第20話 恋の魔法
「いやーーん。油くさ〜い」
騒ぎながら、浴衣に着替えて出てきた私は、彼に向かって
「ここの温泉、水道からも油の臭いがする〜」
「きもちわる〜〜〜い」
絞ったタオルにも油臭が染み込んでいる。
ここの温泉は油分が多いのか、どうも石油臭い。
体も、タオルもみんな同じ匂いになってしまった。
つるつる?いや、ヌルヌルといった感じだろう。
ナトリウム−塩化物泉と書いてある。
効能は、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩…
「なんだこりゃ??」
看板を見てびっくりした。
「お年寄り専用温泉みたいな効能効果の羅列である」
「美人の湯じゃないじゃな〜い」
ちょっと愚痴っぽくなった。
「いいじゃないか、たまには」
「ほら、"疲労回復"って書いてあるぞ!」
「そんなに疲れてないもん」
頬を膨らませて見せた。
「こんなことなら稚内の高級ホテルにすれば良かったなぁ」
「誰が払えるんだ?」
「一応ここは日本最北端の温泉だぞ」
「ありがたく頂かないと」
「はーい。はいはい」
そういいながら浴衣の袖や襟の匂いを嗅いでいた。
「しかし、いずみの浴衣姿はかわいいなぁ」
臭いを嗅ぐのをやめ、彼のほうを見た。
「えっ?そう?ありがとう」
「誠さんも浴衣かっこいいよ」
「そうか?着慣れないから股がスースーするなあ」
「そうだ、ビール買って来てあるけど飲むか?」
「飲む!飲む!」
― プシュー ―
「あーーおいしーい」
「カムイワッカ以来のビールだー」
「かんぱーい!!」
二人で一気に最初の2缶を空けた。
「いずみはお酒いけるクチなのか?」
真っ赤な顔したまま
「ううん。もーーだめ・・・」
「あとよろしく・・・おねがい・・しま・す」
3本目を飲み始めたところで、横になってしまったらしい。
「あ〜ぁ」
「いずみーこんなところで寝るなよ〜」
ぐったりとしている私を抱きかかえ、布団へ連れて行ってくれた。
「いっしょにねよ〜よ〜」
寝言だ
「いずみ…そりゃないよ」
「いくらなんでも…」
「でも、まぁ、一緒に寝るだけなら…いいか…」
そういって布団の中に入ってきた。
私は夢心地の中、
彼のぬくもりを感じながら眠りについたことは覚えていた。
朝、目覚めると、
彼の左手の指と私の右手の指がしっかりと繋がっていた。
その手を私はゆっくりと自分の顔の前に持ってくると
唇をあてた。
幸せだった。
それに気づいて起きたのだろう、
彼の目がゆっくりと開いた。
お互いの顔を見つめ合いながら彼が、
「おはよう」と
私も、
「お・は・よ・う」
ちょっと照れくさかったので目を閉じてしまった。
すると、何かが唇にあたるのを感じた。
ゆっくりと目を開けると、
さっきよりも近くに彼の顔があった。
「ち、ちかっ!」
思わず笑ってしまった。
「お〜ぃ、いずみ…ムードブチ壊し…」
「こういうシチュエーション苦手で…へへへ」
顔が熱くなってくるのを感じた。
「待って! ちゃんとするから・・」
そう言って、私はお布団に包まり、気をつけの姿勢で目を閉じた。
「ハハッハ」
「なんだよそれ、そんな面白いんじゃ見入っちゃうよ」
「早く!」
「恥ずかしいんだから〜」
「だめ、だめ、可笑しくって、お腹痛い!」
ハハハ
「もう、いいもん!」
「誠さんは、私を子ども扱いしてる!」
「絶対そう!」
ちょっと言い過ぎたかもしれない。
「いずみ、そんなに焦らなくってもボクは逃げないよ」
急に優しい口調で話し始めた。
「キミは今、恋に恋してるだけだから」
「もっとボク自身を見て欲しい」
「ボクの欠点が見えても、それ好きになってくれたら嬉しい」
「誠さん、私なんだか胸が苦しい…」
「キュッてなってる感じ…」
「これって…好きって感じと違うのはなぜ?」
耳まで熱くなるのがわかった。
「ボクの手見てよ」
彼の手が小刻みに震えている。
「あっ、どうして?」
「いいかい?」
震えはまだ止まらない。
「えっ?」
座ったままで彼は私の肩を抱き寄せ、
力いっぱい抱きしめてくれた。
すると不思議なことに、
彼の手の震えがぴたりと止んだ。
肩越しに
「ねっ。」
と、呟いた。
「な、なんで?不思議だね…」
「あれっ?」
「本当だ、そういえば私も苦しくない…」
「さっきよりずっと楽な感じ…」
「なんか、安心する…誠さん…」
「魔法だよ、恋の魔法…」