第3話 別れ
フェリーの中はとても退屈で寝てばかりだった。
誰かと会うわけでもなく、誰と話すわけでもなく
ただデッキで海を見ながらビールを飲んだり、
ガイドブックを読んだりで、なかなか時間が進まない。
時折、訪ねて来るみゆき姉さんと話すのが、なんだか楽しかった。
「お風呂に行こっか!?」
「いくいく〜。行きます。」
「どこにあるんですか?」
「ホントいずみは何にも知らないんだね」
「フェリーって一応、何でもあるし節約旅行には便利なんだよ。」
「はい。」
「返事だけはいいね〜」
「はい。よく言われます。」
「そこは謙遜するとこだろ、普通。」
Bデッキのほぼ中央にあるそれらしくない扉の前に来た。
大浴場と書いてある。
「ここ?」
「そう、ここだよ。」
「分かりづらいですね。」
中に入ると、銭湯より少し小さめな湯船が波立っていた。
「わ〜おもしろーい。」
思わず声が出た。
「子供じゃないんだから、はしゃぐなって!」
「はい。みゆき姉さんが居てくれたお陰でいろいろ助かりました」
「でも、船下りたら別行動だよ」
彼女ははき捨てるように言った。
「分かってます!」
「もしかしたら富良野でまた会えるんですよね?」
「いずみも富良野に来るのか?」
「はい!ずーっと前からラベンダーファーム、見たかったんです。」
「あぁ、あの色と香りは一度見たほうが良いね」
「やっぱりそうですよね!楽しみ〜。」
「いずみはノー天気だな。」
彼女は少しあきれ顔だった。
一面湯気で見えなかった浴室の中に冷たい空気が入ってきた。
「わーっ、寒い。。」
船内の冷房とよく室内の温度差がそう感じさせた。
次の瞬間、
目の前にモデルのような体型の美しい女性のシルエットが浮かび上がった。
「みゆきお姉さん??」
「す、すっごい! き、キレイですね。モデルさんみたい。」
「な、なにジロジロ見てんだよ。恥ずかしいだろ…」
そう言って、彼女はタオルを胸にあてながらピアスを外していた。
「だって、今までライダースーツやスウェットで…」
「いずみだってキレイな体してんじゃん」
今度は、彼女が私のことをジロジロ見始めた。
「イヤん。あんまり見ないでください。」
「私はムネ小さいし、男の子みたいな体型だってよく言われます」
「そんな事ないよ。ウエストなんかあたしより細いよ」
「ガリガリに痩せてるだけですよ。」
「お尻の張りは結構いけてると思うよ。」
「何言ってんですか。もーっ。」
こんな他愛もない話をしながら体を洗い合う姿は、
傍から見れば姉妹のように見えただろう。
今夜寝れば、明日の朝には釧路だ。
そう考えると、少し寂しい気持ちになってきた。
タオルで髪を乾かしながら二人でビールをあけた。
― プシュー。 ―
「いずみ、未成年じゃなかったっけ?」
「え?そうでしたっけ?」
舌をペロッと出した。
「海の上だから通報はしないでやるよ!」
そう言って、もう2本目の缶を私に投げてきた。
3本目の缶になる頃には、
過去の恋愛のこと、元彼の事をすべて話してしまったようだった。
それでも彼女は大人で、自分のことを一切話そうとはしないで
私の言うことに耳を傾けてくれていた。
「いずみ、おやすみ…」
最後に覚えている言葉だった。
翌朝6:00 入港の放送が流れた。
― 長らくのご乗船お疲れ様でした。まもなく釧路港へ入港いたします ―
びっくりして飛び起きた。
何の準備もしないまま寝てしまった私は、慌てて荷造りをした。
枕元にふと目をやると、
みゆき姉さんの天使のピアスとメモ書きが置いてあった。
メモには"これやるよ! みゆき" とだけ書いてあった。
結局、船が接岸しても彼女の姿を見つけることが出来なかった。