第6話 自転車の彼
ユースホステルの朝食は、
パンと鮭、ちょっと焼きすぎの目玉焼だった。
森の中の朝はさすがに気持ちいい。
私は顔も洗わないうちにスウェットのまま
愛車の様子を見に下りた。
私の愛車の傍らで、
自転車を熱心に磨く男性がいた。
「おはようございま〜す」
元気良く挨拶してみた。
良く見るとかなりの筋肉質で、
イケメンだった。
彼は自転車を磨く手を止め、私のほうを見て
「おう!おはよう!」
と言った。
「このバイク、君の?」
「50ccだろ?デカくてかっこいいね」
(やった〜ほめられた!)
「ありがとうございます。」
「ピカピカにしてるもんね。いつ来たの?」
「昨日の朝、釧路に着きました」
「そう、じゃあこれからだね。楽しみでしょ」
「はい!」
「元気な返事だね。」
「よく言われます。」
頭をかいてまた言ってしまった。
「北海道、長いんですか?」
興味深く聞くと
「まだ、1週間だけどね」
そう答えた
「お勧めスポットってありますか?」
「ちょっと険しいけど、摩周湖は行ってみる価値はあるよ」
「霧の摩周湖ですか〜ハァ〜」
(また霧か・・・)
「摩周湖キライ?」
「いえ、そうゆわけでは…」
「そうそう、摩周湖を見に行って、
晴れてキレイに見えたら"晩婚"って言われてるよ!」
私をからかう様に彼は話を続けた。
「えーっ、ダメじゃないですか」
「でも、そんな事いわれると益々見たくなっちゃいます。」
「そんな覚悟をしてでも見たい景色って事だよ。」
「へぇ〜〜。じゃあ、必ず行ってみます!」
「気をつけてね。」
顔を洗って、ジーンズにTシャツに着替えた。
これが私のライダースタイルだ。
キックスターターでエンジンをかけた。
小気味良い音が、森の静寂の中に響く。
左のスニーカーの甲はシフトがあたるために穴が開き始めている。
シートに跨り、真っ赤なagvのジェットヘルメットをかぶると
違う自分になった気がする。
スモークのシールドを下ろして
ギアを入れる。
アクセルをゆっくり開きながらクラッチを放していくと
エンジン音が変わり、一気に加速した。
誰もいない森の中を、愛車のGNのエンジン音だけが響いていた。
昨日通った44号線を北上し、根室へは向かわずに厚床で243号線に入った。
早くも計画変更だ。(あちゃー。)
時折、すれ違う対向車線のバイクが気になる行動をとることに気づいた。
それは、みな一様に“親指を立てる”のだ。
はじめは冷やかしか何かかと思っていたが、
それは、ライダー同士の挨拶だと言うことに気づいた。
早速私も使うことにした。
(あっ!一台来た!)
スピードを落として、構えていると
― ファーーーン ―
もの凄い速さですれ違った。
サインを出す暇もなかった。
その後は、一台もすれ違わなかったので
結局、試すことも出来なかった。
風連湖を右手に見ながらそのまま244号線へ。
しばらくすると、オホーツクに浮かぶ国後島が見えた。
海岸沿いを走っていると少し寒くなってきた。
水色のジャンバーを羽織りファスナーを閉めた。
野付半島だ。
その先には帆掛け舟のようなものがたくさん見る、
そのまま、フラワーロードで竜神崎へ向かった。
ここは来てみたかった場所のひとつで、
年々侵食されてその面積が少なくなってきていると言われた。
トドわらとナラわらの朽ち果てていくさまは、
大自然を感じさせてくれるのに十分だった。
12時を回った頃、
あまりに人に会わないので、少し寂しくなってきてしまった。
バイクを止めて、ガイドブックを見直した。
人のいそうな所…
(ん〜 どこだろう、開陽台??)
― 地球が丸く見えるところ ―
ここには人がいそうなので、
向かってみることにした。