それなのに何さっきからたそがれてんだ?」
改めてトリチェリ先輩に再会してそのことを確認したフレミングは、少し不貞腐れながらおやっさんに言い返す。
「だってね、聞いてよ、おやっさん。うちの小隊のことをね、みんなが『グラマラス』小隊なんて言うんだよ!」
心配は杞憂にすぎなかったようだ。この状況-今にも敵襲があり得る中の、先輩を隷下に配属されたひよっこ中隊長-であるにも関わらず、いつもと変わらぬ調子のお嬢に、おやっさんは安堵した。
「何だ、そんなことかよ、お嬢。それのどこが悪いんだ?」
トリチェリ先輩が「聖母」などと綽名されるのは、その癒しヴォイスと慈愛溢れる蜂蜜色だけが理由ではなかった。そう、トリチェリは40期候補学生の中で、学年一の巨乳であるとも評判が高かったのである。
「どうせ私はグラマーなんかじゃないもん」
そう言って拗ねる親友をキルヒホッフが慰める。
「いいえ、フレミー。そんなことはありませんわ。だって、あなたの機体以上にグラマラスな塗装は、他にはありませんことよ」
お気に入りのキャンディーマルーン塗装を褒められて少し嬉しくなったフレミングであるが、次の瞬間には論点をずらされていることに気づき、折角フォローしてくれた友人に八つ当たりする。
「じゃぁ、キルヒーはどうなのよ?」
流石に「ワタクシの方がフレミーより少しはありますわよ」とも言えず、かと言ってアンティークゴールドの愛機はマット塗装ゆえグラマラスという風でもなく、答に窮していると、珍しくケプラーがこの話題に乗っかってくる。ファーレンハイトの件で何かふっきれたものがあるのか、あるいは自分よりも目立つトリチェリ先輩の登場に安堵したものなのか。
「えぇ~、フレミングちゃん、そんなことも分からないの?キルヒホッフちゃんの金髪はとってもグラマーだよ」
ここでは新参のトリチェリも賛意を示した。
「そうですねぇ~、キルヒーちゃんのそのゆるくてふわっとした黄金のような金髪には、グラマーって言葉がよく似合うわねぇ~」
どうやら新しい小隊にもチームワークができあがりつつある。そう安心したおやっさんがつい余計な口を挟む。
「まぁ、お嬢だってそのうち成長するって」
「おやっさん、それセクハラだよ!」
間髪入れず赤髪の小隊長が指摘すると、残りの小隊メンバーが喧しい笑声を挙げる。その雰囲気に思わずニヤっとするおやっさんに、フレミングが再度指摘を入れる。
「だからおやっさん、その目つきがすでにセクハラだって!」
「そう言えばトリチェリ先輩は、機体をパーソナルカラーにしないの?」
いつの間にかため口になったフレミングがトリチェリに訊ねる。
「そうね~、今までは考えたこともなかったから……」
格納庫を見渡してみると、4機のAMF-75Aはみなカラーリングが異なる。小隊長のフレミング機は、マルーンのキャンディー塗装にアンティークゴールドの縁取り入り。その僚機のキルヒホッフ機はアンティークゴールドのマット塗装。一方の編隊長であるトリチェリ機はメーカー標準の単色グレーロービジ塗装で、その僚機は水色+桜色のクリア仕上。
「トリチェリ先輩もぉ~私達みたいに、パーソナルカラーにしてみたらどうですかぁ?」
ケプラーが積極的に提案するとトリチェリ先輩は何となく肯定してくれた。
「う~ん、そうねぇ~、ケプラーちゃんがそう言うなら……ケプラーちゃんは何色がいいと思う?」
「蜂蜜色」
間髪入れず答える水色に赤髪と金髪が同調する。
「白立ち上げのグラデーション」
「クリア仕上がよろしいのでは?」
こうしてフレミング小隊は後に、別名「グラマラス小隊」とも、あるいは「ロリポップ小隊」とも呼ばれるようになった。小隊メンバーは、こちらもパーソナルカラーに塗装されたヘルメットを小脇に抱え、愛機の前でそれぞれにポーズを取る。即日のうちにそれらの宣材写真は、軍広報から各メディアに配布された。先の戦闘で多くのエースパイロットを失い失意のうちにある航空宇宙軍とバーラタ国民にとって、小隊全機がそれぞれのパーソナルカラーでカラフルに塗装された「ロリポップ小隊」の誕生は、久しぶりの明るいニュースとなったのである。特に、ひときわ華麗に映るフレミング機の、その機首左側面にある5つの校章は、新エースの誕生を如実に示すものであったのであるから。




