第17話:じゃぁ、ファラデー先輩も一緒に飛べますね
「ファラデー先輩?」
愛機の様子を見に来ていたフレミングは、格納庫の隅に見知った顔を発見した。真夏の空のように濃い水色の両耳の後ろだけ伸ばしたショートカットは、紛れもなくファラデー先輩のものに違いない。
「おぉ、フレミングか? 久しぶりだな!」
振りむいたファラデーが声を上げた。ファラデーはフレミングやキルヒホッフの高校時代からの先輩である。模型部で2学年上のファラデーはフレミングが入部した時の部長であり、頼りになる先輩として下級生達から慕われていた。無論フレミングも、ファラデー先輩の知識や判断力を尊敬しており、いつかは先輩に追いつきたいと思っていたものである。フレミングが航空士官学校に入学した理由のひとつには、ファラデー先輩がいたから、というのも数えられるし、今も憧れの先輩であることに変わりはない。
「お久しぶりです、先輩。どうしてここに?」
「あぁ……私も出ていたんだ、先の戦闘にな……」
いつになく歯切れの悪いファラデー先輩である。ファラデー先輩は確か西方防衛航空軍団に配属されていたはずであった。
「先の……って、パラティアと……?」
「あぁそうだ。凄かったぞ、パラティアのミサイルは。まさに文字通りアウトレンジだったからな……」
悔しさに顔を歪ませながら告げるファラデーに、フレミングが聞き返す。
「アウトレンジって……?」
「パラティアは、距離240kmでミサイルを射ってきたんだ。240kmだぞ、信じられるか? こっちの射程の倍だ!」
「それじゃぁ?」
問いかけるフレミングに伸ばした後毛を小刻みに震わせながらファラデーが続ける。
「そうだ。迎撃に上がってるんだから、まさか逃げるわけにもいかないだろう? こっちは重たいミサイル担いだまま、敵ミサイル群に直行だ。無論ビーム機動を取りはしたが、何しろ800機が4発づつ射ったって、3,200発だぞ。そんなの躱せるはずもない……」
3,200発のミサイルが迫ってくる光景など想像もできないフレミングはただ黙っている。
「こっちが射つ前に、あっちのミサイルが弾着するなんて悪夢としか言いようが無いな、全く……せめて反撃できればまだしも、生憎……」
バーラタの中距離空対空ミサイルの射程距離は約120km。バーラタの戦闘機群は、敵航空機軍をその射程に捉えない前に、敵ミサイル群からの回避運動を優先させなければならなかった。
「あいつらの巧妙なのはその先だ。仮にあいつらがミサイル発射後に退避していたら、こっちもそれ以上近づく必要がなくなるよな? そうなっていればこっちの被害だって少なかったはずだ……」
フレミングが頷くと、ファラデーが続ける。
「だがパラティアはその後も距離を詰めてきて、140kmで第2撃1,600発を射ってきた。分かるか?」
状況はフレミングにも想像ができた。第1撃の3,200発を躱すためには複雑な機動を繰り返さなければならないだろう。その頃にはきっと速度も高度も落ちている。そこに第2撃が到来するのだ。射程240kmのミサイルを距離140kmから射たれたのでは、仮にそのまま後退しても逃げきれないだろう。ファラデー先輩が「巧妙」と言う通り。逃げられない状況を作り上げた上で、第1撃で罠を張り、第2撃で仕留めに来たのだ。
「よく先輩はご無事で……」
心底ほっとした表情で問いかける後輩に、ファラデーは声を絞り出すようにして答える。
「その時な……うちの中隊長が私に命じたんだ。敵ミサイルをロックオンして中距離空対空ミサイルを全弾発射。その後は後方退避って……な」
「それで先輩は……?」
「あぁ、無論抗議したさ。私にも闘わせてくれってな。でも中隊長は許可しなかった……」
ファラデー先輩の口惜しさが分かるフレミングは、何も言うことができずただ俯く。
「ところで……」
ファラデーが努めて話題を変える。
「あの機体は、フレミングのか?」
ファラデーは、キャンディーマルーンに塗装されたフレミングの愛機を示しながらフレミングに聞く。
「赤髪をパーソナルカラーにするとは粋だな。と言うことは、こっちはキルヒホッフのか?」
「はい。私達のAMF-75Aです」
お気に入りのカラーリングを褒められたフレミングが、少しだけ明るさを取り戻す。
「そうか、キルヒホッフも元気か。よく見れば2人とも校章入りじゃないか。特にフレミングは……競技会、優勝したのか、おめでとう。さすがだな」
2年前の競技会でファラデー先輩が決勝戦で敗れたのを、当時1号学生だったフレミングは覚えている。あの時は、我がことのように悔しかったものだ。
「ありがとうございます。AMF-75Aとってもいい子なんですよ、先輩」
礼を言う赤髪の後輩に濃い水色の先輩が意味ありげに言う。
「そう……みたいだな。私はまだ慣れないが……」
顔に「?」マークを浮かべる後輩に、先輩が解説する。
「機種間相互設定変換機な。あれのお陰で私でも何とかAMF-75Aを操縦できそうだ」
おやっさんとネル隊長が開発していた機種間相互設定変換機。「キルヒーと一緒にお手伝いしたことが先輩のお役に立つなら嬉しいな」と思うフレミングではあるが、当然の疑問を投げかける。
「えっ、何故先輩が? 先輩の機体は無事なんですよね?」
「あぁ、そうだ。だが、残念ながらアイツは他のパイロットに譲渡されることになった」
今回の戦闘でバーラタは多くのパイロットを失った。それでも、無事脱出できたパイロットもあるため、むしろ機体の数の方が不足しているのが現状である。ファラデーはフレミングの先輩であるとは言え、未だ正規パイロットとしては2年生の少尉に過ぎない。いくら操縦士指向分隊編成において機体は特定のパイロットの専用機であるとは言え、有事にあっては無傷な機体の運用をベテランパイロットに委ねるべしという判断が下されるのは当然であろう。
「その替わり……今度空輸されるというAMF-75Aが私に回ってくるって訳だ」
どうせ機種転換するなら、旧型の練度が低いパイロットを新型担当にする方が全体の効率が高い、恐らく上はそのように判断したのであろう。その判断を下したのは参謀本部なのか、軍団司令部なのか……
「じゃぁ、ファラデー先輩も一緒に飛べますね」
きっと同じ機種であれば同じ部隊に配属されるのであろう。
「そうだな、AMF-75Aの操縦ではフレミングの方が先輩だからな。よろしく頼む」
「はいっ!」
******************************
フレミングはキルヒホッフ、ファラデーと共にフライトシミュレータのある演習棟まで来ていた。
「なぁフレミング、AMF-75A操縦のお手本ってのを一回見せてくれよ」
というファラデーの要望により3人で一緒に飛ぶことにしたのである。無論、シミュレータのセッティングのためそれぞれの機付長も同行しており、まずは互いの紹介を行う。
おやっさんを紹介されたファーレンハイト先輩の機付長-ナヤル整備准尉-は思わず
「死神……」
と呟き、慌てて口を閉ざした。しかし赤髪の分隊長はそれを聞き逃さず、敢然と抗議する。
「おやっさんは死神なんかじゃないもん!」
濃い水色の先輩も後輩の抗議を是とし、自分の機付長を叱責する。
「そうだぞ、ナヤル准尉。そのような失礼なことを言うものではない。大体この機種間相互設定変換機は、こちらのチャンドール准尉とネルクマール准尉の開発によるものと聞く。2人の協力がなければ、そもそも私達は新型を扱えないのだ」
そしておやっさんの方を向き直り詫びる。
「チャンドール准尉、うちの機付長が失礼なことを申し上げた。お気に触ったら申し訳ない」
ナヤル准尉も頭を下げ謝意を述べるが、当のおやっさんは
「まぁ、オレぁそう言われるのには慣れてるから、そんなに気にしてねぇよ。なぁ、お嬢」
と涼し気な様子である。
「なぁ、お嬢」と振られてさきほどまでの怒りが鎮まったフレミングが話題を変える。
「ねぇファラデー先輩。先輩はナヤル准尉のことをいつもは、何て呼んでるの?」
突然の私的な質問に少し顔を赤らめつつ、ファラデー先輩は小声で答える。
「ナーヤ……」
「ナーヤって、何か可愛い。ね、キルヒー」
金髪の分隊長も親友に同意し、ナヤル准尉にお願いする。
「ナヤル准尉、ワタクシ達も『ナーヤさん』と呼ばせて頂いてよろしいですか?」
「えぇ、構いません」
2人の分隊長の許しを得た、と破顔するナーヤに赤髪が続けて問う。
「で、ナーヤさん。ナーヤさんはファラデー先輩のことを何て?」
ナーヤさんがファラデー先輩の表情をのぞき込むと、分隊長は俯き加減に小さく頷いた。
「『殿下』とお呼びしてます。何か、ファラデー少尉には毅然としたものを常に感じますので」
「殿下かぁ~。格好いいなぁ~。ねぇおやっさん、『殿下』と『姫様』では、どっちが偉いのかなぁ?」
どうでもいいだろ、という表情のチャンドール准尉の回答は一同を和ませるのに一役も二役も買った。
「どっちも同じくらいだと思うが……まぁ、『お嬢』が一番下だ、ってのは決まりだな」
******************************
「お嬢、本当にいいんだな?」
おやっさんの確認に、3人のパイロットが頷く。フレミング、キルヒホッフ、ファラデーの3人は、これから今年度の空戦実技競技会のコースを試飛することになった。
「じゃぁ、スタート30秒前だ」
ファラデーには初めての機体、初めてのコースになる。機種間相互設定変換機のお陰で一応AMF-60Aを操縦するのと同じ感覚でAMF-75Aを操作できるが、それではAMF-75Aの性能をフルに発揮できたとは言えない。それにAMF-75AはAMF-60Aに比べてかなり大型化している。機体感覚を身に着けることも必要であろう。今のファラデーには、それらを短期間で習得することが求められているのである。
スタート直後から遅れるファラデー。AMF-60Aに比べて重量が増す分、本来はエンジン出力も上げなければ充分に加速できないのだ。大型化した分チェックポイントのクリアにも気を遣う。直径30mのチェックポイントが今日はやけに小さく見える。姿勢制御は機動制限装置がある程度自律的に行ってくれるが、やはり重量化・大型化した機体への対応、特にスロットル開度の調整に四苦八苦するファラデーであった。フレミング、キルヒホッフの2人からは大きく離されて、それでもこの難コースをクリアできたのは流石に現役パイロットの面目躍如というところであろうか。
「やっぱりファラデー先輩は凄いね」
「さすがですわ、先輩」
2人の後輩も惜しみなく賞賛の声を送るが、当の先輩には気になることがあった。
「なぁ、フレミング。あの縦方向スラロームのとこ、一体何をやっているのだ?」
「あれはですねぇ~、その……機動制限装置を解除して……」
「機動制限装置を解除だと? そんなことして……?」
驚きを隠さないファラデーに、キルヒホッフがさも当たり前のことのように言う。
「えぇ、そんなことするのはフレミーと、あとは42期学年首席のイッセキくらいですわ、先輩」
「あぁ、ヒメさん、それにファラ先輩も、ちょっといいか?」
ファラデーのことをいつの間にか『ファラ先輩』と呼ぶようになったおやっさんが口を挟む。
「実はこのシミュレータな、2人のコクピットをお嬢のコクピットに連動して動かすこともできるようにしたんだが……」
ネル隊長が同僚の説明を補足する。
「つまりフレミー嬢の見ている光景をお2人のコクピットに映し、体感している姿勢を再現し、スロットルやスティックをフレミー嬢の操作位置まで動かしてくれるという訳です。いわば、同じコクピットに同乗しているような感じと言いますか……」
「まぁそういう訳なんだが、2人は興味あるか?」
おやっさんの質問に2人のパイロットは間髪いれず返答する。
「ありますわ」
「無論だ」
2人の返答に満足したおやっさんはシミュレータの設定を変更し、3人に告げる。
「じゃぁ、お嬢、ヒメさん、ファラ先輩、用意はいいか?」
それから2人は、超絶叫級のローラーコースターよりも激しい機動を体感することになる。
「どうも今晩は寝つきが悪くなりそうだな……」
「えぇ、あれは絶対夢に出ますわ……」
『踊る赤髪』を体感し、ぐったりした様子の濃い水色にゆるふわ金髪が力なく同意した。




